食客商売9話-4「 #Vtuber に候」

「これが影娘ェ?」

 レミルは首をかしげる。

 手にした小冊子には、あの影娘なる人物の絵が描かれていた。


「昨日、露天で見つけた絵馬と全く違うわ」

 小冊子の絵の出来は、子どもの落書きめいたものだった。

「作者が違うんだろうねぇ」

 隣から覗きながら、ニトは言う。


「それでも、けっこう値が張るンだろう?」

「買った人はそう言ってた。オレには、そうは見えないけど」

 そう答える小柄な青年。

 彼はヴィク。マギル商会と取引をしている狩人だ 。同時に、請負人と関わりを持つ裏の住人でもある。


 さて……。

 ヴィクは影娘の小冊子を別の問屋から貰ったのだと説明した。

「問屋さんは、実際に影娘の催しを観に行ったんだろう?」

「そうだよ、ニト姐さん。問屋の旦那、すっかりお熱さ。大枚はたいて何度も通ってる」


 では、その影娘とはどんなものなのか。

 直に見た問屋はヴィクに対して、こう言ったそうだ。

「名前の通り、影しかないんだ。舞台の上には人なんていない。

 なのに、舞台に建てられた敷居には、影がはっきり、写っている。

 まるで、壁の中に女が入ってるんじゃないかって、最初は驚いたよ」


 舞台にはまばゆい光があてられ、尋常ではない熱気だったという。

 そして 、影娘はずっと熱い光に照らされながら舞うのだ。

 彼女が左右に動くたびに光も後を追い、捉え続けていたそうだ。


「巷じゃあ、影娘の後に続けと似たような見世物が増えてるんだとさ」

「すごいね。時の人なんだ」

 レミルは小冊子をヴィクに返した。

「どうだろうねぇ。今は勢いが良くても、落ちる時は落ちるよ?」

 ニトが口を挟む。


「それよりもっと分からないのが、結局、どんな手品を使ってるのかってトコだよなぁ」

 ヴィクは腕を組み、唸った。

「だったら、こっそり覗いてみる?」

 そう口走ったのはレミルだ。年頃の少女の顔には、罪悪感と好奇心が表れていた。

「変な考えはよしなさいよ?」

 ニトはやんわり止めに入る。

「はいはい。わかり ましたよぉ」

 レミルは適当に返事しつつ、少し驚いた。


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 その夜。

 ニト達、請負人の下に依頼が舞い込んだ。

 普段なら仲介役のザムロが説明を終えると、仕事を受けるか、降りるかを尋ねる。


 だが、この日は違った。

「……降りてもいいぜ、今度ばかりは。正直言うと、俺も気が進まいんだ」

 ザムロは肥えた丸顔をしかめて言った。

「そうだなぁ」

 と、ヴィクは腕を組んだ。

「確かに無理な話だよね。影娘を始末しろ?姿形のない女なんだよ?」

 眉をひそめて言うニト。二人とも、気がすすまない様子だ。


 そしてもう一人、ディー・ランはというと、皆と距離を置き、目をつむって押し黙るばかり。

 ようやく、長い沈黙を破り、ディー・ランは口を開いた。

「……引き受けてやらんこともない」

「どういう風の吹き回しだ?」

 ヴィクが驚きの声をあげる。

「どうせ金に困ってるだけだろう」と言ったザムロだが、すぐに笑うのを止めた。

 ディー・ランの様子がいつもと違う。


「それなら一先ず、前金を渡しておこう。

もし気が変わったンなら、金は全て返せ」

「ああ……」

 ディー・ランはこくりと頷いた。


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 それから……。

 夜鷹の家に戻ったディー・ランは、灯りも点けず、延々と黙考していた。


 依頼人はコザン。劇作家だ。それも、この世にゴマンといる売れない作家。


 彼の顔は昨晩、そして名前と素性は今日の 昼間に知った。

 ディー・ランが気まぐれで助けた男。彼がコザンなのである。

 ディー・ランは昼間のことを思い返した。


 あの時……


 不良坊主はコザンを家にあげたことを、すぐに後悔した。

 昨晩のお節介は、いわば八つ当たりじみたものであった。なのに、感謝されてしまう。

 複雑だ。ぼりぼり首を掻きながら、コザンを見た。


 ボサボサの白髪頭に貧相なのっぽ、着ているのはよれた上衣とシワくちゃの袴。

 いかにも、身なりを気にしない三流文士というものだった。

 そして痩せこけた細面には、痣や傷を慰める絆創膏が貼られ、包帯が巻かれていた。


 ディー・ランはひと通り、ありふれた感謝の羅列を受け取って、すぐに返そうとした。

  しかし結局、そうしなかった。

「何をやらかしたんだい、おめぇさん?」

 つい訳を聞いてしまった。ディー・ランは心の内でほぞを噛んだ。


「少し込み入った話になってしまいますが」

 コザンは上目遣いにディー・ランを見る。

 それでもいいか、と心配しているらしい。

(妙な気を配るんじゃあねぇよ)

