食客商売9話-5「 #Vtuber に候」

 もし……。

 あくる日、ディー・ランは決断した。

 コザンが本気でウヅミを殺したいと思っているとしよう。

 その理由が痴情のもつれであれば、殺しの依 頼は降りる。

 また別の理由があり、なおかつ納得できるなら、請け負ってやろう。


 見極める為、コザンを呼びつけた。

 相変わらず、不良坊主は夜鷹達の家を根城にしていた。

 そんな事情を知らず、売れない文士はオドオドと部屋の中に入ってきた。

 文士を座らせるなり、ディー・ランは単刀直入に尋ねた。

「影娘に……ウヅミに会いたいか?」

「なんですって?」

「訊き返すンじゃあねぇ。訳も聞かず、俺の質問に答えていりゃあ良いんだ。

会いたいか、会いたくねぇか。どっちだ?」

 コザンは顔を真っ青にして黙り続けた。


 やがて彼は口を開いた。

「会いたい」

 ディー・ランはのそりと体を起こす。

「じゃあ、手伝ってやる」

「ど 、どうして……?」

「だから理由は聞くんじゃねぇ。早めにやっちまおうぜ。俺が心変わりしねぇ内に」



 それから半刻。

 二人は見世物小屋を見渡せる廃屋で、息を潜めていた。

 小屋の正面は相変わらず大賑わいだが、さすがに裏手はひっそり静か。

 しかし、身なりの整った男達が、絶えず見張りとして彷徨いている。

 彼らは、プロジェが雇った傭兵くずれだ。

 コザンによると、熱狂的なファンが見世物小屋の裏に入ろうとするらしい。

 それを食い止めようと、腕自慢を雇ったというのだ。


「……という事だ、ヴィク。何とかしろ」

「はぁ!?」

 狩人のヴィクは素っ頓狂な声をあげた。

 急に呼び出された狩人は、まだ理由すら聞かされていない。


 何しろ到着していきなり、

「見張りを撒け」

 と、命令されたのだ。


 しかもよりによって、この世界の片隅で、最も会いたくない男から!

「急げ!説明は後だ。とにかくテメェは、俺たちの侵入を手伝えばいいんだ」

「分かったよ。これで貸し二つ目だ。どっちも早い内に返してくれ」


 ヴィクは持ってきたマスケット銃に火薬を詰め始めた。

「こ、殺すんですか?」

 慌ててコザンが口を挟む。

「理由もなく殺すかよ」

 不機嫌に答えながら、銃口に漏斗のような器具を取り付けた。

 それから今度は、卵型の紙巻を漏斗の中に押し込む。

 捻くれ者のディー・ランでさえ唸る程の、手際の良さだった。


「合図を出したら、まっすぐ突っ込め」

 ヴィクは銃を背負って廃屋の上に昇った。

 そして、空に向けて発砲。

 紙巻は弧を描いて見張り小屋の前に落下。

 たちまち紙巻から煙が出て、辺りを灰色で覆い隠してしまった。


「よし、行け!」

 ヴィクが合図を出す。不良坊主と文士は言われた通りに動いた。

 一方で見張り達が煙から離れていく。

「このまま逃げた方がいいかな?」

 ヴィクは銃と煙を交互に見て、自問した。


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 裏口を潜ってすぐの所に、ボロ布を被って蹲る人間がいた。

 乾いた砂の地面には引きずった跡がある。

 彼ないし彼女は、どうやらここまで這ってきたようだ。


 ディー・ランが意を決して覗き込む。そしてすぐに 、コザンへ顔を向けた。

「この人は……?」

「寝てる。さあ、行こうぜ」

 ディー・ランはコザンの肩を掴んで中へ進んだ。


 布に包まれていたのは女の死体だった。

 顔色一つ変えずにいられるのは、血生臭い世界に身を置く請負人だからであろう。

 普通なら声をあげるなり、飛び退くなりの反応をみせた筈だ。


 しかし、実のところ坊主もかなり肝を冷やしていた。

 色を好む彼でさえ忌避してしまうほど、全身にひどい火傷を負っていたのだ。

 おまけに顔も焼けただれ、誰もが目を背けたくなる醜悪さであった。


 さて……。

 やがて、音楽が聞こえてきた。

 二人は足元を見た。

 音は地下から聞こえてくるのだ。その証 拠にビリビリと、乾いた板間が震えている。

(裏方用の通路があるんです。こっちに)

 今度はコザンが先導した。


 二人は木切れの間を潜りながら、小道を進む。道はだんだんと傾斜がつき始めていく。

 やっとディー・ランは、自分達が地下へ下りているのだと気付いた。

 それに伴い、音楽と歓声も大きくなる。


 通路を抜けると、そこはステージの上手側だった。

 ディー・ランは息を呑んだ。

 ――たった踊り子一人で、ここまで盛り上がるのか!?


