食客商売3話「狩人、人を狩る」

食客商売3話ー1「狩人、人を狩る」

 ものすごく遠いはずなのに、ありえない程近くに見える。


 不思議な気分。


 この筒は魔法の道具だ。そこいらの望遠鏡など比べものにならない。

 どうしてこんなに遠くまで見えるの?


 不思議。不思議。とっても不思議。


 遠くの的がきれいに見える。

 動く的。呼吸する的。生きた的。

 こうしている間にも、的は誰かと立ち話に興じている。男の人。どこにでもいそうな、普通のオトナ。


 それに向かって中央に刻まれた十字線を

あわせる。


 よぉく狙って。


 動いている人間を撃つのは苦手。

 でも、動かない人間なら大丈夫。



 彼女は屋根に伏せて、細長い杖を構える。

 この体勢で一時間。ずっと待っていた。


 そして今、その時が訪れている。待ちわびた絶好の機会に、高鳴る心臓を内側から、

がっしり締め上げ、興奮を堪える。

 

 おちついて。おちついて。


 手にしているのは魔法の杖。

 木と鉄で造られた道具。人を殺す魔法が使える、愛しい友達。


 息を止める。ゆらゆら揺れる十字線が止まる。左手の人差し指が、小さな引き金を引きたいと疼いている。


 まだよ、まだよ。


 まだ相手は動いていない。

 直立のまま、会話を続けている。

 わたしには気付いていない。

 こんなに遠いんですもの。当たり前よ。


 風が止む。身体は石のように固まり、指と目以外はぴくりとも動かない。もう狙いは定まっている。


 ――さあ、撃って!


 左の人差し指が引き金を引く。


 火打石が火皿を叩く。目前で火花が散る。

 杖の先端から雷鳴が轟く。白煙を噴く。


 狙っていた相手は、頭から赤黒い液体を撒き散らして、どっさり地面に倒れる。


 そのままぴくりとも動かない。話し相手が驚いている。両腕を振って取り乱している。


 死。それは不思議なもの。

 有から無へ消える。

 二本の足で立っていた時の力は、いったいどこへ消えてしまうのだろう。

 面影すら残さず、どこかへ。


 どこへ行ったのかしら?


 遠くまで見えるようになったのに、殺した相手が見えるようになったのに。死体から抜けた命を見つけることはできない。


「今日も駄目ね。また殺さないと」

 彼女は残念そうに呟き、身体を起こす。

 

 大事に抱える魔法の杖は、今や有り触れたものとして広まっている。


 銃。

 

 熱い銃身にまとわりつく硝煙の香りに、彼女はうっとり、顔を綻ばせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る