食客商売3話-7「狩人、人を狩る」



「くっ……殺……」

「……してやりたいんだけど、理由がない」

 食客のニトはぼんやりした口調で答える。

 素性をかくす為とはいえ、本性と無用の

怠け者を演じる彼女は、まるで人が違う。


 目尻は垂れ下がって、喋り口調もぼんやりとなり、息することさえ億劫そうにのそのそ動く。もはや、別人だ。

 それは近しい者……例えば、ニトの正体を知る者達でさえ、時に戸惑わせてしまう程だった。


 あれから、捕らえたヴィクを縛り上げ、店から離れた小さな小屋に閉じ込めた。

 ニトとドモンが室内に入ってヴィクを問いただし、ザムロだけ外から様子を覗く。


「教えておくれ。知ってることは洗いざらい。そしたら、こっちは手間が省ける。そちらは肩の荷が減る」

「なんでそうなる? お前らは何なんだよ?」

「それしか聞かないのか。もっとあるだろ、質問は」


「……なぜ、あの子を追いかけていた」

 ヴィクは敵意のこもった目で二人を見上げた。

「仕事だ」

 端的にドモンが答える。

「官憲なのか、あんたたち?」

 こわばるヴィク。その様子を観察し、ドモンは無表情で答える。

「違う。裁判にはかけない。狙撃手を見つけ、殺す。それが仕事だ」


 正直に言ってどうする。ニトは苦い顔をそらした。

「殺し屋かよ」

 ヴィクは益々敵意を燃やしたようだ。これでは逆効果ではないか。食客は呆れる。


「我々は手段を選ばない。もし狙撃手をかばい立てるようならば、お前も殺す。全て洗いざらい、白状させた上で。だが……」

 ドモンは淡々と言葉を紡ぐ。

「お前には別の思惑があると見た。協力すれば、それを成し遂げるチャンスをやる」

 ヴィクは驚く。傍のニトも、ザムロも目を瞬かせる。

「良いのか? でまかせ言って、あんたらをハメるかも」

「好きにしろ。貴様の反逆は取るに足らん」

 男たちは無言で睨み合う。ニトも、勝手な振る舞いを始めた仲間を睨んだ。


「こいつを解いてくれ。縛られたままじゃあ話しづらい」


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「狙撃手の名前はミトライ。今は多分、17、8歳ぐらいになる女の子だ」


 ヴィクはゆっくり、周りにしっかり聞かせるように話す。

「大乱の頃に親を亡くして、森を彷徨っていたところを、俺たちのキャンプに拾われた。マヤジャの大人たちは、同じキャンプの子どもに狩りの技術を仕込む習わしがある。

ミトライはマヤジャではないけど、俺が狩りの手ほどきをした。その内、彼女は特に優秀な狩人になった」


 すると、ヴィクは大きなため息を吐く。

「彼女は理由も告げず、キャンプから出て行ってしまった。理由は分からない。もう二年も経つ」

「そして、また姿を現した。お前はどうやって彼女の凶行を知った?」


「偶然だよ。最初の事件が起きた日、町外れの墓地の前を通りかかった時、ミトライと再会した。彼女は墓穴を掘ってた。すぐにミトライと分かって声を掛けたら……逃げるように走り去ってしまった。俺は墓に近づいた。そこには……」


