食客商売9話-終「 #Vtuber に候」

 影娘の見世物小屋には昼も夜もない。

 劇団は客のいない夜に整備や修繕などを行い、明日の公演に備えているのだ。

 おかげで表の入り口も裏口も、人の出入りは絶えることがない。

 

(おかげで余計な仕事が増えちゃったな)

 見晴らしのいい高台に陣取るヴィク。

事前の偵察も担当していた事もあり、厳重な警備と人の多さはおり込み済みだった。


( 誰かさんの手伝いをしたせいで、煙幕弾は使えない……)

 すると狩人は、マスケット銃の先端に穴の空いた鉄瓶を取り付け始めた。


 そして静かに構える。狙いは入口手前の柱。茅葺屋根を支える数本の内、最も腐り具合が進んでいるのだ。

 仮にこの柱が崩れたら、入り口の上にかかる茅葺屋根はたちまち崩れてしまう。

 狩人はそう判断した。


 高台から柱までの距離はおよそ二〇〇メートル。西からの微風がヴィクの体にあたる。


 狙いを定め、引き金を引いた。

 発砲。だが、銃声が聞こえない。

 不発?

 否! 確かにマスケット銃からは弾丸が発射されていた。その証拠に、狙っていた柱が音を立てて崩れ始めたのだ。


 逃げ遅れた人足が藁の下に 埋れてしまう。

 仲間達が彼を救い出している内に、入り口の騒ぎはどんどん大きくなっていく。

「これぞ新発明『消音器』の底ぢか……ら?」

 ヴィクは銃口に取り付けた消音器なる器具を覗き込んだ。


 発砲の衝撃で、あちこちがズタズタに裂けてしまっていた。おまけに瓶の中に張り巡らされていた針金は溶け、詰めていた羽毛は真っ黒に焦げていた。

「よ、よく暴発しなかったな……。もう使うのは止めよう」

 早くもヴィクの喜びは消沈に早変わりしてしまった。


 表の騒ぎに乗じて二人の請負人は、裏口から潜入を果たした。


 ニトはプロジェを、ディー・ランがミヅメを始末することになっている。


 先に標的を見つけたのはニト。

 プロジェは影を作り出す箱型機械と共にいた。装置はけたたましい音をたて、先端の望遠鏡めいた箇所から、眩い光を発していた。


(動いているのか?)

 訝るニトは刀を持った護衛が二人もいると気付く。

 それからしばらく様子を探り、彼女は静かに闇へ溶け込んだ。


 ごとり。突然、廊下から物音が聞こえてきた。護衛の一人が刀を構え、警戒しながら廊下へ足を踏み入れる。


 次の瞬間!


 床が強烈な音をたてて割れた。護衛の下半身が床下に沈んでしまう。

 続けざまに天井から降ってきた工具が彼の頭を強打し、気絶に追い込んだ。


「お下がりを!」

 もう一人の護衛がプロジェの前に躍り出る。右手に刀、左手には短銃を持ち、硬い岩のように雇い主を隠してしまった。


「どうした? 出てこい。ずっと睨めっこでもするか?」

「挑発なんてするんじゃあない、メヨス!」

 プロジェは叱りつける。

「敵はこのような戯言で姿を現す手合いではありません。もう一つの出口が背後にあります。私の合図でお逃げ……」

 メヨスは巧妙に消された殺気に気付く。だが、一足遅かった。


 天井を破って、ニトが強襲してきたのだ。


 落下しながらニトは、メヨスの短銃を赤手甲の鎖で打ち払い、もう片方の手に握った鉄棒で彼を打ち倒す。

 メヨスの刀を奪い取り、立ち竦むプロジェに襲い掛かろうと動く。しかし……。


「させるかあ!」

 メヨスはまだ意識を失っていなかった。ニトに体当たりをかまして、転倒させた。

「プロジェ様、お逃げください」

 ニトを組み伏せようとするメヨスだったが、ニトはすぐに反撃。

 隠し持ってい た火箸で彼の太腿を刺した。


 ほんの一瞬で、今度はニトがメヨスを組み敷いてしまう。

 その間にプロジェはニトに背中を向け、廊下へ逃げようとしていた。

 鎖をメヨスの首に巻き付け、片手で絞め落としにかかりながら、もう片方の鎖をプロジェに投げつける。

 先端にはメヨスの刀が絡みついていた。


 ズブシュッ。


 鈍色の刃がプロジェの背中に深々と突き刺さった。

 急所への一撃。それだけでもプロジェの命を奪うには充分だった。


 プロジェが倒れ、すぐにメヨスも首を絞め落とされて意識を失う。

 ニトは刀から鎖を解き、その場から素早く立ち去った。


――――――――――――――――――――


 舞台の上に立つ薄壁。そこに注がれる強い光。この間に立ち、ミヅメは影娘を演じる。


 演技をする部屋の壁には特殊なレンズがはめ込まれ、これで光の量や、影の大きさを調整しているのだという。

 詳しい事は分からない。小難しい話は全てプロジェの仕事。


 ――アタシは影娘を演じるだけ。


 今のことに集中しろ。ミヅメは自分に言い聞かせる。

 光量の調整。明日の軽い練習。あとは……あとは?

