食客商売4話-4「酒にのまれるのは食客」
「分かってんのか、テメエら!コトの重大さによおぉ!?」
ヂヲの腹心が椅子を蹴飛ばす。椅子は宙をくるくる舞い、床に落ちて四散した。
彼の名はコズン。
そして、彼の傍にはいつも巨漢の用心棒がついていた。
こっちの名前はジェリ。
「あの壺。あの壺が無くなったら、俺たちゃあ、おしまいなんだぁよ!」
拳をテーブルに叩きつける。表面に大きなくぼみができた。
「はひっ。も、申し訳ありません。で、ですがどこにあるか、検討はついとります」
鮪男は歯を震わせながら、それでも懸命に答えた。
「どこだ?」
「ま……マギル商会とかいう、ちんけな雑貨屋でさあ。あのジジイ、盗んだ壺を、その店に売っちまったんだ」
「え、でも……」
イタチ顔が何かを言おうとしたが、鮪男はそれを遮った。
「準備さえ整えば、店に入って盗んでやりますとも、ええ!」
魚の眼をくりくりさせて、鮪男が身を乗り出す。コズンはしばらく黙っていたが、ようやく口を開く。
「3日。3日でカタをつけろ。もしダメなら、テメェら3人とも、河ン中だぜ」
青ざめた顔で3人は平伏する。コズンは見向きもせず、幅広の大刀を肩に担いで去った。
「……余計なコト、言うんじゃない!」
しばらくして、鮪男がイタチ顔を叱った。
「で、でも。本当は、あの店にあるかどうかなんて、たしかめられなかっただろ?」
あれは嘘だった。
マギル商会では、番頭に適当にあしらわれ、収穫もなく退散したのだ。
「どうせ、コズンの旦那には分かりっこないんだ。一応は上手くいったろう?」
「……で、どうする。今度ばかりはブツがないと、オレたちが殺される」
ずっと黙っていた狐目が喋る。
「あのジジイを問い詰めて吐かせたのはいいが、ひょっとして、あいつも嘘をついていたのかも」
「また、ジジイの所に行くか?」
と、イタチ顔。
「……畜生。こんなコトなら、ヂヲの酒蔵に通うんじゃあなかった!」
おもむろに鮪男は毒づいた。
三人は同じ貧乏長屋に住む顔見知り同士だ。そして、二束三文の僅かな金、その日暮らしを送る人足でもある。
「安い密造酒に安く遊べる賭場。最初は軽い憂さ晴らしに良かったのに」
「気付いたら、酒浸りと賭け浸りで、文無しどころか借金まみれ。雑用やって金を返さなきゃ、元締めのヂヲ一家に河に捨てられるんだ」
「嫌んなっちゃうなぁ」
「はー……」
3人は狭い部屋で肩を合わせ、揃ってため息を吐いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「一体どうして、あなたは金持ちなの?」
女が尋ねる。薄手の布を肩に掛けただけで、他は何もまとっていない。
首すじの刺青は牡丹の花だった。
「御主様に愛されてるんだ。毎朝、恋文が届く。いつも読まねぇで捨てるんだけど」
骨付き肉を咥えたまま、ディー・ランは臆面もなく答えた。彼も下着以外は何も着ていない。
二人はかび臭い寝台に横になり、休息をとっていた。
「足を向けて寝てる癖に、よく言うわ」
ディー・ランは僧侶だ。しかし、彼は清貧や貞操というものを蔑ろにしている節があった。
何しろ彼は、寺院の許可なく出家した、私度僧。仏罰への意識は皆無なのだ。
「妬くなよ、リーシェ。今はほら、良い女が目の前にいるから」
ディー・ランは節くれ立った太い指で、女の体をなぞった。
くすぐったいのか女は痩せ細った体をよじる。
左脇の肉が伸びて肋骨の形がはっきり見えた。
「その気にさせないでよ。これ、仕事なんだから」
「仕事ねぇ」
仕事。割り切ってしまえば何と楽か。こうして、好みではない痩せた女とも、表向きは仲良く寝ることができるのだから。