 聴こえてくるのは音楽と歓声。

 どこを見ても熱狂、熱狂、熱狂。

 そして、その全てを浴びる影娘チユ。

 正体は作られた虚像……影絵だ。本体は別な場所にいるし、タネも仕掛けも存在する。


 だが、影娘はまるで本当に「生きている」ような動いていた。


 くっきりはっきり見える黒い体も「そこにいる」と思わせてしまう程だ。

 まさか本当に薄壁の中に人がいて、その中で歌や踊りを披露しているのでは?

 予め中身を聞かされたディー・ランでさえ、本気でそう思いかけた。


 ここでようやく、コザンへ注意を向ける。

 しかし、彼はいなくなっていた。

「ええい、ちくしょう」

 我に返ったディー・ランは、もぞもぞと暗幕の奥へ引っ込んだ。


 新鮮な空気がほしい。

 場を蒸し沸かす熱気。信じられない光景。頭がどうにかなってしまいそうだった。


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 影娘は演目を終え、控室で一息ついていた。控室は会場の真下にある。長屋の半分しかない、もはや小屋といってもいい部屋だ。

 しかし、ここは会場の騒ぎさえ届かない。それが利点だった。


 今は影も形もないが、かつてここには劇場が建っていた。

 その当時、奈落だった場所を利用して、会場や部屋を設けたそうだ。

 コザンはその一切を詳しく知っている。


 この劇場で彼は芝居のいろは学び、影娘を思いつき、あれこれ思案し始めた頃、劇場は経営難で壊された。

 諦めきれなかったコザンは、古馴染みのプロジェや、思い慕ってくれたウヅミに声をかけ、再出発を誓った。


 コザンは思い出を拠り所に、日々の失意と戦ってきた。だが、それも限界に近い。

 全て塗り潰し、人の生を容易く呑み込む。

 これが絶望の恐ろしさだ。

 いずれ、もがくことさえできなくなる。

 その前に一度でもいい。影娘……いや、ウヅミに会いたい。


 コザンは意を決してドアを開けた。

 直後にノックを忘れたことを恥じたが、すぐに決意が恥を押し流す。

「ウヅミ!」

 部屋には灯りなどない。しかし、ぼんやりと人の薄影が見えた。

 影は椅子から腰を浮かせて、こちらを見ていた。

「……コザン?」

 やや間を置いて、声が返ってきた。

 良かった。ウヅミの声だ。


 ――いや、待て。

 コザンは逡巡した。確かに聞き慣れた恋人の声である。間違いない筈だ。

 ――なのにどうして、一瞬でも違和感を覚えた?


