食客商売7話-2「請負人、確定申告に奔走する」


「ほほう。坊主の金貸しとはな」

 ゴチェフ・マアルドは三つ編みにした髭を太い指で弄ぶ。

 街の治安維持組織〈防人〉の庁舎では、長官のゴチェフと高官達が会議を開 いていた。


「どうやら、無届けで高利貸しを営む寺院があるようです」

 いかつい四角顔には人懐っこい笑みを浮かべ、部下の報告に耳を傾ける。

「今どき珍しくもないだろう。近頃は中央の高僧ですら呑む、打つ、抱くを率先してやっているそうじゃあないか」

 と、一人がいう。

「だからと言って見過ごせんでしょう」

 口を挟んだのは顔に秩序の張り紙を貼ったような、いかにも堅物然とした老人だった。


「んでよ、そこの坊さんはどれくらい儲けてるんでい?」

 砕けた物言いでゴチェフは尋ねた。

「それがですね……」

 防人は周りを伺い、それから小声で総額を述べる。場のどよめきがすぐに声をかき消してしまう。

「山一つ買えるではないか!?」

「 もはや銀行だな」

「俺もあやかりたいねぇ」

 豪快にゴチェフは笑い飛ばす。


「迂闊に手を出しては、金にものを言わせて良からぬ手段に出るやもしれません。いかが致しますか?」

 老人がゴチェフに顔を向けた。

「何もしない……てぇワケにはいかんよな」

 ゴチェフは未だ笑みを絶やさない。そして、双眸は獣のようにぎらついていた。


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 高利貸しの寺院。その話題は街の中でもささやかれていた。

 寒風に吹かれた木の葉よりも小さく、目立たず、ひっそりと。

 表立って大騒ぎにならない。なぜなら、住人達は金を借りていないのだ。


 話によると、寺院の顧客は、食いつめた貴族や落ちぶれ騎士など、もっぱら特権階級と呼ばれる手合いばかりだという。

 つまり、これはやんごとなき世界の話で、自分達には何ら関わりない。

 大勢がそう考え、大勢が意識の外へ追いやってしまっていた。

 しかし、当事者はそうもいかない。

 特にこの瞬間、火がついているものであれば、尚更である。


「旦那様?」

 老いた執事が窺う。

「先祖より賜った『青い森』を手放さねばならんとは……。おお、おお……」

 エシェバ老は枯れた両手で顔を覆った。

「土地を担保に金を借りるだけでも、申し訳がたたぬというのに。借りる相手が、神の教えに背いて高利貸しをしている坊主だとは。ああ、ああ。詫びても詫びても、許される筈がない」

