食客商売3話-5「狩人、人を狩る」

「なんだい、なんだい。どいつもこいつも、くたびれ損だってぇのかい」

 ザムロは不貞腐れる男たち相手にぼやく。

 彼らは皆、密偵たちだった。商会の番頭でもあり、裏の世界で仲介屋を営むザムロは、密偵を指揮し、情報収集を行うのだ。


「……見ての通りです、婿旦那。お代を頂けるのは、まだ先になりそうです」

 婿旦那こと、請負人のドモンは腕を組み、コクリと頷く。いつもこうして、暗殺に必要な情報をザムロから買取っているのだ。


「おめえらこそ、頼むぜ? 小さなネタでも、金になるんだ。しっかり仕入れてくれ?」

 仲介屋は強気の口調で言う。

「でもよお、ザムロさん。これ以上、どこを調べたらいいんで?」

「その筋の連中にも片っ端から当たったヨ」

「だのに、目ぼしいモンは見つからん。もう降りてえやい」

 不満をぶちまける密偵たちを眺めている内に、ドモンは愚痴の多い同僚を思い出した。

今日もどこかで飲んでいるのだろうか?


「ところで、あの防人主は、婿旦那の正体に気づいたので?」

 ザムロは気になっていたことを尋ねる。

「さあな」

 ドモンは首を振った。


 ひょっとしたら、ヤツは感づいているのかもしれん。はっきりした証拠がないから、

まだ踏み込んで来ないのだろう。いずれ、

その時がやって来る。


 俺が、あの男を……。粘っこい炎が体に纏わりつこうとする。いつものこと。もうずっと、コレに焼かれながら、請負人として仕事をしてきた。


 誰か殺すと、自分の中で大切な「何か」が死ぬ。今日までに自分は何度も死んだ

 死んでは殺し、殺しては死んだ。

 まるで感傷的な詩のようだと自嘲するが、考えは捨て去れない。


 件の狙撃手は自分が死ぬことを、どう思っているのだろう。余計な感情。知ってはいつつも、つい抱いてしまう。まだ人間でいられているから。


 不意にドモンは振り返った。

「どうした? こっちに来い、ニト」

 ドモンは暗闇に声をかけた。怪訝な顔をする密偵たちに、ザムロが説明をする。

「知ってるだろう。この店の食客だ」


 足音はなく、近づいてくる気配すら感じさせず、ニトが暗闇から姿を現した。

「この女が?」

「シュ・アラの屋敷を焼いた、あの……」

「強盗騎士の残党を片したってんだろ?」


 ザムロは口もとを綻ばせた。

「さっそく噂になってるな?」

「ふん」

 ニトは口を尖らせる。

「急に呼び出して。ザムロ、何の用?」

「素直に来たってことは、話ぐらい聞いてくれると思っていいんだな?」

 ザムロがにやりと笑い、ニトは仏頂面を背ける。ドモンは二人を交互に見て、それから口を開く。

「話しは聞いていたな? 殺しはしなくても良い。ただ、情報集めを手伝って貰いたい」


「それもいやだ」

 ニトは口を尖らせる。

「結局、殺しまで頼まれそうだし」

「でも、良い稼ぎにはなるだろう?」

 ザムロの横槍に、ニトは更にむくれた。

「できる限り、でいい。アテにはしない」

「まあ酷い」

「言わずに使わされる方が酷だろう」


 それから、ドモンは袖から小袋を出した。

「ザムロ。この値段分の調査を」

「何を調べりゃあいいんです?」

 尋ねながら掌で重さを量った。


「死体の行き先だ。犯人の手掛かりがないのなら、撃たれた者から辿っていく」

「 是非とも、熟練の仕事人様の腹積もりを聞きたいものだ」

 ニトが囃し立てる。ドモンは苦々しい思いを絶ち、続きを言う。

「狙撃手の存在を、躍起になって隠している者がいる。相手は組織で動いていると思っていいだろう。何一つ、犯人に関する証拠が見つからないのは、それだけ隠ぺいに力を入れているということだ」

「そりゃそうだ。誰だって捕まりたくない」

「彼らはなぜ狙撃をする? 何の得がある?」

「それは……」

 密偵の一人が考え込む。


「殺しを楽しんでる?」

  これは別の密偵。

「銃の試し撃ち。まさかな!」

  ザムロも答える。言った本人は半信半疑のようだ。

「ドモン。もしかしてアンタ、狙撃手の手掛かりが死体に残ってるとでも言いたいの?」

 ニトは疑いの目を向ける。

「あるいは死体そのもの。殺した後に彼らの目的があるとしたら……」

 ドモンには考えがあるようだった。


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 数日後。

 どうしてか、狙撃事件はぱったり止んだ。

 束の間の平和。それは安堵の日々で

あった。しかし、その裏で、また訪れるやもしれない恐怖が燻っていた。


 その日もドモン・マギルはいつも通り出勤した。裏稼業の者といえど、表の仕事を疎かには出来ない。家族は、小役人の父という顔しか知らないのだ。そして、 裏稼業の者達が密かに動き回るのを、食客ニトは物見遊山で眺めていた。


 その日、レミルは昼食も早々に終えると、人と会う旨を母に伝えた。


「オトコ?」

 目の色を変えてシャスタが身を乗り出す。

「確かに男の人と会うけど、母さんが期待している様なことはないから」

「なァんだ。つまんなーい」

 母は長椅子に寝転がる。先客のニトが窮屈になってもお構いなし。食客の大きな身体に、甘えるように密着する。

「ひょっとして、この前の給仕君?」

 と、ニトが訊く。珍しいとレミルは思った。この食客は、他者に興味を抱くことなど、今まで殆ど無かったのだから。


「そう。ロラミア君。普段から良くしてくれている妹様に、お礼に贈り物をしたいんだって。それを探すのを、私も手伝うってわけ。どこかの誰かさんとは大違い」

 からかい雑じりにレミルは言う。


「ま、行ってらっしゃい。でも、物騒な事件が起きとるから、用心しとき」

 娘の外出を許可するシャスタだが、内心は穏やかでなかった。

 母親は未だに、娘が強盗騎士に攫われた事件への恐怖が忘れられなかった。

「はーい」

 レミルはマントを羽織り、外へ出て行く。大人二人には娘の後姿が明るく見えた。

 暗い陰を殺し、母親は明るく振舞う。

「いいねェ。春の訪れだねェ」

「そうだねー」

 ニトは無感動に応えた。この分では、主人の傷に気付いているのかすら怪しい。

「レミルもそんな歳頃かぁ。ニト?」

 シャスタはもぞもぞ寝返りを打ち、正面からニトの顔を見据える。

 相変わらずのぼんやり顔。シャスタは優しく微笑み、食客の頬を指で撫でてやる。

「さては、寂しいんだネ、お前さん?」

「……さびしくない」

 ニトは背中を向けたっきり、顔を見せようとしない。

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