食客商売4話-2「酒にのまれるのは食客」


 僧侶が宴会場から出てきた時だ。

 どさり。

 庭で何かが落ちた。悲鳴も聞こえたが、すぐに風の音でかき消された。


 灯篭の灯りがあっても、庭の暗闇は払えない。目を凝らしても、状況を一望することはできない。

「何人仕留めた?」

 庭へ向けて、僧侶は呑気な声をかける。

「これで6人」

 答が返ってきた。低く掠れた声だった。

「奇遇ね。俺ちゃんも同じ」

 僧侶はふらつく足取りで庭へ足を踏み入れる。まだ酔っているようだ。


 影は近くに寄ってようやく見えるようになる。

 立っていたのは、あのボロ布のお化けだった。

「戻ろう。あぁ、そういや、あんた。お着替えしなきゃならんな?」

 僧侶の笑みに卑しさが増す。

「高い買物をしたければ、好きにしろ」

 お化けが言う。すると、僧侶は両手を軽く掲げた。

「買わぬ。だから、冗談ぐらいはタダにしてくれ。俺だって、アンタの裸と引き換えに死にたかぁない」



 それから数刻。

 寂れた船着場に、数人の男たちがいた。

 特に丸い体つきの男が、しきりに欠伸をしている。今は家の中で一杯の酒に酔うか、毛布を被って寝ている時刻だ。眠いのも道理である。


 そこに、微かな足音が近づいて来た。あまりにも些細で、木の葉のざわめきと錯覚してしまうぐらい、小さな、小さな気配だ。


 男たちが一斉に振り向く。その内の一人が、手にした提灯を、足音のする方角へと向けた。

「思ったより早く帰って来たな。もうちょっと手間取るもんかと思ったのに」

 丸い男が軽い口調で言った。

「生臭坊主のディー・ランも、口先ばかりの酔っ払いじゃあないってことか」

「そんなに買いかぶってくれるなんて、光栄だぜ」

 僧侶、ディー・ランは軽口で応えた。酔いはようやく覚めたらしい。足取りはしっかりしていた。

「ところでだな、ザムロ。こいつは一体、どういう風の吹きまわしだ?」

「何でぃ、急に?」

 丸い顎をさすりながら、丸い男、ザムロは怪訝に訊き返す。

「あの姐さんだよ」

 ディー・ランは、一緒について来たボロ布のお化けを指差したつもりだった。


 しかし、そこに立っていたのは女だった。

 女にしては大柄だが、精々が中背止まりといった所である。そして、肩幅も広く、太い腰回りにも安定感があった。ただ太っているのではなく、良い塩梅に肉付きが良いようだ。


 ニト。それが、この女の名前だった。


 上の空でぼんやり佇むその姿は、ついさっきまで、6人の命を奪った者とはかけ離れていた。そんな彼女を遠目に見やりながら、男二人は声をひそめて話す。

「あの女、この前まで殺しの仕事に関わりたがらなかったんだぜ。何があった?」

「色々とあったのヨ。クソ坊主が酒に女にうつつを抜かしてる間にな」

 ザムロには心当たりがあった。

 つい最近、ニトが関わった事件といえば、たった一つ。

 始末を請け負ったことが、彼女に心境の変化をもたらしたのかもしれない。

 これは良いことなのか。

 はたまた、大きな災いをもたらしてしまうのか。ザムロには検討もつかなかった。


 裏の世界に生きる者達がいる。

 殺しを生業とする者達がいる。

彼らはこう呼ばれている。

「請負人」


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 数日後。中堅どころの雑貨屋・マギル商会に、妙な連中がやって来た。

