食客商売4話-5「酒にのまれるのは食客」
マギル商会には蔵が二つある。一つが家の、もう一つが店のものだ。後者には勿論、商品が保管されている。
三人組の目当ては、この中にあるだろう、古い壺だった。
蔵には小さな窓が二つだけしかない。入口は同然、重い扉で閉ざされている。となれば、窓から侵入するのが当然だろう。
三人組は窓の下まで忍び足。まばらに敷かれた砂利を避けるように近づいていく。
庭はさほど広くないが、身を隠せる障害物が沢山ある。そして殆ど真っ暗だった。
音さえ出さなければ見つかることもないだろう。彼らはそう踏んでいた。
既に食客に捕捉されているとも知らず。
ニトは暗闇の中から侵入者達を監視していた。彼女は生き物が放つ気配を殺し、完全に溶け込んでいた。
確かにそこにいる。しかし、誰も彼女がそこにいるとは気付けない。
あとは、いつものように近づいて殺すだけなのだが、この日のニトは、すぐ行動に移そうとしなかった。
素人すぎる。身のこなし、周囲への警戒、何もかもがお粗末だ。
これが初仕事か。
ニトの体から、急速に殺意が抜けていった。
目くじら立てて殺すのはアホ臭い。
そう思った瞬間、彼女は複雑な気分になった。
昔の自分は基準など設けずに見つけたらすぐ殺していた。
つまり、甘くなっている、ということだ。
不味いわね、これは。
食客は苦々しい顔つきで、三人組へと近づいていった。
いよいよ、三人組は窓の下に到達した。おっかなびっくり進んでいたせいで、たどり着くまでに長い時間を要していた。
狐目は鉤付きの縄を肩から下ろした。
それをくるくる回し、窓へ向けて投げる。鉤を引っ掛けてよじ登ろうというのだ。
狐目の手から離れた鉤は、そのまま蔵の窓に届……かない!
壁に当たって跳ね返ってきた。しかも、要らぬ物音までたてて。
イタチ顔が声を抑えて狼狽し、鮪男も周囲をキョロキョロ見回す。
不安と恐怖が彼らをその場で金縛りにした。
やがて、怖れていた事態にはならない事に気付いた。
誰も来ない。全て杞憂だった。
緊張を解き、安堵した……次の瞬間!
狐目の両脚に縄が巻きついた。
そして、獲物を捕らえた大蛇の如く、彼を地面に引き倒してしまう。
悲鳴をあげる狐目、恐怖で言葉すら失った残り二人。
縄に捕まった狐目は木の根元まで引きずられていった。
そして、見えない力で持ち上げられ、木に逆さ吊りにされた。
「た、助けて……!」
狐目が仲間達に助けを求める。
しかし、暗闇の中から信頼する仲間達が出てくる気配はない。
代わりに、塀の辺りから騒がしい物音が聞こえてした。
見捨てられた。狐目は憤慨よりも絶望に駆られた。
ようやく奉公人達が侵入者に気付いて家から出てきた。
手にした提灯が狐目を照らす。
侵入者の涙は、細い目から額を伝って地面に落ちていた。
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既にニトは商会を飛び出していた。
食客は大急ぎで逃げる二人を追っていた。
侵入者たちは持ってきた刀や、顔を隠す頭巾を途中で落としていく。そんな彼らをニトは、ほぼ一定の距離をとって追跡。
木々を渡り歩き、時には人の背丈ほどの壁すら飛び越えながら、彼らに気づかれる(その心配は皆無だが)ことなく追い続けた。
そして、ニトが辿り着いたのはヂヲの密造酒工場ではなく、貧乏長屋の外れだった。
廃屋が何軒かあるだけ。さみしい場所。
その一つに侵入者たちは逃げ込んだ。ニトは壁の隙間から室内を窺い見た。耳を澄ませると、彼らの切羽詰まったやり取りが聞こえてくる。
「もう駄目だ!このまま俺たち 、コズンに殺されちまう!」
「お、落ち着け。まだやり様はある!」
「嘘つけ。大体、たかが腐った壺一つを探させるってのがおかしい話しなんだ。きっとあれは、体良く俺たちを始末する為の……」
ニトはコズンという名前を記憶して、壁から離れた。
翌日。
生臭坊主のディー・ランは、サンダルを足に引っかけ、石畳の道を踏みしめていた。
御主はこの世の誰よりも倹約家だ。この世の誰よりも潔癖で欲を嫌う。故に、貧相だ。
つまり、清いほど貧しく、汚いほど美しい?
唐突に昨日の酔いと多幸感を彼は思い出した。リーシェの部屋を出たのは、朝陽が上って間もない頃。あれから時間が経ち、太陽は今、頭のほぼ真上に移っている。
やせぎすの体に牡丹の花が咲く。僧侶はにんまり笑った。
今夜も通うか。
迷いなくディー・ランは決めた。
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