 苛立ちを抑え、ディー・ランは答えた。

「こんなのでも俺は坊主だ。あんたみてぇに糞インキな……失礼、思い詰めた奴らの話を聞くのも仕事の内さね」

 気前の良いフリをしながら、ディー・ランは夜鷹の煙管を勝手にふかし始めた。


「で、では。お言葉に甘えて」

 コザンはポツリポツリと話し始めた。


―――――――――


 世間を賑わす影娘チユ。彼女の生みの親がコザンだった。

 古くからある「影絵」を使った、全く新しい見世物。

 コザンは各地の興行主や、技師に声をかけ、賛同者を募った。

 こうして劇団が旗揚げされた。


 一番の課題だった装置は、古馴染みの技師で教師のプロジェが解決してくれた。

 彼が考案した「映し箱」なる機械が、コザンの想像を現実にしたのだ。


「あの箱の中身がどうなっているのか、皆目見当がつきません。とにかく、あの箱の先端から出てくる強い光のおかげで、濃い影が作れるようになりました」


 その光で人を照らし、さらにその前に、大ぶりのレンズを置く。

 そしてレンズから飛び出した光を 、舞台の上の壁にあてることで、

ようやく影娘チユが姿を現わすのだ。

「……やっぱり何だ。本体がいるんだな」

 ディー・ランは口を挟んだ。

「ええ。ウヅミという、踊り子が演じているんです」

 ウヅミはコザンと同郷で男女の仲にあった。コザンが作家を志した時も、彼女は役人との婚約を破棄して、ついて来たという。

「後から、故郷から届いた便りで知りました。ウヅミは勘当され、代わりに役人のもとには、妹のミヅメが嫁いだそうです」

 恋は何とやら。ディー・ランは呆れた。


 この熱い恋も、金のヒンヤリした冷たさで覚めてしまった。

 影娘が人気になるにつれ、所有権を巡ってコザンとプロジェが対立を始めたのだ。

 影娘という架空の人物を生み出したのはコザン。だが、夢想を実現したのはプロジェである。


 一方、残された女はどちらにもつかない。

 人気の影娘でいられるなら、彼女には権利争いなど、どうでも良かったのだ。

 もはや、コザンの恋い焦がれていたウヅミでは無くなってしまったらしい。


 ……結局、軍配はプロジェにあげられた。

「彼は発明家だ。権利はどうやってモノにするか、充分に心得ている」

 こうして敗れたコザンは劇団を追われた。

 同時に女の愛も失った。

 半年前のことである。


「お前さん。連中に袋にされてたのは、未練がましく女につきまとって……」

 コザンの消沈する様をみて、ディー・ランは先回りした。

「情けねぇなぁ、おい?」

「ええ、自分で も気が滅入ります。ですが、これには理由があるんです」

 ディー・ランは訝しむ。


 コザンは神妙に口を開いた。

「今の影娘チユは、別人が演じているのではないかと思うんです」


「それは、ウヅミの演技が変わったとかではなく?」

「はい。その、確固たる証拠はありません。ただ、これでも曲がりなりにも、舞台で仕事をしています。ウヅミのことだって……」

「ははん。それで、劇団の周りを嗅ぎまわっていたか。しかし、お前さん。答えが分かったらどうするね?」

 ディー・ランは手近な所に酒がないか、目をキョロキョロ動かし始めた。

「その時は……」


 ……あの日、明確な答えは聞けなかった。

 思えば、無理やりにでも吐かせるべきだったのかもしれない。

 ディー・ランは悔やみながらも、悪い星の巡り合わせに驚いていた。


 コザンは殺しを依頼した。

 相手は影娘チユ。正確にはウヅミとかいう女役者。

(まてよ?)

 それともコザンが言うように、別の女なのだろうか。

 それがどうして殺しに繋がる?


 ディー・ランはかぶりをふりふり、考えを中断した。

 なんだか、影を掴もうと土を引っ掻き回している気分だ。

(どうするかな?)

 仲間たちと別れ、不良坊主は一人で生温い夜空を見上げた。

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