 エシェバ老は、街の外にある森林地帯を所有している。いわゆる、森林貴族だ。


 通称、青い 森。

 その一帯は、サチャの街が発展する遥か昔から、瑞々しく、美しい広葉樹林が生え連なっていた。

 それを有するエシェバ老の家は、由緒ある一族として、この地に深く深く、伝統と格式という名の根を下ろしていた。

 しかし、今やかつての輝きはくすんで色あせてしまっている。


 いくつかの土地や証券、高価な調度品を売り払っても尚、生活苦は改善されない。

 町人たちの暮らしが潤う一方、旧来の制度や慣習に縛られ続ける上流階級は、いくら金を手に入れた所で、それを上回る出費を強いられてしまうのだ。

 ますます苦境に立たされて破産する郷士、悪党になり下がる騎士も珍しくない。


 エシェバ老もそうだ。跡を継ぐ筈だった息子夫婦に先立たれ、新しい時代 にも適応し損ねた。

 増えるのは苦労の皺と負債。

 老人は、まるで日に日にこの家が、底なし沼へ沈んでいくような絶望感に苛まれていた。

 呼び鈴が鳴る。執事は一礼して、よたよた玄関へ向かった。

 老いは誰にでも等しくやって来る。しかし、長年仕えてくれている執事は、エシェバより老けて見られがちだった。

 主人より一回り歳下だというのに。

 それだけ苦労ばかりかけているのだ。

 エシェバは嘆息した。


 その内、執事が戻ってきた。表情が心なしか明るい。

「マヤジャの男がいらしております。それと、マギル商会も」

「おお、通してくれ」

 エシェバはにこやかに頷いた。

 森林貴族にとって狩りを生業とし、自然と共に生きるマヤジャ は、信頼できる<取引相手>だ。

 たとえ彼らが、社会の外に追いやられた者達であっても。


 執事に通されて書斎に入ってきたのは、小柄な若者だった。

 小型獣の皮で作った毛帽子は頭に載せたまま。そして、厚手のマントに毛皮で編んだ上着を着込んでいる。

 彼らは作法を無視するきらいがある。

 だが、貴族のエシェバは、それをたしなめることなく、笑顔で来客を出迎えた。


「元気だったかい、ヴィク。もっと近くで、その顔を見せておくれ」

「ご無沙汰してます、エシェバさん」

 帽子を脱いでヴィクはにこやかに笑った。

「変わったな、君も。昔は部屋の中でも帽子を取ろうとしなかったのに」

「一体、いつの昔のことやら。実は、行き先が同じだとい うことで、彼らの馬車に乗せてもらったんです」

 ヴィクが目配せする先にはマギル商会の跡取り娘、レミルがちょこんと佇んでいた。彼女には仕事で来てもらうよう、頼んでいたのだ。

 レミルの傍らには従者らしき女がぼんやり立っていた。大柄な女。初めて見る顔だとエシェバは思った。


「毎度ありがとうございます。マギル商会ですぅ」

 レミルが丁寧に頭を下げた。隣の大柄な女も、おずおずと主人に倣う。

「よくいらっしゃった、お嬢さん。さあ、こちらへ。どうぞ、おかけになって」



「……そうか。マギル商会と取引を始めたか」

 エシェバは何度か頷いた。

「安く買い叩く毛皮公社より、ずっと良心的ですからね」

「それで正解だよ。私が保 証する。それにほれ、この利発なお嬢さんを見て分かるだろう」

「そ、そんな。そう言われると、照れちゃいます」

「せっかくの長所も慌てん坊で台無し……」

 食客のニトが余計な一言を口走りかける。

 それを睨みをきかせ、黙らせるレミル。彼女は咳払いを一つした後で「良い子」の笑顔に戻り、対するエシェバは顔を曇らせる。


「だからこそ、私としても、公正な取引をせねばならない。お嬢さんは知っているね、この家がどんな状況に置かれているのか」

「は、はい」

 レミルは笑顔を消し、緩んだ頬を引き締める。


「おそらく、今日が最後になるやもしれん。買い取ってくれるような品は、底をついた。あとは、この屋敷と森ぐらいだろう」

「まだ……まだ手はあり ますよ、きっと」

 軽く腰を浮かせながらヴィクが言う。

「ありがとう」

 礼を言うエシェバだが、疲れを宿した目が、彼の意思を如実に表している。

「だが、もうこれ以上、老人を焚きつけんでくれ。希望とは最も残酷なのだ」



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「そんなことがあったんですね」

 ロラミアはふと、寂しい笑みを浮かべる。

 エシェバの屋敷から戻ってきたレミルは、家族や友人達に、見聞きしてきたことを打ち明けた。


「ねえ。エシェバさん、このまま、諦めちゃうのかな?」

 レミルは浮かない顔で言う。

「だろうな」

 憮然とクーゼが言い放つ。

「そんな……」

「決めるのはその翁だ。本人が終わりにしたがっているのを無理に引き止め、いったい何になる?」

「それは……」

「のう、レミル」

 ずっと黙って話を聞いていたシャスタが、口を挟んだ。


「誰にでも、足が動かんようになる時が来る。疲れて疲れて、それでも止めらんない事情があるから、前に進むんじゃ。あンの爺さんは、ずい分昔にそれが来とった。でも、止まらずに今日までもがいた。でも、それすら、できんようになっちまったのサ」

 母親はまっすぐ娘を見て言う。

「休ませてやらんとな。ようけ戦ったンなら、なおさら」

「うん……」

 レミルはちらりと店の外へ目を動かす。


 店の外、寒空の下で物思いに耽るヴィクがいた。

 彼は、ヴィクは、どう思っているのか。

 気になる。でも、直接尋ねるのは怖かった。



 空を見上げるヴィク。物想いに耽っているようだが、雲 や揺れる木々から、風向きや風速を割り出していた。

 この後、ひと狩りしよう。エシェバの事を頭から追いやる為に。彼はそう思っていた。


「寒くないの?」

 家の中からニトが声をかけた。綿入りの部屋着を羽織り、腕を組むように袖へ両手を納めている。

「寒い。でも、これ位は慣れている」

 獲物はキツネか、ウサギでもいい。

 雪の中で狙いを定めている間、凍りついた神経が研ぎ澄まされて、次第に頭の中は真っ白になってくれる。


「あのエシェバって人、本当に家も土地も売って、どっかに行っちまうんじゃあない?」

 ニトがのんびり言う。

「かもしれない。だが、それを……」

「とやかく言う筋合いはない」

 すかさず、ニトは言う。

「そう。そうな んだよなぁ」

 深く頷いたまま、ヴィクは雪の地面に視線を落とした。

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