食客商売3話-6「狩人、人を狩る」
水路を跨ぐ石橋を、レミルとロラミアが
渡っていた。
小洒落た看板や、凝った色合いの飾りを
つけた建物が、道行く人々を取り囲む。
ロラミアは嬉しそうに呟く。
「良いところですね」
すかさずレミルが、
「でしょう?」
と返す。微笑むロラミアは買ったばかりの商品がつまった袋を抱え、レミルの後ろを歩いていた。
中身はロラミアが「妹様」と呼んで慕っている、雇い主の娘へのプレゼントだ。
蝶をあしらった髪留め、小さな淑女がちょっと背伸びしたい時に最適な化粧品など。
いわゆる小間物と呼ばれるような類のもので、どれも丁寧に紙で包まれている。
「小間物ならコヨセ通り。オシャレになりたければ、ここで買い揃えるべし。なーんて」
レミルは得意げな顔をロラミアに向けた。
「店の手伝いで、この辺りはよく来るんだ。ここいらの小間物屋さんが、ウチの店から
材料を取り寄せたり、逆に手頃な商品を仕入れることもあるの」
「今度は妹様を連れて来ようと思います。本当に助かりました。さすが、お店の子ですね、レミルさん」
えへへ。レミルは破顔する。
「きっと気にいるわ。ロラミア君にお似合いの飾り物だってあったし。もっとキレイに着飾ってくださるかも」
「それは……」
彼は恥ずかしそうにちょっと顔を逸らす。一本に結わえた艶やかな長髪が揺れた。
女物の着物に、この仕草。すれ違う者達は二人を「少女たち」と認識するだろう。道路に散りばめられた彫刻絵に目を輝かせ、きゃっきゃっと明るく話しに花を咲かせていれば尚更だ。
そうしている内に、また水路を跨ぐ橋を越えた。すると、途端に周りの景色はガラリと様変わり。
無骨で背の低い店や建物が連なり、あちこちから熱気と金属を叩く音や喧騒が湧き立っていた。細い柱と幌で組まれた粗末な露店からは、むせ返る湯気が立ち込めていた。
「ヂガ町はいつ来ても賑やかだなぁ」
と、レミル。
「不思議な街ですよね、サチャは。水路や通りを越えただけで、こんなに変わってしまうなんて」
怒鳴り声めいた客寄せの前を歩きながら、ロラミアは苦笑い。
「鍛冶とか金融とか、職業毎に町が分かれてるんだよね。マギル商会は……ちょっと町外れで、それでお客さんを逃してる気がするんだよなぁ」
客で賑わう鍛冶屋を見ながら、レミルは残念そうに言った。
その時、少女は、視界の端に見知った顔を捉えた。
マヤジャ(狩人)のヴィク。
尾のついた毛帽子を被った小柄な青年が、鍛冶屋の店主と話しをしている。
「頼むよ。必要なんだ、急ぎでさ」
台上に広げた図面を指で叩きながら、彼は言った。横顔は必死で、食いついたら離さないという、剣呑なものだった。
思わず足を止めたレミルと訝るロラミア。
さらに彼女らをじっと見つめる影あり。
影は通りから離れた櫓の上から、望遠鏡など使わず、自らの目だけで、三人をしっかり捉えていた。
マギル商会の食客、ニト。
怠け者を演じる一方で、食客は密かに、
主人であるシャスタとレミルが危険が及ばぬよう、見守っているのだ。
少ししてヴィクとかいう狩人が、鍛冶屋
から離れた。
レミルたちはその場に留まり、ヴィクの後姿を目で追う。それからまた、歩き出した。
2人にあわせてニトも、櫓から隣の建物に飛び移った。瓦屋根に着地。腰を落として、音を殺して、レミルの追跡を続ける。
比較的高い建物の屋上、屋根から屋根を
伝って移動。時に小さな木切れに足をかけ、高い塀を飛び越え、窓枠にしがみついて壁をよじ登る。そこにはない筈の道を、目の前に作るのだった。
日頃の鈍重さはどこへやら。ニトは軽々と舞うように進んだ。
追跡を続けて10分。ヂガ町の端に達する。
このまま、まっすぐ進んで狭い門を潜ると小さな船着場がある。船は都市に張り巡らされた水路を行き交う。住人の移動手段だ。
レミルたちはそれに乗って、店の近くまで戻るつもりなのだろう。
ふと……食客は動きを止めた。
不自然な「気配 」が食客の肌を逆撫でる。
レミル達が船に乗り込むのを見届けて、
ニトは動いた。
気配の正体は……殺気だ。
人が人を殺める時、多かれ少なかれ発散される、気のようなもの。
だが、ニトが感じ取ったのは、普通の人間が発するものとはまるで違った。
薄い。それでいて細く、鋭いのだ。これは何だろう。屋根から屋根へ飛び移り、道なき道を走り抜けながら、ニトは訝んだ。
たどり着いたのは、街でも特に賑やかな商業区画だ。劇場から高級呉服屋、金持ち相手の商店などが、ここに集中している。
大きな建物がずらりと並び、石畳の大通りには、大勢の人や乗り合い馬車でごった返していた。ニトは息を整えながら、時計台の上から、下界の様子を見渡した。
誰だ? どこにいる?
