食客商売
碓氷彩風
食客商売1話「あんた、この食客をどう思う?」
食客商売「あんた、この食客をどう思う?」
「裕福な商人なら、食客の一人や二人、養っているもんさね」
昔、亡くなった祖父がそんなことを言っていたらしい。
家は雑貨屋――商売をしている。
つまり商人というやつだ。
だから私は商人の娘。
でも、裕福ではない。
悔しいけど断言できる。
所帯の小さい中堅どこの商家。
だけど、家には食客がいる。
ずっと前から。
わたしが生まれて間もない頃からいる。
ずっと。ずっと一緒だった。
食客。
ある程度の財産がある家で養われる、ある程度の実力のある者。
居候との違いは、衣食住の対価として
自身の才能を提供しているか、否か。
この定義を思い出すと、わたしはきまって首を傾げてしまう。
おかしい。
――我が家の食客は何もしていない。
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レミル・マギルは座卓に頬杖をつき、食客をじっとり湿った目で睨んでいた。
その目を維持するのも疲れ、彼女は呆れに呆れ返った、湿っぽい視線へ切り替えた。
件の食客は庭に生えた大木の下で、
ぐーすかぴーすか、昼寝の最中。
手拭いを顔にあて、寝息をたてている。
「まだ寝てる」
何もしないで寝てばかりなら、もっとお店を手伝ってほしいものだわ。
レミルは運河沿いの街に店を構える雑貨屋「マギル商会」の一人娘。
生まれてから数え年で十五年。未だに解せない疑問に頭を抱えながら育った。
あの食客は何者なの?
ニト
奇妙な名前の奇妙な女食客。由来は廃れたいにしえの言葉で、数字の二十。だが、見た目は三十歳(ミト)に達していそうだった。
そもそも、何の食客かすら不明だ。店を切り盛りする母も、店で働く使用人たちも、みんな知らない。死んでしまった祖父が唯一、事情を知っていたようだが、全て説明する前に、墓まで秘密を持って行ってしまった。
さて、この女食客。体格に恵まれているものの、武芸者には見えない。動作の一つ一つがとにかく鈍いのだ。
かといって、芸術に秀でているようでもなければ、特定の何かに励んでいるようでもなく、雑用を手伝う以外を食事と昼寝に費やしている。
怠惰の塊。
誰もが訝しみ、小言を唱えて呆れるが、何だかんだで受け入れてしまっている。
悪さをする訳でもないし、人が悪いようでもない。怠け者ではあるが、目立った害を及ぼすでもないのだ。
かくいうレミルも、ずっと一緒に暮らして来た手前、彼女の素行に慣れてしまっていた。おかげで別段、悪感情を持つことができないでいる。
これが仇となり、食客は今日まで居候をきめていた。
レミルは時に自身の甘さに嘆き、時に食客の素行に嘆く。そして、思い出したように首を捻るのだ。
彼女は何者なのか――と。
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