食客商売5話-2「婿旦那の浮気は成功するのか?」
〇〇〇〇
翌日。時刻の夕暮れ。休日を家で過ごしていたドモンは、急に外出すると言い出した。
シャスタはおずおずと尋ねた。
「あのォ……お夕飯は?」
玄関に向かっていたドモンは急停止。そして、その場で急速回頭。
追随していたシャスタは足を止め、前につんのめってしまう。
「食べる。台所に残りを置いてくれ」
ドモンは静かに答えた。いつも通りの鉄面皮。しかし、どこかおかしい。
「わ、分かりました。あの… …ドモンさん?」
見上げるシャスタは着物の端をきゅっと握りしめる。
「どうした?」
「いいえ……お気をつけて」
軽く頷き、ドモンは早足に外へ出た。
一人残されたシャスタはため息をついた。
そんな寂しげな母親の背中を、娘と使用人はハラハラしながら盗み見ていた。
「や、やっぱりこれはマズいです」
使用人のユコは固く握った拳をぶんぶん振るう。
「な、何とかしなくちゃ。何とかあ」
と、レミルも両手を振り回す。
「何とかって何です!?」
「何とかは何とかよお!」
取り乱す二人の傍らで、食客は何も言わず、じっと女主人を見ていた。
そしてそのまま、レミルを置いてそっと離れた。
「……こんな時に何してるのよ、ニトは!」
取り乱すレミル は、いつの間にかいなくなっていた食客に腹をたてた。
「もういい。ユコ、私たちで何とかしよう」
「で、でも。どうするんです、お嬢様!?」
「こうする!」
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「……う、うん?つまり、お父さんを尾行すればいいの、俺が?」
戸惑いながら、ヴィクは一連の話しを整理した。
いつものように大型獣の生皮や肝を卸にきた彼は、女主人の娘と若い女使用人に手を引っ張られ、無理やり話を聞かされたのだ。
「マヤジャでしょ、ヴィク兄さんは!獲物に気付かれずに追いかけるぐらいできちゃうよね!?」
語気を強めてレミルは言う。その隣て、ユコも血走った目でヴィクを見ていた。
「なーんか、妙な解釈され るな。確かに俺はマヤジャだけども。狩人だけども……」
彼は狩人集団「マヤジャ」の人間である。
山野を駆け巡り、卓越した狙撃で熊や鹿、果ては狼すら仕留めるのだ。
「熊を追っかけるのとは訳が……ああ、涙ぐまないで、二人とも!分かったよ、やるよ。尾行するから、泣き落としは止めて!」
咄嗟にヴィクは、大きな目を潤ませる少女たちから目をそらす。
子どもは苦手だ。ヴィクは心の内で苦々しい言葉を吐いた。
あの子を思い出すから。
気持ちを鎮めた狩人は、逃げるように任務についた。
少女たちから貰った色街の情報を頭の中で並べる。内容はどれも不正確だが、役立たない訳ではなかった。
「それより、なんで15、6の女の子が女遊びの店とか夜の街とか知ってるんだ?」
純情な青年は頭上に疑問符を浮かべた。
やがて狩人は、あれこれ考えながら見晴らしのいい高所へ登り、地図を広げた。
ドモン・マギルが目撃された場所と時間から、移動経路を予想する。
その最中に気づいた。
「場当たり的だな」
ドモンは目星をつけず、手当たり次第に、あちこちの店を回っているらしい。そして、移動にも法則性がない。
そして……。
「短い」
ヴィクは呟く。どの飲み屋も売春宿も、滞在時間が短かった。1夜に何件渡り歩くにしても、短か過ぎる。
「一杯飲んで次の店とか?じゃあ女は?もしかして早い人ってのもあり得るな、 うん」
しかし、それでは何軒もはしごする理由が説明できない。いくら回復が速くても、だ。
ヴィクは地図を畳んで立ち上がった。
頭を悩ませる疑問は後回し。
まずはドモンを探そう。幸いにも居所は見当がついた。
ヴィクは地上へ下りると、まっすぐ色街へ走った。
さすが大都市。酒を出す店なら掃いて捨てるほどある。性欲を発散できる店も星の数ほどあった。
途端に、自分が田舎者になったような気恥ずかしさを覚えてしまう。
実際、田舎者だけども。
尻尾付きの毛帽子を被り直して嘆息する。
しばらく雑踏の中を歩き、ようやく目当ての人物を見つけた。
しかも……証拠付き!
ドモン・マギルの傍には美しい女がいた。
女は地味な着物の上に白黒の貫頭衣を被って寒風から体を守っていた。
そして、二人の男と女は飲み屋の店先で何やら話している。
ヴィクは見世物を見物するフリをしながら、目当ての男、ドモンを捉えた。
間違いない。マギル商会の婿旦那だ。そして、前に助けてもらった殺し屋の男。
では、女は?
ヴィクは目を凝らした。
憂いを帯びた青白い横顔が見えた。その整った顔立ちは熟れていた。決して若くはないが、年相応の、落ち着いた美を持っていた。
ヴィクは女将のシャスタの姿を思い浮かべる。短い茜色の髪、陽に焼けた彫の深い顔。見た目通りの明朗快活な性格。
対照的だと思った。逆にいえば、夫は妻にはないものを求め、他の女に……。
「なに考えてんだよ」
ヴィクは独り言を呟く。隣にいた老人が驚いて彼を見た。
「あんたじゃない。俺の頭がどうにかしているんだ」
「酒に酔ったか?」
「そんなとこかな」
やめてくれよ。ヴィクは真っ暗になった夜空を仰ぐ。
レミルちゃんに説明するのは俺なんだぞ。
男と女が移動を始めた。当然、ヴィクは後をつけた。
ヴィクの予想通り、店に入ったかと思えば、すぐに出てきて、また次の店へと向かう。この奇妙な行脚を、夜が深まり始める頃まで続けた。
こうして男女は色街の外れにある船着場まで歩き通した。
ヴィクは会話を盗み聞ける位置まで近づき、そっと聞き耳を立てた。
身を隠す事を優先したせいで、途切れ途切れにしか聞こえない。
「このままでは、貴方様にも迷惑が……」
と、女。
「お構いなく。君の……。だから……私はあの時……を……だ。諦めては……」
小声で話すドモン。
「では、次こそ……」
「ええ。今度はきっと。では、ここでまたお会いしましょう」
女が丁寧に頭を下げる。所作の一つ一つが柔らかく、上品だった。
桟橋に着いた渡し船へ乗り込もうとした時だった。
「お気をつけて、スキュレさん」
ドモンが一声かけた。女……スキュレは、弱々しい微笑みを口もとに作った。
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