食客商売1話ー4「あんた、この食客をどう思う?」

 数日後。


「ちくしょう!」


 二人の男は必死に両脚をばたつかせ、必死に走っていた。必死に息を吸おうともがいても、肺には新鮮な空気が入って来ない。おかげで顔は真っ青、全身に微かな痺れが広まっていた。


 二人はダダンの下で働く強盗騎士。

 ……騎士なのだが、馬には乗らず、自分の足で走っていた。

長靴に腰履き、無造作に羽織った上着という乱れた出で立ちであった。にもかかわらず、湾刀だけはしっかり腰に吊るしてある。


「ちくしょう!」

 一人が口から泡と一緒に罵声を吐く。


 道なき道は終わらない。それでも男たちは走り続けた。背後に人がいないと分かっていても、込み上げてくる危機感が足を止めることを許さない。そして、二人はそれに従うべきだと固く信じていた。


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 強盗騎士たちは例によって郊外の家を襲い、そこを隠れ家としていた。


前の住人はさっさと森に投げ捨てた。

「今頃は、野犬の暖かい胃袋に包まれて眠っているだろう」

この冗談を肴に酒を飲み、夜を明かした。


 そして、今朝。


朝日が昇るか昇らないかの頃だった。

 見張りの酒に焼けた嗄れ声で、一行は重い頭を上げた。

中には二日酔いのせいで起きる事すらできぬ者もいたようだ。


「防人だ! 防人が来たぞ!!」

 突然、見張りが叫んだ。

 防人が、サチャの街の治安維持組織だというのは、着いて早々に知った。おかげで強盗騎士たちは置かれた事態に顔を青くする。


「武器をとれ!」

 ダダンの指示で各々が武器や防具に手を伸ばし始めた時、入り口が破壊された。


 ぞろぞろと防人がなだれ込んでくる。まだ陽が昇り切っていなかったこともあり、火のついた松明を持った兵士もいた。


 笠を被り、濃紺の制服の上から鋲付きの革鎧をまとう男達。彼らは湾刀や鉄丈、銃剣付きのマスケット銃で武装し、鬼の形相で身構えていた。

 強盗騎士たちは息を呑む。


こうも肚のすわった官憲たちに、彼らは出会ったことがなかったのだ。


「防人である。抵抗すれば容赦せぬ。おとなしく縛につけぃ!」


 強盗騎士が大人しく降参する筈もなく、瞬く間に戦いが始まった。

 そして、二人が逃げ出した頃には強盗騎士の大半が捕縛ないし、その場で殺された。



……再び、現在。

「も、もういいだろう!」

「何言ってんだよ、ペピ。ボヤボヤしてたら、追いつかれ……」

 転倒。足がもつれ、騎士は足元の瑞々しい苔の上に体を投げ打った。


「きっと遠くまで逃げられたさ。す、少しは体力を温存しようぜ」

 ペピもどっさり尻を地面に落とした。下膨れの頬が上下に揺らし、ぜえぜえ息を吐きながら彼は喋る。


「サチャから、この街から出ていっちまえば、防人だって手は出してこない。今までもそうだったろう。夜警も官憲も自警団も、

手前の土地だけを護るんだからな」

「それなら、森を抜けてトンズラこくしかないよな。それには準備が必要だよな?」


「……リモッティ?」

 ペピは思わず息を止め、一緒に逃げてきた強盗騎士リモッティの顔をまじまじと見る。特に――覚悟を決めたと思しき濁った眼を。


「武器はある。銃は? 弾は?」

 ペピはおずおずと先込め式のピストルを

取り出す。火薬入れや、予備の弾は、どこかに落としてしまっていた。


「マジかよ? 二人でどこかを襲うって?」

 リモッティは口を真一文字に結んだまま頷いた。これにペピは困惑したが、他に手はないと判断したのか、強く反対しなかった。


 しばらく森を彷徨うと茂みもなくなり、

やっと寂れた山道に出てきた。

 木々の間からは街道が見えて朝陽も差しこんでくる。二人は目を細め、眩しさと疲労と戦いながら、標的を探す。


 すると、リモッティが徐に肩を叩く。

「下だ」


 雑木林の先に家が建っていた。ただの民家ではない。石造りの平垣、風情のある大きな家屋、建ち並ぶ三つの蔵。


 見るからに「金目のある」家だった。二人は知らない。ここが所帯の小さい中堅商家「マギル商会」だと。

 二人は頷きあい、武器を手に雑木林へ足を踏み入れた。


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 まだ新緑の季節だというのに、雑木林の

あちこちには枯れ葉や枝が散らばっていた。


 奇妙な場所である。リモッティはこの雑木林に違和感を覚えた。具体的に説明しようにも言葉が思いつかない。


しかし、おかしい。

 リモッティは、歩いて来た緩い斜面を振り返る。それが足元の注意を疎かにさせた。


 ぱきり。枝の砕ける音。


 二人は肩を竦めて身を縮ませた。瞬時に全身が石のように固まってしまう。特に音を出してしまったリモッティの狼狽ぶりは、声を出さずとも、血の気が失せた彼の細面を見れば明らかだ。


 家屋まで充分な距離があり、当然聞こえることはない。にもかかわらず、カラダが勝手に反応していた。


 ごくりと唾をのみ、手汗を拭って刀を握り直す。強い緊張感は相変わらず。しかし、決心はより強くなっていた。カラカラの喉を潤す水か酒が欲しかった。


 いくぞ。ペピは目で合図を送る。

 二人はまた進みだす。


 息を殺して忍び足を続け、ようやっと雑木林の中ごろに達した。

 不意にリモッティが足を止める。何事かと振り向くと、刀の切っ先が落ち葉の積もった地面を指していた。


 彼は拾った小石を落ち葉の山に落とした。二枚の金属板が飛び出す。ガチンと力強く、板同士がぶつかり合う。


 簡素なとらばさみだ。害獣対策か、防犯対策かは分からない。しかし、家の者が仕掛けたのは確かだろう。

 それにしても、なんと見え透いた罠か。

二人は顔を見合わせ、思わず口角を緩めた。


 次の瞬間――


 リモッティが消えた。


 ……違う!