 言葉を切ったヴィクは、急に頭を掻きむしり、口汚い言葉を何度も吐く。

 そして、苦しげに言った。


「殺されたばかりの死体が入っていた。あとで知った。そいつが最初の犠牲者だって」


「墓掘りをしてたから犯人だと思った? 何だか短絡的ね」

 ニトの言葉をヴィクは首を振り、否定。


「……これを見てくれ」

 そう言って狩人はズボンに手を突っ込み、股座の辺りをゴソゴソ弄り始めた。


 ニトは呆れ、ドモンでさえも鉄面皮を崩して驚いた。そしてヴィクは、ズボンの中から羊皮紙を取り出した。


「なんだ? 二人して変な顔して?」

「なんて所にモノを入れてるんだい……」

 呆れ顔でニトはズボンを指す。

「大事なものはここに入れろって、ひいじいちゃんの遺言なんだけど、それより、こいつを見て」

 ヴィクは紙束をドモンに差し出した。

 戸惑った末、ドモンが羊皮紙を受け取る。


 それは、長銃の設計図だった。火打石で点火させる方式で、銃身は細長い。

 そして、望遠鏡のような装置が、上部に取り付けられていた。

「長銃は特別な弾丸を使う。溝の彫られた尖った弾だ。そいつが最初の犠牲者の身体に、運良く弾が残っていた。弾丸を見て、俺はミトライがやったと確信した。何故って?」


 ヴィクは震える声を絞りだした。

「あの長銃は、元は俺のものなんだ。それをミトライが出て行く時に持ち出した。そして今、サチャの街で人狩りに使っている」

 無言で見つめるドモンとニトを、ヴィクは鋭い目つきで見上げた。


「俺の銃が人殺しに使われている。だとしたら、俺がカタをつけなきゃならねぇ」


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 サチャの街・某所


「……婿旦那にしては珍しいですな。初対面の人間を信用するなんて」

 ザムロはころころ笑った。ドモンがひと睨みしても収まらない。

「身内が始末をつけるなら我々の手間が省ける。それだけのこと」

 憮然とした態度でドモンが言う。


「あっしはてっきり、あの若造に惚れ込んじまったとばかり。いやね、頑として手前で落とし前をつけるって譲らねぇ。あんなの見せられたら、婿旦那としちゃあ……」

「ザムロ」

 ドモンが不機嫌を露わにする。その反応が愉快で堪らず、ザムロはまた笑った。


「笑っていられるのも今の内だ。またすぐに、ミトライは狙撃をする。今度は間を空けず、特定の人間を狙う」

 終始マジメに徹するドモンの言葉に、ようやくザムロも気を引き締めた。

「あの長銃で」

 長銃の設計図と狩人の説明を思い出し、

ザムロは軽く身震いした。


 ザムロは銃の専門家ではない。だが、この兵器が依然、命中精度の低さで泣きを見ていること位は知っていた。丸い弾丸が、ツルツルの砲身を滑るように発射されるせいだ。


「銃身の中と弾に、それぞれ溝を彫って、互いを噛み合わせる。これで弾はまっすぐ飛ぶ。それに先が尖ってるんで破壊力も抜群。これでも充分、凄いのに……」

「スコープ。狙い撃ちに特化した眼鏡まで備えている」

 ドモンが言葉を継ぐ。


「あの長銃、優秀なマヤジャだけが持つことを許されるそうだ。ヴィクはそれだけ優秀だったのだろう」

「それを難なく使いこなすミトライも」

「ああ。今回の相手は手強い。だが、勝てない訳でもない。ザムロ、ニトには教えてやったな?」

「ええ。婿旦那が調べるよう命じた、死体の行先でしょう? しっかり場所を伝えておきやした」


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 ニトは、ザムロに教えられた「ある場所」に来ていた。


 どうして降りなかった?

 ヴィクを捕まえ、核心に迫る手助けをした時点で、もう充分に仕事を手伝った。


 なのに、まだ首はつっこんだまま。

 請負人に関わり過ぎじゃあないか?


「また、ここに来るのか」

 彼女の後ろを歩きながら、ヴィクは苦い顔で言った。

 墓地。ヴィクがミトライと再開した場所。

 手掛かりがここにある。ザムロが言った。

「犠牲者は皆、ここに持ち込まれ、埋葬された。金持ちは立派な墓の下。貧乏人は粗末な木切れの下」

 と、ニトは言う。


 墓をぬって進んでいくと、木造の平屋が見えて来た。一つしかない窓から灯りが溢れている。

「あれは町医者の持ち家らしい。墓場にあるもんで、みんな気味悪がって近づかない。

おかげで、医者があそこで何をしているのか、誰も知らないんだそうだ」

 ニトは腰を低くしながら、ヴィクにも倣うよう手振りで指示した。

 まず、先導するニトが音を殺して、素早く家屋へ近づいた。壁に張り付き、窓から室内の様子を窺う。無人。


 ヴィクは、ニトが歩いた場所を、そのままなぞるように進んだ。動きの一つ一つに、手練れの狩人らしさがにじみ出ていた。


「周りを見張って」

 ニトが指示をし、ヴィクは無言で従う。狩人が夜目を活かそうとする。

 その時……。


「もういい。開いた」

 僅かな金属音と共に、窓が動いた。

 10秒? もっと短い? ヴィクは戸惑いを隠せなかった。

「どんな魔法を使えば、そんなに早く鍵が開けられるんだ?」

 ニトは答えずに、室内へ入った。


 机に椅子、ぎっしり専門書を詰めた本棚と寝台。部屋の主人はついさっきまで、椅子に腰掛け、書物を開いていたようだ。そして、そのまま外出したのだろうか。


 否、二人はすぐに気づいた。

 寝台の脚元には、床を擦った跡があった。

 ニトが寝台を横にずらす。すると、隠し扉が露わになった。


「レディ・ファースト。先行するよ」

 さばけた物言いでニトは言った。

 彼女は侵入した時のように、音もなく階段を下った。

 時間をずらしてヴィクも下りる。


 建物の大きさに反して、地下は途轍もなく広かった。長い一本道が奥まで続き、左右には枝分かれした細道が数本。そして壁には火の灯ったロウソクが掛けられていた。ニトは古めかしい石造りの壁や、濡れた床をくまなく見渡す。


