食客商売2話-4「外道を始末するのは悪党」

 上手く逃げおおせたレミルは、あばら家の前で使用人をどやしつけた。

「周りを良く見てから言いなさい!」

「す、すいやせん」

 すると、あばら家から――

「かかか」

 と、笑い声がした。

 見ると、地べたと区別もつかなくなった縁側に、先日の僧侶が胡坐をかいていた。


「結構けっこう。正直は徳だ」

 僧侶は革の水筒をぐびっとあおる。

「しかし、持っていても損しかないぞ。百の正直よりも、三食の食事の方が、よっぽど有意義だ」

「参ったな。死んだ婆さんから、正直に生きろって言われてんだ、おいら」

「耳を貸しちゃダメ」

 横からレミルが割って入る。

「がい骨を持ち歩く変人だよ?」


 僧侶は眉を動かす。

「娘。先日、あの場にいたのか?」

「ええ」

 ぶっきらぼうに返答する。

「このディー・ラン様の有り難い説法を聞いてたってのに、冷たいなあ」

「なにが有り難いですか。ドクロにご利益があるなんて、バカ言っちゃって!」

 違いない。僧侶のディー・ランは笑う。

「お前の言う通り。ドクロはドクロ。ただの骨。それ以外のなんにでもない」

 僧侶は愉快そうに話を続ける。レミルは閉口するしかなかった。


 ディー・ランは、また水筒をあおった。

 頬が少し赤らんでいる。そしてニオイもしてくる。


 水筒の中身は……酒。昼間からの飲酒。

 レミルは絶句した。彼が属しているだろう宗派は、飲酒肉食ご法度の筈だ。

 眩暈がしてきた。


「……それはそうと。お前さん、マギル商会の娘御だろう?」

 不意に話題をかえてきた。


「な、何でそれを?」

 レミルはますます、警戒心を強めた。

「お主の母親――シャスタ・マギル。有名人になってるぜ」

 ディー・ランは目を光らせて唇を舐める。急な変わり様にレミルは身構えた。


 次が予測できない。

「羨ましいぜ、まったく。良心の積み重ねが実を結んだってか?」

「お嬢!」

 今度は使用人がレミルの手を引いて駆け出した。ディー・ランは呼び止めることも、

追う事もせず、ただ酒をあおった。


 しばし後、

「……御主(みぬし)の加護を」

 と、僧侶は小声で言った。


 ――------------―――――


「――聞きましたよ、マギルさん」

 顔の大きな男が愛想よく微笑んでいる。額から目鼻、口に至るまで、全てが大きい。厚い耳たぶも垂れ下がる程だ。

 なのに、首から下は痩せぎす。この身体の細さが、男の顔を、いっそう大きく見せてしまうのであった。

「オミ屋から遺産を相続するんですって?」

 無言でシャスタは湯呑をテーブルに置く。ザムロの淹れた茶は、猫舌の彼女にも飲めるぐらい冷めていた。


「つまり――調味料の販売許可証を!」

 シュ・アラは大きな顔をくしゃくしゃにする。より笑みを深くしようとしているようだ。それがシャスタには不快だった。


 シュ・アラは調味料の卸売り許可を持つ商会主だ。非凡な商才により、一代でサチャ有数の商人にのし上がっている。

 老舗のオミ屋とはこの数年、調味料の卸しを巡り、しのぎを削りあっていた。


 来客は甲高い声で言う。

「オミ屋の主人が生前、よく言っていたとか。懇意の仲にあったマギル商会が、調味料の取引に参入できるよう、権利の一部を譲ってやれないものかと」

「根も葉もない噂でしょう。天下の大商人サマが、そんな話を信じるので?」

 嫌悪を押し殺してシャスタは淡々と言う。


「噂だったら信じやしません。ただ、遺言状があるとなると話は別」

 ここでシュ・アラの視線が一瞬だけ、テーブルに置かれた小箱に注がれたのを、シャスタは見逃さなかった。


「遺言状ね。わっちはそんなもの知らん」

 シャスタは小箱の蓋を外す。

 表面に砂糖をまぶした大福が、ぎっしり詰まっていた。

「のう……シュ・アラさん。勿体ぶっとらんで、早ゥ言うたらどうです?」

いつまでも本題に入らない相手に苛立ちながら、シャスタは菓子を指でつまんで持ち上げた。

 菓子の中も隙間にもない。すると――。


 シャスタは細めた目に宿した強い光を、

尚もとぼけ通すシュ・アラへと向けた。

「な、何を仰り――」

「このお砂糖。オミ屋さんがいなくなッたおかげで、好きに値段がつけられるでしょう。羨ましい」

「人聞きの悪い!」

「ほォら、不愉快になりよった。わっちはさっきから、そんな気分で話し聞いとるンだ」

 シャスタは指に摘まんだ菓子でシュ・アラの鼻柱を差す。彼がごくりと唾をのんだのは菓子欲しさからではない。威圧に対する緊張からだった。


「残念。わっちは遺言状なンて初耳だヨ。誰に金を握らせて仕入れた噂か知らンけど、徒労じゃ徒労。それに、わっちが薄汚い心づけで目の色変える、ケチな貧乏商人と思ッとるようやけど――」