 彼は地面より高い所にいた。地面から離した両足をぶらぶら漂わせ、まるで果実のように枝に、ぶら下がっていた。


 見ると、植物の蔓が首に巻きついていた。

 騎士は縛り首にされたのだ。


 ペピは急ぎ木陰に身を隠す。マスケット銃を左右に向け、襲撃者を探した。


 いない。


 あるのは亡骸だけ。それも、直前まで生きていた、仲間の亡骸だった。


 心臓が激しく動く。血がもの凄い速さで駆け巡る。体は燃やされたように熱くなった。


「なんなんだよ。何が起きたんだよ……」

 涙雑じりに悲痛な声をあげ、身体の向きを変えた。

 そして、見てしまった。

 襲撃者の姿を。


 いつからそこにいた?

 どうやって近づいた?


 足音などまったくしなかった。目の前にいるのに、からは気配すら感じない。


 ペピは悲鳴を上げることすら許されずに殺された。とはいえ、襲撃者が手にしていた道具に驚愕する間だけはあった。


 火ばし


 名のある剣でもなければ槍でも、刀でもない。どこにでもあって何の変哲もない、ごくありふれた道具だった。


 その日の朝、マギル商会では強盗騒ぎなど起きなかった。レミル達が迎えたのは、いつもと変わらない「平穏な朝」であった。


 ――――――――――――――――――


 ザムロがまたニュースを持ってきた。


「例の強盗騎士たちですがね、今朝がた捕まりましたよ」


「あれま。呆気ない」

 と、台帳から顔をあげるシャスタ。

「何だかんだと騒いだのが杞憂に終わっちまうのか。拍子抜けだな」

 居合わせた若い使用人がぼやくのを見て、ザムロは微笑した。


「そんなもんだ。いや、ソレが良い。世の中、善が勝手に悪を戒めてくれるものなんだ。俺らはそれを、対岸でのんびり見物を決め込む。俺たちは正義の味方でもないんだから、近づく必要もない」

「そうやって他人事だと思ッとると、いつか痛い目をみるよ」

 と言い、シャスタは続きを促した。


「賊共は残らず縄についたそうです。今朝、隠れ家に防人がなだれ込んで、それはもう、大捕り物だったとか。

壮絶過ぎて、誰が誰だか判別つかない死体まで出たとか。頭目のダダンなんざ、ミンチよりひでぇ有様にされちまったとか。

市場や畑や家々まで、噂で持ちきりです」

 ザムロは、品物を卸しに行った帰りに情報を仕入れたそうだ。


 場に居合わせたレミルは訊かずにはいられなくなった。

「一先ずは安心していいの?」

「そのようです、お嬢」


「めでたし、めでたしだねー」

のほほんと食客が言った。

彼女は長椅子に、気が抜けたように横になっていた。


 レミルは少し驚いた。

今朝、どういうワケか、彼女の姿を見かけなかったのだ。

傍から見るといつも通り。それに、どこかへ出かけたふうにも見えない。

レミルはひっそり首を捻った。


 ここで使用人が一言。

「やい、食客。あんたに用心棒を頼む程でもなかったな」

 言われた側は長椅子に、気が抜けたように横になっていた。反応はいつものように鈍く、聴いているのかいないのか。

「これじゃあ置物と大して変わらないなぁ。ふむ、それはいい。一日中、横になっても、誰も御宅に文句を言わん」

 ザムロも弄りに加わる。

「俺もあれ位、怠けていたいっすよ、番頭」

「まったくだ。人間の義務を放棄しても、ぬくぬくできるんだから」

ぼんやり。食客は素知らぬ顔で受け流す。

もしくは好きなように言わせていた。


レミルは彼女の足側に腰掛け、横目で様子を窺う。

 怒ってはいない。

むしろ、目が笑っている。

 表情自体は、ぼうっとして締まりがない。しかし、下がった目尻や微かに綻ぶ口の端に注目すると、彼女はこの瞬間に満足しているように見える。


 どうしてだろう? 不思議に思っているとニトが見返してきた。

「なに?」

「悪い様に言われて腹が立たない?」

「立たない。むしろ……」

 ニトのお腹がゴロロと鳴る。

「お腹が減った」

 恥ずかしがる素振りはない。いつも通りのぼんやりした物言いだった。


 気にするだけ損。

 レミルは考えるのを止め、居心地の良い食客に、ぴっとり体をもたれた。


「置物ならザムロの方が似合ッてンじゃあないかい?」

 シャスタはザムロの太鼓腹をポンポン叩く。

 話題がニトから離れていくと、二人の間にはのんびりしたいつもの一時が訪れた。

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