食客商売9話-6「 #Vtuber に候」

 プロジェが引き金を引こうとした、まさにその瞬間、ドアが破られた。

 乱入者は不良坊主のディー・ラン。

 慌ててプロジェは彼に銃口を向ける。


 発砲……できない!

 ディー・ランが床を蹴り 上げながら腰を捻り、プロジェの手を蹴ったのだ。


 短銃が床を転げ回る。

「ディー・ランさん!?」

 刺し傷を抑えながら、コザンは声をあげた。彼自身も気づいていないが、服も手も血で真っ赤に濡れていた。


「この……大馬鹿野郎!」

 素早く立ち上がり、コザンを掴み上げる。

「誰でもいい!侵入者だ、捕まえろ!」

 プロジェが廊下に向かって叫ぶ。

 ばたばたと足音が響く。


 ディー・ランはコザンに肩を貸しながら、たった一つしかない入り口へ。

「ディー・ラン、危ない!」

 突然、コザンはディー・ランの体に体当たりをする。

 体格差のせいで突き飛ばすには至らず、少しだけ位置をズラすだけに留まった。

「何を――」


 銃声。

 コザンが撃たれた。

 がくりと彼の体から力が抜ける。

 代わりにズシリと、ディー・ランの体に重くのしかかる。

 背中を撃たれていた。


 後ろを見ると、ちょうどミヅメが短銃を手から落としていた。

 彼女は銃など滅多に使わぬ素人のようだ。

 そして女は、驚がくに満ちた目でコザンと銃とを見回していた。


 しかし、すぐに気を取り直してコザンの背中にいくつもの罵声を浴びせ始める。

 ディー・ランは彼らに構うことなく、コザンを抱えて、その場から逃げた。


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 通路を一目散に走るディー・ラン。

 コザンを担いでいる内に、不良坊主の上等な着物は血で濡れてしまっていた。

「ディー ・ランさん。お坊さん……」

 コザンは息と血を吐きながら、話しかけてきた。

「話すな。喋るな。口を閉じてろ!」

 道端の障がい物を蹴飛ばしながら、ディー・ランは走った。


「……やっぱりダメでした」

 コザンは口を閉じない。

「ああ、そうだよ。それもこれも、テメエが間抜けだからだ!」

「すいません」

「詫びる気があるんなら、黙れ!」

「黙っていたら、礼を言えません……ありがとうございます。最期に、少しだけ、気が楽になった」


 ディー・ランは歯をくいしばった。

「ウヅミとずっと会えなかった……手紙を出しても、返事が……ない。

だからきっと、劇団から追い出された時、彼女は僕のこと……」

 どちゃっ。血の塊が床に落ちた。

 出血が酷すぎる。刺されたのは脇腹、撃たれたのは背中。

 どちらも致命傷になってしまったようだ。

 ディー・ランは焦る気持ちを抑えて、出口へと走り続ける。


「喋るな」

「……彼女には会えない。もし、彼女と会えたら、質問……で……もし……だったら……殺し……」

「黙れ!」

 ディー・ランは叫んだ。叫びながら、目の前に立ちはだかる男を踏み越えていった。


 ようやく、地上に上がる階段が見えた。

「死にたくなきゃあ、減らず口を止めろ」

 階段に足を掛けようとして、つまずいてしまう。とっさにコザンを庇った不良坊主は段差で背中を打った。


「もう、ダメなのは分かっています。だから……最期にもう一つだけ……お願い」

「コザン!」

 しかし、コザンは震える手で懐から財布を出した。


「この中のお金……届けて……」

 ディー・ランは目を見開く。

「請負人という人……殺し屋……殺してくれ、影娘……ミヅメとプロジェ……殺して……」

 ディー・ランは、力強くコザンの血塗れた手を握りしめる。

「迷って……た。ウヅミ……が、まだ……僕の知ってる……

あの子……だったら……もう一度やり直せ……る……だから」


 殺しの依頼をしたとはいえ、最後までコザンは決断できなかったのか。

 だから、彼は劇団に忍び込もうとした。

 ウヅミと直に話して、それから決断を下そうとしたのだ。


 だが、それは叶わない。もう二度と。


 コザンの目から 光が消えた。ディー・ランは握りしめた作家の手から彼の死を悟った。


「裏口から逃げる気だ。急げ!捕まえろ!」

 追手が迫っている。

 ディー・ランはコザンに対して祈りの言葉を投げかけ、それから財布を持って階段を上っていった。


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 その日の夜。

 密会の席は町外れの廃寺に設けられた。

 ここで請負人達は仕事内容の説明や金を受け取る事になる。


「マトは二人。影娘を演じているミヅメと、興行主のプロジェ。報酬は先刻分と、これ」

 ディー・ランは血のついた財布を無造作に放った。

 仲介役のザムロが財布から金を出し、計算を始める。

「人ひとり殺す分にようやく届くってぇところだ」

 などと言い、彼は金の分配を始める。

「ウヅミさんだったっけ、本当の影娘は。彼女は結局、どうなったのさ?」

 誰にともなくニトが尋ねた。

「見世物小屋の裏口でくたばってた」

 と、ディー・ランは静かに答えた。


 脱出の途中、彼は裏口に転がっていたあの死体を回収した。

 それから知り合いの坊主に聞いて回り、

やっと身元を割り出したのだった。


「顔をよく知ってる坊主でさえ、気付くのに時間がかかった。火傷のせいで人相まで変わってたんだ」

 同行していたヴィクが言う。

 おそらく、コザンでさえ気づかなかっただろう。ディー・ランは財布にこびり付いた血の跡を凝視しながら考えた。


「しかし、執念とでもいうのかね。捨てられた場所から、自力 で見世物小屋に戻ってきたんだろう。怪我の具合も酷かった筈だ」

 と、ザムロ。

「大したもんだよ」

 ニトはぼそりと呟き、金を手にした。

「さあ、仕事だ。ねえ、坊さん」

 不意にディー・ランに話しかける。

「珍しく暗い顔してるね、あんた。頼むから、馬鹿なコトだけはしないでよ?」

 すると、不良坊主は寂しげに笑った。

「木偶の坊にしちゃあ、よく頭を使ってるじゃんか。俺がおセンチになり過ぎて、仕事をしくじるかもしれないって?」

 不良坊主も金を懐に仕舞う。


「そんなことより、自分の仕事にだけ集中しときな」

 ぎろり。ディー・ランは、ニトの冷笑に対して殺気を孕んだ睨みで応えた。

「ふむん。では、そうしよう」

 踵を返し、飄々と寺から出て行った。


「明日は嵐かな。ニトが人の心配してるなんて、あり得ねぇことだ」

 いそいそとザムロは金をかき集めながら言う。

「じゃあ、嵐になる前に片付けよう」

 ヴィクはそう言って、ロウソクの火を吹き消した。


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 出陣。


 食客のニトは主人の屋敷を抜けだして、闇夜の中を進む。


 彼女はボロ布といってもいいだろう、薄汚れた外套をまとっていた。

 その下には傷だらけの防具、両手には鎖を巻いた赤手甲。

 これが彼女の仕事着、これが彼女の本当の姿だった。

 殺し屋の貌をフードで覆い隠し、影娘の見世物小屋を目指すニト。


 その後方、並び立つ建物の屋根の上を、狩人のヴィクが走 る。

 担いでいるのはマスケット銃。彼の役目は請負人の補佐だ。

 よって彼は、愛銃で人は殺さないと決めている。


 そして、ディー・ランもまた、胡乱な不良坊主という仮の姿を脱ぎ捨て、

 冷酷な暗殺者として、夜闇を迷いなく突き進んでいた。

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