食客商売9話「 #Vtuber に候」
食客商売9話-1「 #Vtuber に候」
誰もが興奮し、狂乱に酔いしれる。見世物小屋の中に設けられた劇場は薄暗く、むせ返る熱気に包まていた。
観客や、小屋の外にあぶれ出たモギリも、体はしっとり汗ばんでいた。
煌々と輝く舞台に白壁が立てられている。
その両脇にいるのは、艶やかな着物姿の男達。客の狂った声援に負けじと、弦楽器をかき鳴らし、笛を忙々と吹き鳴らす。
そして荒ぶる伴奏に合わせて舞う影。
舞台の上に踊り子の姿など見当たらない。
だというのに、壁の中で影が踊っている。
当然の事ながら、影に顔はない。ただ、客達は艶めかしい身体の輪郭と派手な装飾品の一端、そして、影の魅せる舞いを見るだけで充分らしい。
会場を彩る熱狂が、何よりの証だ。
そのうちに、壁から声が聴こえてきた。
あでやかな女子の声である。
「皆様、今宵は……」
それはまるで、影が言葉を発しているようだった。
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「おはよう!」
「お昼ぅ……」
「こんばんわ!」
「おやすみぃ」
「起きろおおぉ!」
雑貨屋マギル商会の娘、レミルは怒鳴る。
「いつまで寝てるの!?」
怒れる娘の目の前で、布団に包まるソレは身じろぎした。
ソレは人語らしきものを発しているようだが、レミルには何を言っているのか、見当もつかなかった。
「目が覚めてんのは分かってます。これ以上、抵抗してみなさい。ご飯抜き……」
「それ嫌だ!」
布団が音を立てて吹っ飛んだ。
寝巻き姿の大人の女が、目を潤ませてレミルに抱きついた。
「嫌だ、嫌だ。メシ抜きだけは、どうかご勘弁くだされぇ。後生だ、お嬢!」
「わざとらしい演技を」
呆れながら女を引き剥がすレミルは、途中で気付いた。
演技じゃない。
本気で恐れている。この女、食い物にありつけない事が、よっぽど怖いらしい。
「……嫌だったら、情けない声を出すんじゃないの。ほら、ベッドから降りてちょうだい」
レミルは平然を繕って女を引っ張った。
食客のニトは食っちゃ寝ばかりの怠け者。
恵まれた体つきは見かけ倒し。食い意地と腑抜け具合はデブ猫といい勝負。
しかしてその正体は、金次第で外道を仕留める 暗殺者。
悪党専門の殺し屋稼業……請負人なのである。
当然のことだが、ニトの素顔を知る者は少ない。甲斐甲斐しく世話を焼くレミルはもちろん、食客の血生臭い正体など知らない。
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遅い昼食後、レミルは店に届いたばかりの手紙をニトに渡した。
「クーゼさんから。先週、やっとザハンの街に着いたってさ」
手紙の主は、ある一件で店と関わりを持った女剣士だった。
彼女は半年前に修行の旅に出た。
ニトは女剣士の不機嫌な顔を思い出しながら、手紙を受け取る。
内容を目で追いながら食客は首を捻った。
「この街を出たのが半年前で、到着したのは先週? ザハンまでの道のりは、一週 間もかからない筈だぞ」
「なんだか大変な旅だったみたい。手紙にも書いてるわ。船頭のフリをした盗賊に襲われたり、危うく遭難しかけたりしたって」
そう答えながら、レミルはニトの前に食後の茶を置いた。
「なるほど」
手紙を読み終えたニトはニヤリと笑う。
「あいつの事だ。他にも、行く先々で面倒ごとに巻き込まれたか、あるいは自分から引き起こしていたかもしれないぞ」
「そうだね」
レミルもつられてくすくす笑った。
今日は店の女将で母親のシャスタが不在、使用人達も昼休みで殆どが出払っていた。
爽やかな陽気、風にのって運ばれてくる優しい新緑の匂い。まさに、平穏な昼下がりであった。
しかし、この平穏は長く続かない。
本作は活劇主体。ゆえに、こういったものは早々に崩れ去って貰わなければならない。
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