「あなた、どうして? どうしてここに?」

 コザンと彼の背後を交互に見回しながら、彼女は尋ねた。

「き、君に会いたかった。ここを出て行くとき、まともに挨拶すらできなくて……」

 言いたいことは山ほどある。

 だが、全て吐き出そうにも口は一つ。

 そして、情けないことに出口の前でつっかえてしまっていた。


「ここにいてはダメ。プロジェに見つかったら、今度こそあなた殺されてしまうわ。

だって今のあの人、お金の為なら人殺しだって躊躇しないわ」

「そうなのか。やはり、変わってしまったんだね。いや……おそらく、わたしも、君もだろう。みんな……」


 沈黙を恐れたコザンは、俯きながらも懸命に話した。

「さっきの見たよ」

「どうだった?」

「 素敵だった。いや、昔から素敵だけど。でも、今の君はあの頃よりずっと輝いている」

 コザンは子どものようにはしゃぎ出す。


 それを見ているのだろう、ウヅミの影が身じろぎした。

「恥ずかしいわ。やめて、コザン」

「やめたくない。もっと言わせてくれ。これは劇作家が云々とかじゃない。故郷の村で一緒に過ごしてきた、一人の幼なじみとして、君に言いたんだ。ありがとうって!」

 段々と、コザンの声が震え始める。


「今の君は、影娘となって大勢の人に希望を与えている。わたし……ううん、僕もその一人だ。ずっと物語を書いてきたのは、ずっと劇に携わってきたのは……」

「お願い、コザン。やめて」

 影がゆらりと動く。コザンに体を寄せる。

 ウヅミの影をコザンはそっと抱きしめた。


「なあ、ウヅミ。僕はね……」

 コザンの言葉が途切れた。言葉の代わりに、彼の腹から血が流れ始めた。


「何度言ったらわかるの?これ以上、あなたの妄言なんて聞きたくない」

 激痛を上回る寒気がコザンを襲う。

 薄暗闇の中で見えなかった女の顔。

 垂れ下がる目尻と相反する勝気な光を宿した目。十人並みだが、つくりの整った顔。


 紛れもなくウヅミの顔。彼女を知る者は皆、そう断じただろう。

 だが、コザンは気付いた。

 彼女はウヅミの妹。


「ミヅメ!?」


「あんたも、姉さんも。揃いも揃って、夢以外は何にも見えやしないのね」

 ミヅメはコザンに刺した小刀をぐるりと回した。傷口を抉られたコザンは、大声で泣き叫んだ。


 抱擁は自然と解かれ、ミヅメはスルリと後ろへ退がった。

 痛む脇腹を抱えて膝をつくコザン。

 あらためてミヅメの顔を見上げようとしたが、暗くてよく見えない。


「どうだ、これで明るくなるだろう?」

 横から男の声。振りむくと、ランプを持ったプロジェが立っていた。

 彼はゆったりと歩き、ミヅネにランプを近付ける。

「驚いた?化粧や髪型をちょいと変えただけ。それでも姉さんとそっくりな顔になれる。もっとも、舞台に立てばそんなものは関係ないんだけど」

 ミヅメはころころ笑った。


 姿が露わになった途端、さっきまでウヅミだった女が、全くの別人になっているではないか。

 あ然とするコザン。

 そこにプロジェが冷淡に言葉を投げる。

「ああ、キミは知らないだろうから、教えてやろう。ウヅミ君は事故で舞台に立てなくなってしまってね。それで、妹のミヅメ君にこうして影娘を演じて貰っているんだ」

「何!?」

「彼女が影娘になってから、ますます売上げが良くなった。演技もウヅミ君より上手いじゃあないか。それは君も今しがた褒め称えた通りだ」


 コザンは痛みも忘れて吠える。

「ウヅミはどこだ!」

「さて……随分と前のことだからなあ。どこの路地裏に置いたのか忘れてしまった」

 わざとらしくとぼけてみせるプロジェ。傷つくコザンに嗜虐心が燻られているのだ。


「どうせ、どこかで死んでるわ。

映し箱って、あの投影装置にぶつかって、肌を焼かれてしまったんですもの」

 ミヅメはわざわざ、コザンの前にしゃがみ込んだ。


「あれはしょうがない事故だったの。稽古の時、間抜けなアタシが、ちょいと姉さんの背中にぶつかってやってね。

ああ……あはは。コザンにも、見せてやりたかったわぁ」


「きさま……」

 コザンは歯を食いしばり、ミヅメに手を伸ばす。それをひょいと躱して、プロジェの傍へ移動する。

「当然の報いさね。好きでもない男をアタシに押し付けて、姉さんはアンタと街へ逃げた。アタシだって……アタシだって、やりたいこと一杯あったんだ!夢があった!」


 ミヅメは血濡れた小刀を手に笑う。

「それを姉さんが奪ったんだ。だから今度は、アタシが奪ってや ったのさ!」

「そんな……そんな……」

「否定か。無理もない。誰しもこんな現実から目を背けたいだろう。だが、これが現実だ。君の夢とやらは、もはや君の手から離れた。君のものではない。影娘の権利は私のもの。演じるのはこちらのミヅネ嬢だ」

 更に冷たい言葉を浴びせにいくプロジェ。彼は着流しの懐から短銃を抜いた。


「では、退場してもらおう」

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