 だめ。昼間の出来事が頭に焼き付いて離れない。まるで影のように、いつまでもアタシに纏わりついてくる。


「もう終わったんだ。いい? だって死んだじゃあないか、みんなは!」

 コザンは死んだ。うるさいヤツは消えた。

 姉もいない。どこかで死んでいるだろう。


  影娘はアタシのもの。誰にも渡さない。

 客の声援。途切れぬ絶頂。すべて、すべて、すべて!

「アタシのものよ。誰にも……渡さない」

 気付くと迷いは消えていた。

 そう、あれはほんの一瞬の悪夢。

 悪い夢は目が覚めていたら、見ることもできない筈だった。なのに……。

 

 ミヅメは顔を強張らせた。

 ――だったら、どうして?

「また来てやったぞ」

 部屋に入って来たのは請負人のディー・ランだった。


 大男が一歩踏み出す度にミヅメは後ずさり。彼女の姿が光にあたり、薄壁へ投影される。さながら、本番のようだ。


「……どうして?」

「どうしてって……殺しにきたんだよ、おめえさんを。誰が頼んだか、分かるだろう?」

 さらりとディー・ランは答える、続けて彼の拳が乾いた音をたてた。


「どうして?」

 ミヅメはわなわな震える両手で顔を覆う。

「アタシ、現実を見ているわ。それなのに、どうして……」

 ――どうして悪夢を見てるの、アタシ?

「コザンを刺した小刀はまだ持ってるか?

あるんなら、もがいたらどうだ?」

 ディー・ランは静かに言う。

「最期の足掻きってヤツだ。おとなしく死なれたら、コザンも、てめえの姉さんも浮かばれねえ。それとも客のいない舞台で死ぬのは嫌か?」


 この挑発が追い詰められたミヅメを奮い立たせた。

「アンタに何が分かるっていうのさ! 踏み台にされたアタシの何を!?」

 護身用の小刀を取り出し、獣のように吼え狂いながら、ディー・ランに突っ込む。


 ミヅメが動いたことで、舞台上の影娘も消えた。

 小刀を振り下ろした。

 刃は空を切った。

 ミヅメに狼狽える間も与えず、ディー・ランは背後からミヅメを捕らえた。


「悪いが、終幕だ」

 三本指をミヅメの後ろ首にめり込ませて瞬時に首の骨を外した。


 解放されたミヅメは、装置の光を浴びながら倒れ、死んだ。


 そして、影娘も薄壁の中で同じように動き、舞台の上で息絶えた。


 ディー・ランは握りしめた拳を額の位置まで掲げ、小声で弔いの文言を唱えた。



――――――――――――――――――――



 夜鷹二人が肩を揃えて帰宅すると、上客の坊主がふて寝していた。


「あンれまぁ。珍しい」

「うるせえ」

 彼女らに背中を向けたまま、不良坊主は不機嫌に答えた。

「あら、起きてら。どうなすったんです?」

「おニイさん。どこか具合でも悪いの?」

 口々に尋ねる夜鷹たち。

「なんでもねえよ」

 また、不機嫌に答える。


 その内に夜鷹たちも飽きたのか、ディー・ランに見向きもしなくなった。


「……おめえら、もし俺がいなくなったらどうする?」

 不意にディー・ランは尋ねた。


「決まってるでしょう。別のお得意さんを探しますわァ」

「おニイさんより羽振りが良くて、かっこよくて、あとは……なんでっしゃろ?」


「さすがだよ、おめえら」

 ディー・ランはむくりと体を起こして夜鷹たちに歩み寄る。

「だから俺ちゃん、二人のことが大好きなんだよ~」

 不良坊主は二人を抱き寄せながら間に挟まり、両の頬で柔肌を味わい始めた。

 一体、どこに不機嫌を捨てたのか。先ほどと打って変わって、すっかりご機嫌である。


「あらやだ。まるで赤ん坊だわァ」

「よしよし……今夜もたっぷり遊んであげますからね~」


 ――もちろん彼が報酬を一夜で使い果たして、仲間達から非難を浴びたのは言うまでもない。




 請負人。

 金で殺しを請け負う、裏の暗殺稼業。

 この仕事、職業図鑑には載っていない。


(了)

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食客商売 碓井彩風 @sabacurry

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