食客商売4話「酒にのまれるのは食客」

食客商売4話-1「酒にのまれるのは食客」

 日が暮れそうだと思ったら、急に辺りは真っ暗に。今はそんな季節である。

 ついでに寒さも唐突にやって来る。用意なんて、容易にできやしない。

 男は肌寒さに苛立ち、屋敷の中から聞こえる宴の喧騒に腹をたてる。

 その内に怒りで寒さが凌げないと分かると、やり場に困って途方にくれた。


 下っ端はいつもこうだ。親分がやんやと騒ぎ楽しんでいる間は、こうして見張りで惨めな目に遭わなきゃならない。あいつらが湯水の如く使う金は、元は俺たちが、押し込み強盗で手に入れた汚い金。防人の影に怯えながら手に入れたってのに。


 俺たちにも少しくらい、良い思いをさせろよ。

「こん畜生どもめ」

 聞こえないだろうと悪態をつく。屋敷の壁に背中を預け、両手は袖の内へ隠す。腰に挿した小刀は、もうしばらく用無しだろう。


 ふと、暗がりへ目を向けた。行灯の光が届かなければ、ちっとも見えない真っ暗闇。何も見えない筈だ。

 なのに、男は見てしまった。青い光を。

 鬼火かと訝るが、あいにく、迷信を馬鹿正直に呑む性質ではない。無視だ、無視。そっぽ向く。そして男はようやっと気づいた。


 隣に妙な輩が佇んでいることに。


 ボロ布を全身にまきつけた、お化けのような風体である。声をあげようとしたが、何故か声が出せない。小刀に手を伸ばそうとしたが、鞘は空っぽ。

 そもそも、体がぴくりとも動かない。


 あれ?

 何が起きたのか、男はちっとも理解できぬまま、息絶えた。


 ボロ布のお化けは男から奪った小刀を捨てると、すでに息のない彼を物陰に隠してしまった。


 3分後。屋敷の中では悪党が、一人、また一人と、誰にも気付かれる事なく殺されていた。例のボロ布のお化けである。鎖を巻いた赤い手甲をはめ、暗闇の中から、狙った標的へ手を伸ばす。

 お化けは殺しの武器を選ばない。

 なんの変哲もない火鉢で屈強な男の喉を裂き、食器の破片で大男を突き殺す。あるいは、相手の武器を手甲の鎖で奪い取り、それで殺す。

 お化けは何でも武器にしてしまう。

 そして、あっという間に殺してしまう。

 宴会場にいる幹部以外を全員殺し終えると、お化けは天井裏へと消えていった。


 一方の宴会場。突然、酔っ払いが襖を壊して入ってきた。

 左右に女を侍らせての飲めや歌えやの空気が、一瞬で冷たくなった。

 これは危険だと、女達は急ぎ、部屋から逃げた。誰一人、悲鳴をあげなかった。


 酔っ払いは賊どもの仲間ではない。


 周囲の敵意に満ちた視線が、それを物語っている。だというのに、酔っ払いは何食わぬ顔で膳から素手で肉を摘み、口へ放る。そして手近の酒をあおった。

 誰も一連の奇行に口を出さない。


 それだけ、彼は異様なのだ。


「いよう、御主の子らよ。毎日ちゃんと、手ぇ合わせて拝んでるか?」

 その酔っ払いは朗らかに、そして数珠を片手に言う。


 彼は僧侶だった。それも、上背のある、頑健な体つきの。


 僧はあまりにも異質の塊めいていた。


 胸元を開け広げた僧衣には、銀色の刺しゅうが施されており、金と手間が掛かっているのは一目瞭然である。じゃんじゃらした首飾りも、派手色の腕輪も、髪を縛る紐も、どれも流行りの小間物だ。


 清貧の二文字など知らぬ傾奇者。到底、神に仕える者には見えない。


「くたばれ!」

 横から、見るからに無頼の輩が殴りかかる。


 強烈な一撃。骨の砕ける音を響かせ、吹っ飛んだ。


 無頼の輩が。


 木のテーブルにぶつかり、小鯛の切り身を載せた膳は宙へ舞い上がる。料理や酒が床にぶちまけられた。ずるりと垂れ落ちる無頼の輩も、ゴボリと口から血色の泡を口の端から噴き、床の一部を染めた。


 砕けた下顎が、上唇の辺りにまで押し上げられ、潰れていた。

 陸に上げられた鯛のようにビチビチ手足を振る仲間をよそに、残りの面々は、片刃の湾刀や棍棒を手に、僧侶へ殺気を向ける。

 人数は五人。多勢に無勢。

 しかし、僧侶は人好きのする笑みを浮かべ、ちっとも動じていない。


 一斉に、悪党共は襲いかかる。全方向から、同じタイミングで。


 彼らは非常に連携が取れていた。

 その証拠に、悪党共はほぼ同時に、ほんの一瞬で、ぴったり合った息の根を止められた。


 死体を6つ作った大男。悪党を地獄へ送ったその様は、まさに「破壊僧」であった。

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