食客商売3話ー3「狩人、人を狩る」
「またかい」
シャスタは吐き捨てるように言う。
「ええ、今度は港の人足が」
少女が眉間にシワを寄せる。店で働く使用人で、名前はユコ。
「後ろから頭を撃ち抜かれたって。でも、死んだ人は運河に背を向けていたって」
「対岸から撃ったんじゃろうネェ」
「そんなこと……」
ユコは言葉に詰まる。都市を二分するように流れるサチャの運河は、徒歩もない位、
広大だ。しかし、ユコは具体的な数字を知らない。
とはいえ、感覚では、
「巨大な船が何艘も往来できる大きさ」
ぐらいだと把握していた。
「できるから起きてるンよ。で、遠くから人を殺せる、頭のおかしいヤツが起こしとる」
サチャの街では物騒な事件が続いていた。
狙撃。
それも白昼堂々、無差別に。
ある時は街の中心部で、またある時は郊外で、またある時は船の上で人が撃たれる。
撃たれたのは家や姓を持たぬゴロツキから、裕福な資産家までに渡っている。
治安を守る防人は、犯人を捕まえられずじまい。街中は不安に包まれ、外に出る者は日に日に減っていた。
「これで五人目ですよぉ。最近はお外で洗濯物を干すだけでも怖くて、怖くて……」
俯いて話すユコは怯えていた。いつ狙撃が行われるのか、誰が凶悪な犯人の毒牙にかかるのか、見当もつかない。
怖がるのも無理はない。
「分からない」が、ますます人々の不安と恐怖を増長させていた。
「まったく。酷いものね……」
二人が話しをしていると、老僕がシャスタを呼びに来た。
「ちょいと、表に人が来とります。女将さんに話があるそうで」
「何用だい?」
「生皮を買いとって欲しいとか言っておりました。若いマヤジャなんですが、悪い奴には見えねえ。会っても大丈夫でしょう」
べちゃべちゃ話す老人に伴われ、シャスタは店の表口に出た。
「おい、若いの。こちらが女将さんだ」
店の前に立っていたのは、若い男だった。
「どうも」
男は尻尾付の毛帽子を手に、おずおず頭を下げた。
背は低いが体の肉は丁度良く、陽に焼けた赤ら顔は造りが良い。先日のロラミアのように、女受けする端正なものだった。
そして銀色の目の下には、藍色の顔料が一筋、ひかれていた。
シャスタは、すぐに彼を「いい男」と判断を下す。外見の良さが第一。悪い奴には見えないという評価は、二の次。
「どうしたんだい、マヤジャの兄さん?」
シャスタは、にっと笑って訊ねながら、
若者を足元から頭の天辺まで見回した。
獣皮で造った服を着て、体に巻き付けた
ベルトには大振りのナイフを吊るしている。
どれも使い古されている。それなりに経験を積んでいるらしい。
「ねえ、マヤジャって?」
と、ユコは戸口の陰で小首を傾げた。
「山岳地帯を縄張りにしている狩人のこと」
番頭・ザムロがそっと耳打ち。次に小さくため息をついた。
「あいつらの多くは山奥へ逃げた囚人の子弟でね。普段はまるで、世間の目から逃げるように暮らしているんだが……」
最初に男と話した老僕も会話に加わる。
「偶に、ああやって獲った動物の肉とか毛皮を売りに街まで下りてくるんだ。ウチの店に来たのも、商談が目的だろう」
店でのひそひそ話を余所に、若いマヤジャは名乗った。
「おれ……じゃなかった。ええと……自分はヴィクっていいます」
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毛皮の査定は長くかからなかった。
シャスタは品目と金額の記された一覧表をヴィクに渡し、口頭でも伝えた。
「……こんなに?」
その金額に、ヴィクは目を丸くした。その目で表とシャスタを交互に見る。
とうとう堪えきれず、 シャスタは吹き出してしまった。
「上物に高値をつけるンは当然さね。さてはアンタ、今まで安く買い叩かれてた?」
尋ねながら、シャスタはキセルをもった。
買い取ったのはクマ2頭の生皮、牛のなめし革、他にも獲物を解体した時に出た骨や牙、瓶詰にした臓物などである。
臓物は新鮮で、今日中に街の業者に売りつけでもすれば、高い値がつくだろう。
「ええ……まあ。これまで相手にしていた
毛皮商は、これよりもっと安かったかな。あ、安かった、です」
語尾を言い直すヴィクは、気恥ずかしげに俯いた。
「どうだい、兄さん? ここいらで取引相手を変えるッてぇのは」
「え?」
「ケチンボより、わっちの店ば、懇意にしてもらいたいのヨ。わっちは上物を売ることが出来るし、アンタは今よりも懐が潤う」
「……えと、じぶんは……」
「どうかえ?」
シャスタはキセルで若者を指さした。
「うん。それじゃあ、よろしく頼む」
ヴィクは首筋を掻いた。
「おれとしちゃあ、嬉しいよ。毛皮商には見切りをつけたかった所だったし。でもさ、
アンタは商売が成り立つのかい?」
「成り立つから話を持ちかけとるのヨ」
即答。シャスタはキセルに煙草を詰める手を止め、ヴィクをまっすぐ見据えた。
「ちぃとばかし、わっちの口車に乗せられてみんかえ?」
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それから今後の展望について話し合い、
二人は店の表口に出た。
「そうだ。アンタから貰った金なんだけど」
ヴィクは足を止めてシャスタに言う。
「この金で店の商品を買いたい。必要な雑貨を揃えたいんだ」
街に下りてくる時しか調達ができないと、ヴィクは困ったように眉をひそめた。
「ええよ。馬が悲鳴をあげる位、たんと
買っておいき」
「馬?」
ヴィクは怪訝な顔をする。
「馬なんて高級なものは持っていない」
「じゃあ、ロバで荷を運んで来たのかい?」
「いいや」
首を左右に振ったヴィクに、シャスタは困惑する。そして、ぽつりと思い付きを一言。
「背負って来た?」
「うん」
それがどうかしたか、と言わんばかりの
口調だった。
店で買った大量の食糧や小物を背負い、
ヴィクは歩いて帰って行った。
それを二階から見守っていたレミルとニトは面食らっていた。
「変わった客だったねえ」
窓から離れてニトは感想を言う。
「また来るのかな?」
「くるよ。女将ちゃん、けっこう破格の条件出したから。お店、もつのかな?」
「あら? 無職の食いしん坊を養うだけの余裕はあるんだから、お金のなる木を育てる余裕だって、勿論あるわよ」
「それなら、あたしも……」
「ニトは駄目。というか、いい加減に仕事を見つけたら? 何なら、あのマヤジャの人に弟子入りしちゃうとか」
すると、ニトは腕を組んで唸り始めた。
「……本気なの?」
レミルは訊いた。
「美味しい猪肉が食べ放題なら」
「ちょっとでも期待した私がバカでしたわ」
と言うものの、食客の回答はレミルの予想通りだった。
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