食客商売1話-2「あんた、この食客をどう思う?」


 ある日、暖かな昼下がり。


「起きてよ」

 いつものようにレミルは食客に声を掛けるが、いつも通り、食客は昼寝を続けた。

 起きる気配はまったくない。


「おきろ!」

 テーブルを叩きながら声量もあげた。

 やっと起きたらしい。布をとって大きな

 欠伸。レミルは溜息。


「おはよう、お嬢」

 ニトは欠伸雑じりの挨拶をする。食客にとってレミルは主人の娘、つまりお嬢様だ。

 店で働く者達が「お嬢」と呼ぶのも同じ理由からである。


 しかし、残念なことに、レミルの容貌は「お嬢様」のイメェジとは、程遠い。それは本人も泣く泣く認めていた。


 幼さが残る丸顔に大きな目。何より背が低く、貧相さが先行する未発達な身体つきが、彼女を「お嬢様」から遠く遠くへ突き放す。


 広い袖口の衣や、腰帯の種類や色に気を遣っても、固着したイメェジは払拭できない。


 いっそのこと髪型を変えてみようか。

ふと、そんな考えがよぎる。

 鳶色の切り揃えた前髪に手をあて、太めの眉を八の字に曲げた。


「もう少し昼寝をしたいんだけど」

 と言いながらも、ニトは結局、大きく伸びをしながら、ゆったり立ち上がった。


 マギル商会の女食客は、背丈が大人の男と肩を並べられる位あった。肩幅も広く、太い腰回りにも安定感があった。


 ただ太っているのではない。肉がつくべき所にちょうど良くついているのだ。

 しかし、彼女が鍛えている姿をいっさい見た事がない。

 そして、安定感のある首や、いい塩梅に肉のついた顔が、とろんとまどろむ眠そうな目によって、戦いとは無縁な穏やかな空気をかもしてしまう。

 