すぐ目と鼻の先では運河が流れ、のんびりと大小様々な船が浮かんでいる。
大通りから一本外れた小道には、喧騒を避けてくつろぐ人や、骨休めをする行商人などがいる。
そして、ニトと同じく、建物の屋上から、獲物を狙う人物がいた。
時計台からレンガ造りの建物二つ隔てた、すぐ近くに。
ヤツだ! ニトは不審な人影を見定めた。
その人物は、全身を枯れ草色の布で覆い隠し、床にべったり伏せていた。
手にしているのは長銃だ。そして……狙撃体勢に入っている。
まずい。ニトは時計台から飛び降りた。
羚羊角めいた軽やかさで段差を次々と踏んでいき、真下の瓦屋根へと着地。狙撃手が隠れている屋上に飛び込んだ。
さすがの狙撃手もニトに気づいた。左手で望遠鏡付きの長銃を構え、ニトを狙う。
着地の瞬間、銃声が轟く。同時にニトは身を縮めて前転。幸いにも直撃は免れた。ニトは舌打ち。肩に熱と痛みを感じる。弾丸が、肩を掠めたのだ。
すぐに狙撃手は布を頭から被ったまま逃走する。一瞬だけニトは、狙撃手の姿に違和感を覚えた。
正体は分からない。だが、それよりも先に捕まえなければ。
ニトは後を追った。
狙撃手もニトに負けず劣らずの身のこなしで、容易に建物を飛び越えて行く。追いかけながら、ニトは狙撃手の特徴になるものを探していた。
ずっと直線的に走っていた狙撃手だが、
ここでほぼ直角に曲がり、進路を変えた。
また跳んだ。古ぼけた民家の二階目掛けて。
木戸を足で破り、屋内になだれ込む。
やや遅れて食客も突っ込む。
部屋の中でニトは、布を脱ぎ捨てたばかりのヴィクと対面した。
「ちくしょう!」
ヴィクは反対側の窓を突き破って逃亡。
すぐにニトも窓を踏み越え、今度は土の地面へと降り立った。
着地と同時に側転。先に逃げたヴィクが狩猟用のナイフを手に襲いかかってきたのだ。
右手にナイフを持ったヴィクは、腰を落として次の攻撃に備える。
片ひざを地面につけながら、ニトは狩人を注視する。
「何なんだよ。あんた、何者だ!?」
ヴィクはマギル商会の食客・ニトに会っていないのだ。これが初対面だと彼は思っているらしい。
ふらりとヴィクが動く。一直線にナイフで突きにくる。それをニトは、手近な石ころを投げて、動きを鈍らせた。
すぐにニトは、ヴィクの服を掴んで抑え込もうとした……次の瞬間。
銃声。そしてすぐに甲高い音が真横を通過した。ヴィクを持ったまま、ニトは地面に伏せる。下敷きになったヴィクは、地面と女の柔らかい胸の間に挟まれ、目を白黒させた。
ニトが睨む先に4頭だての馬車が停まっていた。カーテンの締められた窓から、あの長銃が顔を覗かせている。
頭巾で顔を隠した御者が馬に鞭を打つ。
馬車は急発進、瞬く間に逃げ去った。
ニトはほぞを噛んだ。
でも……。
胸を押し当てられ、息苦しそうに悶える
ヴィクに、食客は冷たい声で呟く。
「収穫はあった」
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「狙撃手と相まみえた、と?」
「これを見れば信じるよ、婿旦那でも」
そう言うと、ニトは着物を肌蹴て、ドモンに肩を見せた。
包帯が巻かれていた。そして、赤褐色の染みがついている。ドモンの鉄仮面に、僅かに驚がくが表れた。
「撃たれたのか?」
「避けたんだけれど、間に合わなかった。
掠り傷だから、問題はない」
「問題だ」
ドモンは隙間風のような小声で呟く。
ニトは意に介さず、話題を再開する。
「誰を狙ってたのかは分からないけど、とりあえず、殺人は阻止できたのかな」
「して、その場に居合わせた男。たしか……ヴィクだったか? ヤツは狙撃手の仲間ではないのか?」
「違う」
ニトは静かに答える。
「ヴィクは銃を持っていなかった。あの場で捨てたようでもない。それに……」
ニトは言う。
「狙撃手は左利きだった。左手で銃を持っていた」
「なのにヴィクは、右手でナイフを持った」
ドモンが小首を傾げ、ニトは静かに頷く。
「でも、何か知ってると思って連れて来た」
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