「昨日、酒を奢ってくれたのは感謝してるよ。その後も色々と楽しくやらせてもらった。あなたは良い人だけど、それ以上の感情はない」
リーシェは寝台から降りようと、体を動かした。
「いいね、そういう考え」
ディー・ランは骨を皿に向けて吐き出す。それからリーシェの手首を掴んだ。
「だったら、もう一働きしないか?」
「金はともかく、カラダが持つのかい?」
女が体ごと向きなおる。首すじの牡丹の刺青が艶かしく動いた。
「どっちのだ?強がってると、気ィ失っちまうぞ?」
「ばか」
二人は互いの体に腕を回し、絡み合いながら横になる。
「そうだ。聞こうと思ってたのがあった」
徐にディー・ランが口走る。
「なぁに?」
「あの壺。どこで買った?中々、いい品物だとおもってな」
ディー・ランは顎でそれを指した。
部屋の脇に壺が置いてあった。高価なものには見えない。模様も色合いも地味だが、不思議と上品さが感じられる。
貧乏娼婦の部屋には不釣り合いだと、ディー・ランは訝しんでいる。
すると、見透かしたようにリーシェは囁いた。
「あれは……貰い物だよ。とっても親切な爺さんが、アタシにくれたのサ」
その日の夜。
「ジジイがいねぇだと?」
鮪男が訊き返す。狐目は黙って頷く。
「二人で長屋に行ったんだけどよ、もぬけの殻だった。逃げたのかも」
と、イタチ顔。
「それじゃあ、ヤツの事は忘れろ。今は目の前のことに集中すりゃいいんだ」
鮪男の丸い目は、マギル商会に注がれていた。
三人は街道を挟んだ野原から、盗みに入る見せの様子を伺っていた。
最初は、裏手の雑木林から侵入しようと目論んでいたが、道に迷いかけて断念したのだ。
彼らは幸運だった。雑木林には、食客の仕掛けた罠が至る所に張り巡らされていたのだから。
とはいえ、野原に長居もできない。
「でもさあ、俺たち盗みなんてやったことないぜ。どうすんだ?」
「どうするもこうするも、こっそり忍び込んで目当ての物を頂戴すんだ」
「見つかったら?」
狐目が訊く。
「そん時の為に、刀持ってきてんだろ!」
鮪男が湾刀を掲げる。
「こ、殺すのか!?」
「馬鹿、振り回して脅すだけだ。殺してみろ。防人に捕まったら縛り首にされる」
3人は戦々恐々としながらも、マギル商会へと近づいていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そうだ。確か、連中が来る前、壺を売りにきた老人がいたな」
不意にザムロが言った。
「それを探しているのか、あの三人組」
ニトはぐずつく空模様を窺いながら応える。
厚い雲が夜空を覆い、肌を撫でる風は湿っていた。
食客は窓を閉める。
「値打ち物がまざっていたのかい?」
番頭へ体ごと向けてから、そっと彼女は尋ねた。
「いやいや、どれもガラクタ。明後日にでも、砕いて染料屋に持っていくつもりだ」
「金にならない古物が目当てだっていうの?」
ニトは椅子の上で胡座をかき、
「壺が欲しいんじゃあ無いんだろう。例えばそうだな……」
ザムロは脂がのった顎をさする。
「壺に隠した<何か>が欲しい」
答えたのはニトだった。
「順当に考えりゃあ、そうだろうぜ。ンでよ、物は相談なんだが……」
「これ以上の深入りはお止しなさい。店に余計な火の粉を撒くようなもんだよ?」
ニトは呆れ顔で手を振る。首を突っ込むだけ店に災いが返ってくるかもしれない。それだけは、食客として避けたかった。
「安心しろ。下手にコトは荒だてねぇって約束すっからさ」
余裕綽々とザムロが言ってのけた時だった。
「その約束がさっそくフイになったみたい。今、誰かが塀を乗り越えた」
食客は窓へ鋭い視線をはしらせた。
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