食客商売1話-1「あんた、この食客をどう思う?」
ある日の夜。
「立会人が3つ数える。俺達はそいつにあわせて、後ろに下がっていく」
髭の男は若い青年にこう言った。
青年は無言で頷く。男達に囲まれ、音のない嘲笑を浴びせられ、彼は激しい怒りに燃えていた。
草原に佇む彼らを照らすのは、周りにたてられた松明の炎だけ。灯は夜更けの冷たい風に吹かれ、大きく揺らめいていた。
「次の合図が決斗の始まりだ。サイゴに確認するぞ、ヴェトロ君。本当にやるんだな?」
髭の男は粘っこい口調で尋ねてきた。
「ああ」
ヴェトロ青年は、はっきり頷いてみせた。
「分かった」
にやり。男は笑う。
「僕が勝ったら、すぐにでもこの地より立ち去れ。そして、彼女にも……」
「勿論。騎士の誇りにかけ、約束はきっちり果たす」
それから二人は口を閉ざし、足元の武器を手にした。
片刃の湾刀。
この地域で普及している刀剣だ。別段、業物ではないが切れ味は申し分なく、一太刀で相手に深手を負わせることもできる。
――腕次第では。
ヴェトロは大きく息を吐く。この決斗は負けられない。
自らのため、愛する者のために。
負けられない。
互いに背中を向け合う。
口許に古傷のある立会人が、ずっと閉ざしていた口を開いた。
「ひとーつ」
数えにあわせ、二人は一歩前へ。
「ふたーつ」
また一歩。次で両者は間合いの外に出る。それも、刃先が触れるか触れないかの、ちょうど境目に。
「みっつ!」
最後の一歩。振り返った時が決斗の開始。
負けられない。
ヴェトロはくるりと身体を回して叫んだ
――はずだった。
彼の口から発せられた声よりも、すぐ目の前で起きた破裂音の方が、遥かに大きく轟いていた。
青年の悲鳴は、掻き消されてしまった。
銃声によって。
両膝から力が抜ける、地に着いた足に再び力を入れたくても、憎き騎士に一太刀あびせたくとも、ヴェトロにはできなかった。
真っ白なシャツの中心に大きな赤い染みが広がり、尚も背中にまで貫通した傷口からは、ゴボゴボ血が噴き出ている。
撃たれた。
騎士が剣の代わりに、隠し持っていた銃で発砲したのだ。
マスケット銃。
騎士でなくとも、猟師でも雑兵でも、一般人でも扱える、
今の世にありふれてしまった武器。
古臭い決斗の場に「いてはならない存在」だと――ヴェトロの唾棄する道具。
それに殺された。
堪えきれず、込み上げてきた赤い液体を口から吐きだす。ヴェトロはばたりと倒れてしまった。
「散々、止めておけと言ったのに。バカな野郎だ」
銃をベルトに戻すと、騎士は高笑う。周りの仲間――騎士たちも声をあげて笑い出す。
「頭に血が昇りやすい連中は特にカモになる。男の意地ってなぁ良いもんだな」
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