「……突然の出会いに備えときな」

 手前の分かれ道で二手に分かれる。ニトは右。ヴィクは左。

 二人とも、すぐに粗末なドアに突き当たった。急ごしらえで壁を作り、小部屋に改造したものらしい。


 二人同時にドアを開けた。次の瞬間、ニトはがく然とし、ヴィクは心底、恐怖した。


 二人とも、ほぼ同じ光景に直面した。どちらの部屋にも、死体が置いてあった。

 おびただしい数が、悪趣味な「加工」を施され、まるで店先の商品じみて並んでいた。

  ある者は骨と皮だけの椅子にされ、あるものは不気味な傘に作り変えられ、あるモノは顎を裂かれて燭台になっていた。


 堪え切れなくなったヴィクが、床に両手をつき、吐いた。

 ニトも平常心を失いかけた。

 部屋から距離を置いて顔を背ける。肩で喘ぎ、ふき出した脂汗を拭う。

 他の部屋にも似たようなものがあるだろう。それを確かめる気はなかった。


「な、なぁ……」

 弱々しい声でヴィクが呼びかけた。

「傘に貼り付けられた顔に……見覚えがあるんだ。嘘だと言いたいんけど……だめだ……この顔は、最初に撃たれた……」


「何も言うな」

 ニトは鋭く制した後、ヴィクを優しく抱き上げた。胸の中で、ヴィクは体を小刻みに震わせ、嗚咽を噛み殺していた。


 そこへ足音が近づいてきた。前方から2つ。

 ニトは身構えた。


「これだから美の分からぬ者は困る。彼らは素晴らしい芸術を体現しているというのに」


 尊大な物言いと尊大な身のこなしで、ふくよかな男がニト達を蔑んだ。

 ヒゲをたくわえた丸顔、紳士然とした身なりの良さとは裏腹に、目は魚のように丸く、大きく見開かれていた。

 男は小柄な少女を引き連れていた。マントで身体を包み、右目の周りに黒ずんだ火傷を持つ、銀髪の少女だ。

 その少女の名をヴィクは叫ぶ。


「ミトライ!?」


「お兄ちゃん、やっぱり来ちゃったんだぁ」

 舌足らずで幼子のようにミトライは喋る。

「センセ、お兄ちゃん変だよぉ。ミトライ達のゲイジュツを見て、げーげーした」

「あぁ!あぁ!これだから凡人は!可哀想そうなミトライ。お兄さんが見た作品はどれも、君が集めてきた、美しい素材から作ったというのに……あなたはっ!」

 異常な狂人。意思疎通など不可能だ。ニトは舌打ちをした。

「ここは工房だ。美術品を作る工房、そこらの紛い物など比ではない、真の美だけを産み出せる場所なのだよ」


 ニトは諦めて、脱出の算段を始める。この狂った医者は、ミトライがこさえた死体を

使って「創作活動」に励んでいた。

 それだけで充分だ。


  許されざる外道。唾棄すべき邪悪。


 ふつふつと、ニトの内側で、明確な殺意が込み上げていた。普段は切り捨てるだろう感情だが、食客はしばらく自分の意思で、殺意を滾らせた。


「ミトライ。どうしちまったんだ? そこの頭のおかしな野郎に騙されちまったのか?」

 打ちひしがれるヴィクの問いに、ミトライはきょとんとする。そもそも理解すら出来ていないようだ。そして、何の前触れもなく、泣き叫んだ。

「ミトライは悪くない! 悪いのは、アタマの悪いお兄ちゃんだ!」


「ミトライ……?」

「ミトライはお兄ちゃんより狩りが上手なのに、長銃がもらえなかった。アレはお兄ちゃんが取っちゃった!ずるいよ!お兄ちゃんばかりいつも、いつもチヤホヤされてさ!」


 ここで、ぱたりとミトライは泣き止み、惚けた顔で医者に擦り寄る。

「でもセンセはだぁいすきぃ。ミトライがいっぱいエモノをつかまえてきたら、いっぱいほめてくれるし、キレェなゲイジュツも、

いっぱいつくって、ミトライをうーんと、

たのしませてくれるの。だからミトライは

センセのためにいっぱい、ひとをころす!」

 彼女は無垢な赤子のような笑顔で言う。


 ヴィクはニトに抱かれたまま、両目から大粒の涙を流した。

 それでも声を振り絞って尋ねた。


「何が……お前をそうさせた?」


「何度も言わせないで。お兄ちゃんが目障りだったのよ。ミトライよりも劣るクセに長銃を持っていたお兄ちゃんが、いつまでも師匠面して口やかましいアンタが……殺したい程憎い!」

 ぞっとするほど凍てついた目と声色で、酷いくらい冷徹に、少女は言ってのけた。


「そんな……そんな……」

「ヴィク。もういい!」

 自分でも気づかぬ内に、ニトは声を張り上げていた。


 不意にミトライは医者から離れた。

 また不自然なほど彼女は惚けていた。さっきの冷たい憎悪がどこにも見当たらない。

この女、何かをやる。ニトは危機を覚えた。長年培った、暗殺者としての直感が、体を勝手に動かす!


「ミトライは、いまとってもしあわせだから。おにいちゃんがいると、むしずがはしるの。だからしんでほしいなあ。

しんでよ、しねよ、しね、しね、しねぇ!」


 髪を振り乱しながら、ミトライは腰に吊るしていた二丁のマスケット銃を、ニトたちに向けた。

 ニトはヴィクを掴んだまま、曲がり角へ隠れる。

 鉛弾が壁を砕いた。咄嗟に食客は、呆然自失のヴィクからナイフを引ったくり、物陰からミトライへ投てき。


 外れた。しかし、それでも狙撃手の動きを鈍らせることに成功した。ニトはヴィクを小脇に抱え、風のように逃げ去った。


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