食客商売3話ー2「狩人、人を狩る」
マギル商会の一人娘、レミルは客の対応に追われていた。
どこにでもいる町娘の恰好をした客人。自分より歳上に見える。
給仕だった。それなら良い。
この街の有力者の屋敷で働く給仕である
ことも、特に問題ではない。
もっと重大な点にレミルは悩んでいた。
「良いお店ですね」
と、客が暖かい微笑みを向けてきた。益々、レミルは困窮する。
客は「彼」なのか。「彼女」なのか。
服装も、長い黒髪も、細面も、柔らかい曲線を描くしなやかな身体も、一見すると女性だ。でも、何か違和感がある。時々、振る舞いの中に、男っぽさが垣間見えているような気がするのだ。
緊張が治まらない。彼女か、彼か?
間違えたらすごく失礼。気が抜けない。
「もし?」
客が怪訝そうに声を掛ける。
「は――はい!」
上ずった声で返事をしてしまう。
「どうかなさいました?」
「な、何でもありません」
「それなら良いんですが。あの、実は薬草を探しているんです。でも、時期が少し過ぎているし、流通量も少ないせいで、どこにも置いていなくて……」
すぐにレミルは合点がいった。
「もしかして〈九つ草〉ですか?」
古くから薬品や料理と幅広く使われる香草だ。最近は癖のある香りのせいで、他の香辛料や薬草に取って代わられてしまっている。それに、出回る期間も短い。
「ええ。よく、分かりましたね」
「入荷時期が過ぎた頃でも、尋ねてくるお客さんがよくいるんです。殆どが、ハーブティーを作る為にお求めに。あ、ちょっと待って下さい。ザムロ?」
レミルは後ろで作業をしていた使用人頭に声を掛ける。
「あるよ」
丸い背中が二人に答えた。
「あるんだ……」
客は丸くした目でレミルを見る。
「何でもあります」
彼もしくは彼女にレミルは微笑み返した。
――――------------――
小物や食器、それに九つ草の瓶詰も購入した客は、レミルと談笑しながら、馬車へ向かっていた。
「本当にびっくり。この店には魔法使いさんでもいるのかい?」
「まさか。店に来る人達の要望に応えていたら、自然と品ぞろえが増えちゃっただけ。それが店の売りなの」
会った頃より双方の言葉遣いが砕けている。すんなり打ち解けたのだ。
「それより、私だってビックリしたんだよ。ロラミアが男の子だなんて。パッと見、美人だもの」
レミルは彼の立ち姿をあらためて見直す。
客人は男だった。
異性である筈なのに、レミルが羨望する要素を、彼は備えていた。だというのに、嫉妬の感情が沸かない。
勝てない、届かない、諦めるしかない。この3つが目に見えているからだろうか。
「美人だなんて。そんな……」
眩しい照れ笑いにあてられ、レミルは心の内で白旗を振った。
「今日はありがとう。助かった。これで妹様も機嫌を直して下さる」
「九つ草のハーブティーが何よりの好物なんだ。無い時はちょっと機嫌が悪くなる」
「大変だねェ」
「でも、あの人は僕によくしてくれるんだ。ちょっと気分屋なだけ。ただ……」
ロラミアは俯く。
「僕を着せ替え人形にして遊ぶのだけは勘弁してほしいかな」
顔を赤らめ、気恥ずかしげに話す彼を見て、レミルは吹き出した。
「あ、ここで少し待って。ハーブティーにあうお菓子があるの。それを妹様に」
「いいの? 一見だよ、僕は」
「いいの。折角、縁があって店に来てくれたんだから。いま、取って来る」
そう言ってレミルは店に駆けて行く。
彼女が店の中に入ったのを確認すると、ロラミアは冷たい声で尋ねた。
「……どちら様でしょうか?」
振り返る。
欠伸をしながら佇む女がいた。
ロラミアより頭一つ大きい、骨太な女。
「食客。この店の食客です」
と、女食客――ニトは名乗った。
ロラミアは目を細める。
「なるほど。食客さまでしたか。さぞや、腕の立つ御仁とお見受けします」
「買い被っちゃいけないよ、お兄さん。あたしは何もしない無駄飯食い」
食客は言う。
「――って、主人がそう言うんです」
呑気な調子で話す食客から、ロラミアは決して視線を外そうとしなかった。
恵まれた体格ではあるが、食客には迫力というものが欠けていた。
緊張感と荒事とは無縁な大女。そうとしか見えない。
本当に?
「そうでしたか」
ロラミアは柔和な笑顔で反応を覆い隠す。
二人は表情を変えることなく、じっと固まり、互いを見合う。
この冷たい沈黙を解いたのは、上機嫌に駆け寄るレミルだった。
「お待たせ。美味しい焼菓子よ」
ニトとロラミアはレミルに顔を向けた。
「確かに美味そう。お味を拝見しても?」
と、食客。
「残念でした。お客様用なの、これは」
「えー!」
「わざわざ、ありがとうございます」
丁寧にロラミアは礼を述べた。
「妹様によろしく伝えて下さい。ところで、二人して何をしてたの?」
不思議そうにレミルが尋ねる。
「なにも」
言葉少なくニトが答える。
「ほんのご挨拶を」
ロラミアはニトを見上げて言う。レミルはこれ以上訊こうはとしなかった。
「それでは僕はこれで」
女服を着た給仕は、一頭立ての馬車に乗り、ゆっくり店を発つ。レミルは馬車が緩い坂を下るまでの間、手を振り続けた。
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