 そんな食客をレミルは一喝。

「だめ。これから、お使いを手伝ってくれるんでしょう?」

「そうだっけ?」

 ニトは後ろ頭をボリボリ掻いた。


 牛。動物に喩えるなら、もそもそ草をはみ、鈍重な身体を横たえる牛以外にないと、レミルは考えている。

「そうなの。だから、ご飯と寝床のために、しっかり働いてよね」

 そう言ってレミルは腰をあげた。


 ―――――――――――――――――――


 レミルたちの住む都市、サチャは街そのものが小さな国家だった。

 つまり、都市国家である。


 巨大な運河と街中を巡る水路、それに内陸へ続く幹線道路を持つ街。毎日が活気に満ちた、商売にうってつけの場所。だから自然に人やモノが街に集まる。


 そのせいもあって、今日では、東の衣を着た西の生まれの人が北の郷土料理を食べ、南の地酒に舌鼓を打つ光景が、街の至る所で見られる。

 色んな文化や風習が混ざり、熟成され、サチャ独特の賑わいは作られてきた。


 そんな活気の中心部、果てしなく続く露店の列を眺めながら、レミルは積み荷と一緒に荷車に寝そべっていた。

 お使い。船着き場に揚がった少量の商品を受け取り、店に持って帰るだけの簡単な使いを頼まれているのだ。


「ねーねー。お嬢、少し道草を食べない?」

 荷車を曳きながら、ニトが尋ねてきた。寝起きの時より機嫌が良い。

「だーめ。すぐに店に戻るの。棚卸しも手伝うことになってたでしょう。それにあなたは、お昼寝前にもおやつ食べてたじゃん」

「寝てる間に胃袋から消えちゃった。今は、空っぽなんだ」

 ニトは露店の軒先に積まれた軽食に狙いを定めていた。食が絡むときだけ、彼女は目を活き活きさせ、口調もしゃっきりするのだ。

「美味しそうなお菓子」


 ニトが涎を口いっぱいに溜めて眺めるのは、キリッポという、穀物を棒状に練った焼き菓子だった。

「ほらほらぁ、ゴマと醤油で味付けしたキリッポ。お嬢の胃袋も、食わせろ食わせろと、催促して――」

「いません」

 ばっさり切り捨て、ニトは荷車の上で寝返りを打つ。


 と言いつつ、食べ盛りの少女の胃はこっそり食客の意見に賛成していた。それを認めたくないレミルは、不機嫌顔を作った。


「商人なら貪欲であった方がいいんでね?」

 ニトはおやつを逃さんと食い下がる。

「食客なら提供する技術を貪欲に追究するべきじゃない?」

 この切り返しにあっさり食客は口を閉ざしてしまった。


「そこで黙る?」

 体を起こして見慣れた背中に問いをぶつける。昔はずっとこの背中におぶさり、あやしてもらっていたそうだ。

 口には出さないが、レミルは今もニトの背中が好きだった。


「何かに秀でてなきゃ駄目?」

 と、ニトは訊き返す。いつも通りの眠そうな、のっそりした物言いで。食べ物にありつけないと分かるや、無気力状態に戻ってしまったようだ。

「秀でたものがあるから、爺様はニトを食客として招いたんでしょう? 見返りに技術を提供してくれなきゃ、食客とはいえないよ」

「そうかしら? 結構、店の手伝いとかしてるけども。家事とかも」


「違う。そうじゃない。助かってるけど、

そうじゃない。ホント、いい加減に自分が何者なのか教えなさいよ」

 口を尖らせ、不機嫌にレミルは、人差し指でニトの背中をなぞり始めた。

「くすぐったい」

「嫌がらせ。私はすっごく不満なの」

「どうして?」

 と、振り返って肩越しに見やるニト。レミルはじっとり目を細くし、見上げ返す。


「いつまでも間に壁を作られてる気がするから。家族なのに」

 そう言うと、レミルは俯く。ニトは黙ってまた前を見直す。


 微動だにしない表情からは、食客の心内を悟ることは叶わない。たとえ、家族同然の

レミルでさえも。

 やっぱり。応える気はなし、か。レミルは嘆息した。


 不意にニトが足を止めた。気が逸れていたレミルはつんのめり、ニトの背中に顔をぶつけてしまう。


「どうしたの?」

 鼻を擦りながら、レミルは怪訝に尋ねた。

 答えは待たずとも真正面に見えた。

 道を塞ぐ人垣。彼らの視線の先で何かが起きているようだ。レミルは荷車の上に立って目を凝らした。


「何が見える?」

 ニトが訊く。

「人が倒れてる。若い女の人」

 か細い声を震わせ、血の気のひいた顔でレミルは言った。


 荷車を下りて、彼女は人垣に近づいた。

「あーあ。可哀想に。あんな若い子が……嫌だね、嫌だね」

 中年男が顔をしかめてぼやいていた。

「何が起きたんです?」

 と、レミルは尋ねた。


「自殺だよ。ついさっき酒場の前で。恋人が決斗で死んだとか何とか……。店の客と口論してたら、急に自分の喉を包丁で――」

 中年男が自身の喉に指をあて、横に引いてみせる。

「決斗?」

 首をかしげていると、前のざわめきが大きくなった。

 人垣が左右に割れた。

「どけ、どきやがれ。邪魔なんだよ!」

 ガラガラ声で髭面の男が声を荒げていた。


 見るからに堅気ではない荒んだ風貌だった。着崩した上着やマントは上物のようだが、すっかりよれてしまっている。腰のベルトには幅広の湾刀や、先込め式のピストルを差し、かろうじて残っている装飾をじゃらじゃら鳴らしながら、怒号で開いた道を通り抜けていった。


 レミルの前を横切った時、つんと異臭が彼女の鼻をついた。この数日、風呂に入っていないらしい。おまけに酒臭い。


 その後を男の仲間達が追う。彼らの服装も汚れきっていた。そして誰もが汗と酒の臭いを撒き散らしながら、去っていった。


「何なの、あの人達?」

 思わず心の声が出てしまう。

「騎士だよ。あんなナリでも。さっきまで酒場で酒をジャンジャン浴びるように飲んでいた。あの調子だと、ついさっき街に着いたんだろうなぁ。酷い臭いだし、品もない。これだから余所者は……」

 中年男が困り顔でレミルに教える。

「あれが騎士? 嘘でしょ?」

 呟きながら、レミルはニトを不安に見る。


 やはりというか、残念ながらというか。

 食客は我関せずと無関心に振舞っていた。

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