 男が三人。見たところ悪漢ではない。服装も態度も、ごく普通の町人である。

 しかし、どこか怪しい。


「欲しいのは、使い古した壺なんでございますよ、ええ」

 と、小太りで狐めいた目の若者が言う。

「こちらの店、買い取りなんてのもやっているでしょう? それを頂きたいんですわ、はい」

 こう言ったのは、イタチに似た顔付きの青年。

「品揃えが良いんでしょう、お宅ら。それで名を売っていると聞きましたよ」

 最後に年長者と思しき男が言ってきた。その容貌は、どことなく、魚のように見えてしまう。例えばそう……鮪。

 相手をするザムロは、岸に揚げられた鮪を思い浮かべていた。


 ザムロはマギル商会の番頭だ。そして、裏稼業を斡旋する「仲介屋」でもある。

 彼は番頭として客に接する一方で、密かに怪しい客達を観察していた。裏の世界で培った眼力と経験が、男達を見定める。

「確かにまぁ、使わなくなった壺の買い取りはしております。状態が良ければ安値で売ります。ですがね、殆どは粉みじんに砕いて、塗装業者に流すんですわ」

 ザムロは腰帯に手を当て、言った。

「あっしは新品を買うのを勧めますね。ウチには古物より安い壺も揃えております」

「だから……俺たちは……」

 苛立つイタチ顔を見て、ザムロはこっそりほくそ笑む。

 このままボロを出せば素人だ。

 イタチ顔は顔のシワ数を増やし、一歩踏み出す。ザムロは合図を出す準備をする。

「待て」

 鮪男が間に入った。大きく見開かれた丸い目で仲間を見ながら、首を左右に振る。

「でもよお、ま……」

「いやはや、騒がせてしまいまして、悪うござんした。手前どもは、これにて失礼致します」

 釈然としないイタチ顔の背中を押しながら、鮪男と狐目は店から出て行った。



 ザムロは大きく息を吐き、椅子に丸い尻を落とした。

 ぞろぞろと、店の奥から使用人達が出てきた。

「……おめぇら、少しは加勢する素振りくらい見せろっての」

 ザムロは疲労に満ちた顔を上げる。

「番頭なら大丈夫だと思いましてね」

「そのお腹なら、刺されても殴られても、へっちゃらでしょう?」

「もし番頭が殺されちまったら、その時は、オレたちが仇を取るつもりでした」

「おい、てめぇら!」

 ザムロが立ち上がると、使用人たちは声を上げて笑った。

「……でも、ああいう時は用心棒とかが側にいて、もしもに備えますよね?」

 不意に使用人のユコが口走る。

 笑いが止まった。

「普通はな。主人とか、雇われた店を守る用心棒とかがいるんだよなぁ」

「そういや、ウチにもいるんだっけ、用心棒?」


 また、どっと笑いが起きた。


「用心棒じゃあねぇ。食客だ」

「そうそう。何もしないタダ飯食い!」

「あんなんじゃあ、置物と大して変わらねぇっての」


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「だってよォ?」

 マギル商会の女主人・シャスタは、意地悪い笑みを浮かべていた。

 彼女はソファに寝そべっていた。

 その姿はあまりにもだらしなかった。

 着物を小麦色の肩が見えるまで着崩し、細い両脚も、行儀悪く開け広げていた。

「みんなは、おみゃあを置物、置物と言うとるけんど……」

 この奇妙な言葉遣いこそ、シャスタを表す何よりの特徴であった。

「わっちにしてみれば、アンタは枕じゃけぇ」

 皮肉を向けられた枕は、顔をソファに埋めたまま、呻き声に似た返事をする。


 ニト。マギル商会の食客。彼女もまた、普段は素性を隠して日々を過ごしていた。

 その正体を知る者は少ない。

「柔くて大きくて、抱き心地が良えのぅ」

 ソファに密着して横になるこの二人。これでも一応、二人は主人と客人という間柄にある。しかし、これでは主従のしゅの字もない。

「……そういう店主こそ、厄介ごとが起きてたのに素知らぬフリして良かったの?」

 ようやくニトが言葉を口にした。

「ザムロがおるさかい。あの器量良しなら、大抵の事はカタがつく。それに、あん位の騒ぎでノコノコ顔を出しとったら、キリがない」

「そうですか……」

 女二人は、またしばらくだらけることにした。

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