食客商売7話-5「請負人、確定申告に奔走する」


 その日の夜。

 老執事は辺りを警戒しながら、人気のない船着場へやって来た。

 波に揺れる小舟、風でガタガタ音を立てる小屋のドアへ、せわしなく顔を向ける。


 落ち着きのない動作から、彼の目的が後ろめたいものであるというのがよく分かる。

 唐突にドアがぴったり止まった。

 彼はびくりと体を震わせる。

「一人か?」

 どこからか、男の声が聞こえて来る。

「う、請負人だな?」

 と、執事 。ランプの頼りない灯りを頼りに、四方を確かめようとする。

「こちらの姿を見つけようと思うな。そしてこちらの質問に答えろ。一人で来たのか?」

「わ、私一人だ」

 執事は姿の見えない相手に頷いてみせる。


 口の中が乾いてきた。両肩から拳にかけて軽い痺れまで感じる。足は地面に触れているはずなのに、その感覚は薄い。

「依頼は?」

「旦那様を死に追いやった僧侶を殺してほしい! あ、あいつは、あいつだけは……。頼む、どうか仇を。旦那様の無念を晴らしてくれ!」

 静寂。


 どうした? 執事は訝しむ。

「……僧侶なら街中にいる」

 静かに声が返ってきた。

「しっかり言わんか。どこの誰を、殺してほしいのか。そして、その殺しにお前は幾ら払うつもりなのか」

 淡々として、情も一切感じられない。


「こ、殺してほしいのは……」

 執事は勝手にカチカチ鳴る口に力をこめた。

「ネカオ寺を修める僧侶、ニゼ。その側近。もし、この二人の他に、旦那様を死に追いやった者がいるなら、その者も殺してほしい。報酬は……」

 懐から革の小袋を取り出す。

「銀貨30枚。安く思うだろうが、これで精いっぱいなのだ。どうか、分かってほしい」

「小屋の前に壊れかけた灯篭がある。そこに袋を置け」

 確かに、小屋の前には半壊した石灯篭があった。

 近づいてみると、ろうそくを置く場所に、印が描かれていた。ここに置け、ということだろう。

「ゆっくり置け。そして、金を置いたら、後ろへ下がるんだ」

 執事が顔を強張らせて後退している内に、袋が闇の中へ消えていくのを見て、あらためて気付かされた。

 すぐ近くに、否、すぐ目の前に請負人がいる事に。


 しばし、無音が続く。執事は唾を飲み、重苦しい静寂に耐えた。

 金を数えているのだろうか。

 それとも、何か? 私は騙されているのか?

 頭の中を不穏な想像ばかり渦巻く。

「……この仕事、請け負わせてもらおう」

 肌を刺す夜風より冷たい声が返ってきた。

 ぞくりぞくりと背筋を凍らせた執事だったが、それより、依頼を承諾してくれた事への喜びが勝った。

「ありがとう。あの世へ行かれた旦那様もこれできっと、安心して眠って頂けるだろう。良かった……」

 緊張の解けた執事は、安堵の微笑みを浮かべる。


「金を貰った以上、依頼は果たす。殺しは成功させる。だが、お前の感傷に耳を傾けるつもりはない」

 声の主は容赦なく突き放した。

「見聞きしたことは全て忘れろ。そして、二度と我々に接触しようとは思うな」

 執事は闇を呆然と見つめた。

「取引は終わり だ。早く去れ」

 暗闇の中で請負人のドモンは、静かに命令した。

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 執事が帰った後で、ドモンも移動した。

 向かったのは郊外のうら寂れた小屋。

 ここが裏稼業の者が密会で使う場所だ。待っていた仲間達にドモンは説明をする。

 

 標的は高利貸しの僧侶ニゼと、側近の武僧。他にエシェバ老を衰弱死に追いやった人間がいるとすれば、その者も殺す。

 報酬は、殺した人数に応じて分配される事になった。


「しっかし、請負人も難儀な仕事よのぉ」

 ざんばら髪の坊主はケタケタ笑って言った。

 エシェバ老の葬儀で経を読んだ、あの坊主である。名はディー・ラン。彼も請負人の一人だった。

「俺らの目 的は一つ。金を貰って人を殺す。それだけ。だから、他人様の無念だの恨みだのを肩代わりする義理はねぇんだけどなぁ。なのにどうして、どいつもこいつも、履き違えてくれるのかしら?」

 と、不良坊主は嘲笑う。


「でも結果的に、依頼人の恨みを晴らしているのも確かだ」

 そう言ったのはマヤジャのヴィク。揺らめくロウソクの火が、青年の迷いに満ちた顔を照らしていた。

 笑みを消したディー・ランに、ヴィクは意を決して言った。


「だから、あの執事は請負人なら、自分達にはできない事……エシェバの爺さんの仇を討ってくれると思って、依頼して来たんだろう?」

「ンな頼られ方されても困るんだよなぁ」

 そう言ってディー・ランは舌打ちをした。

「それ で婿旦那。あんたの作戦は?」

 ずっと無言を通していたニトが口を開いた。


「寺は人が多く、警備も厳重だ。策を講じる必要がある」

「勿体ぶるな。早う教えろ、木っ端役人」

 坊主が口を挟んでくる。

「ちゃんと説明する。ディー・ラン、特にお前をには、よく理解して貰わなければならないからな」

 皆の視線が不良坊主に集まった。

「……はい?」


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 数日後。ネカオ寺に数人の男達がやって来た。

 訝しむ門番達が尋ねる前に、小柄で歳若い男が口を開く。

「お願ぇします。どうか、この不貞な輩を、懲らしめておくんなましぃ」

 そう言って、ざんばら髪の大男を指さした。

「懲らしめるぅ? 俺様をぉ?」

 大男は酒に酔っていた。男の酒臭い吐息に、門番達は揃って顔をしかめた。

「……この酔っ払い、まさか僧侶なのか?」

 着崩した法衣をみれば一目瞭然だが、門番達には信じられなかった。


「その通りです。俺の店で、浴びるように酒を飲んでいたんですがね、他の客を怒鳴るわ、料理にはケチをつけるわで、こいつのせいで商売あがったりだ。挙句、こいつ、金をもって無いときた!」