 ついに怒りを露わに彼女は吼えた。

「このシャスタ・マギルを舐めるな!」

 顔を青白くするシュ・アラには、怒鳴り返すだけの度胸や気概など、もはや残っていなかった。


 ー―------------―――――


 しんと、客間は静まり返っている。客が逃げるように帰ってから、シャスタは沈黙を続けていた。

「行った?」

 声がする。姿形など、何処にも見当たらないというのに。

「……行ッたヨ」

 シャスタは無へ答えた。

 床板の一部が外れて、ひょっこり、ニトが頭を出した。

「狭苦しい」

 不満げにぼやく。

「文句言うんなら痩せるんだね」

 シャスタはサンダルを脱ぐと、裸足でニトの頭を小突いて弄った。


 不測の事態――に、食客が対処できるかは不明だが――に備え、しまっていたのだ。


「主人ば護るのが食客の務めじゃからのう」

「それは用心棒。あたしは食客」

「はん。どッちでもよか」


 もぞもぞ食客が這いあがるのを横目に、

シャスタは小箱を手に取った。

「美味しそうなお菓子」

 やっぱりニトは目を輝かせる。

「まったくだ。憎たらしいぐらい」

 シャスタは箱を弄る。すると底板が外れて空洞が現れた。


 そこにはびっしり、束ねられた金貨が詰まっていた。驚嘆するニトをよそに、シャスタは街の相場を基に金額をはじき出す。


「……二千万。ちんまい女商人に渡す『心づけ』にしちゃア、羽振りが良い。それだけ欲しいンだよ。オミ屋の持っていた権利が」

「許可証一枚にそこまで?」

「ちっぽけな紙切れ一枚で、何万倍の価値を持つ砂糖が舞い込む。ああ、いやだ。こんなに積まれちゃあ、目が眩みそう。あの頭デッカチに持ッて帰らせるんだったネェ」


 嫌がるシャスタを横目に、ニトは主人の許可なく、つまみ食いを始めた。

「言質にされたら、どうすんだい?」

「しないでしょ。それにしても、こいつは美味しい」

 食客は菓子の甘さに満足しているようだ。もはや、金の輝きより食い気を満たすことしか、頭にない様子である。

 あまりの楽天家ぶりに呆れながら、シャスタは懐から手紙を出した。


 心細くて弱々しい文字が並んでいる。

 オミ屋の主人がシャスタに宛てたものだ。

 日付は先月のおわりとなっている。しかし、届いたのは今朝がた。向こうの丁稚がこっそり届けに来たのだ。


 シャスタは嘆息した。

 噂には根も葉もしっかりあったのだ。ただし、花の色が違っていた。


 死後――許可証は行政府に返還する。


 そしてオミ屋は段階的に店の規模を縮小していき、数年以内に暖簾を畳む。唯一の跡継ぎである息子は、店を継ぐ気がなかったのだ。それでもオミ屋の先代は、他の者へ店を渡すつもりがなかったらしい。


 そして、許可証の返還手続きを執り行う為に、シャスタには、

「保証人になってもらいたい」

 と、いうのである。


 謝礼に、シュ・アラが欲して止まない販売許可証は含まれていない。

 しかし、シャスタは、そんなものどうでもいいと思っていた。


「せめて、生きてる時にこれぐらいは返したかったね」

 女主人の声は震えていた。


 窓枠に腰掛けてからニトは尋ねた。

「あのじいさんとは古馴染みなんだって? 店の子らが噂してたよ」

「ええ」

 シャスタは顔を上げない。


「行商を止めて、オヤジと二人でこの店を構えた頃か。アテもツテも後ろ盾もない新参者が、すぐ商いを軌道に載せられるものか。

毎日が大変だったよ。そんな時に、オミ屋の爺さんが、手を差し伸べてくれたのサ」

 ニトはシャスタの両肩が小刻みに動いているのに気付く。それに、手紙の表面には雨粒が落ちていた。


「とんだ酔狂な爺さんじゃった。全く……

たくさん恩を貸しておいて……まだ半分も返せていないッてのに」

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