 と、小料理屋の店主を名乗る男が、目に涙を浮かべて訴えた。それに続いて、無銭飲食の被害に遭ったという飯屋や居酒屋の店主達が、生臭坊主の不貞を訴えた。


「そうがなるなぁ、皆の衆。クソ御主の奴も、その……言ってンだよ! えぇと、とにかく! 俺様達のクソ御主が言ったンだ。つまり……酒をよこせってさぁ!」

 無茶苦茶である。

「防人は酔っ払いの相手をしてくれない。ここは一つ、御主様に、この生グソ……じゃなかった、生臭坊主を裁いて貰いてぇんだ」

 小柄な若者が両手をあわせて懇願する。


 門番達は顔を見合わせ、次に生グソ坊主を見た。

 見るからに粗野で下卑。見ているだけで二人は腹立たしくなってきた。

 そして、こんなのが同じ僧侶であることに、恥辱さえ感じ始めた。

「オォい、まさか、こン野郎共の言うことを聞く気じゃあねぇよな? 頼むよォ、同じクソ御主に使え……」

「だまらっしゃい!」

 突然、門番の片割れが怒鳴った。同時に、もう片方が手にしていた棒で生臭坊主の肩を打ち据える。

 情けない悲鳴をあげて膝をつく生臭坊主。門番は言い放った。

「皆の訴え、しかと聞き届けた! 御主様の教えに背いたこの醜い悪鬼は、この寺で預からせて貰う!」


「おお……有り難や、有り難や」

 小柄な若者が仰々しく拝み出すと、他の者達もそれに続いた。

 最初は困惑する門番達だったが、讃えられる内にだんだん胸を反らしていき、最後は誇らしげに振る舞うようになった。

「さあ、立て! 御主様の裁きを受けるがいい!」

「ひぃ!? お、お慈悲をおぉぉ!」

 門番に襟首を掴まれて引っ張られていく生臭坊主。


(ご愁傷さま、ディー・ラン)

 その情けない姿を、小柄な若者……ヴィクは苦笑いを噛み殺して見送った。



 店主に扮した密偵たちと別れたヴィクは、一人行動を開始した。

 木陰に隠していた布巻きを回収し、更に寺の周囲を探っていった。


 表門は立派だが、山に面した裏門は寂れていて、土塀も穴だらけ。ヴィクは大きな穴を潜り、誰にも見つからずに境内へ忍び込んだ。

 それから布巻きを背負って屋根裏へ這い上がる。目指すは金貸の密会が行われる小部屋。


 ヴィクは暗闇の中で目を凝らし、更に進んだ。

 それから3分が経つ。あちこち探し回っている内に、やっと目当て の部屋の真上にたどり着いた。


 標的のニゼは、側近の僧侶や客人達と話しをしていた。その中の一人を見て、ヴィクは驚く。

 なんと、エシェバ老の屋敷で働いていた庭師ではないか。

 退職金をもらえなかった事に憤慨して屋敷を出て行った男が、元凶となった金貸し寺にいる。

(なるほど。グルだったのか)

 ヴィクは怒りを抑えて聞き耳をたてた。


「しかし、ニゼ様。どうしてエシェバ老が死ぬ前に森を手に入れなかったんですか。あっしには、そこが良く分からねぇ」

 と、庭師が尋ねる。

「あの森はしばらくの間、権利者不明のままにしておきたいんだ。そうすれば、余計な税金を払わなくて済む」


 ニゼの細目が妖しく光った。

「最近は寺院も例外なく取り立てら れる。その額は決して安くない。そこにあの森を手に入れてみろ。さらに出費がかさんでしまう。ただでさえ維持費がかさむというのに、馬鹿正直に金を払ってたまるか」


 森は欲しい。しかし、権利者として税金は払いたくない。

 規律違反とはいえ、取引で手に入れた土地だ。必ず税が発生する。

 そこでニゼは、取引を破断させることにした。


 敢えて悪い条件の取引を持ちかけ、後のないエシェバ老に揺さぶりをかけたのだ。

 どんなに理不尽な内容でも、老人が承諾せざるを得ないのを見越して。

 それから金の受け取りを遅らせ、さらに不安に陥れた。ダメ押しといわんばかりに、庭師を買収し、身内の不満を焚きつけたのだ。


 その結果は、生ける屍となったエシェ バ老の姿と、荒れ果てた屋敷が物語っている。

 外道共の話しをヴィクは頭の中で整理した。

「税というのは為政者次第で高くも安くもなる。だから高いうちは土地を手放し、安くなったら、知らん顔で買い取ってやろう」


(外道め……)

 ヴィクは沸々と沸く粘っこい怒りをこらえ、今にも爆発しそうな殺意を、必死におさえこんだ。

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