食客商売8話-2「食客、中途採用される」
その日の夕暮れ。
日没に合わせて、中堅どころの雑貨屋
「マギル商会」は店仕舞いをはじめていた。
この店は町人相手に荒物から小間物、食品を売る一方で、商人相手に問屋まがいの取引もやっている。
「おかげで蔵は商品の見本市になっちまいましたがね」
と、呆れ半分に言うのは番頭のザムロ。頭から足まで、全ての部品が丸で構成された肥満漢である。
ここは蔵の中。彼の眼前には、所狭しと種類豊富な商品が並んでいた。
マギル商会は客のあらゆる要望に応え続けてきた結果、とうとえ商品ラインナップが尋常ではない位に充実してしまったのだ。
「壮観やねェ」
隣に立つ女が腕を組んで得意げに言う。
褐色の肌を持ち、茜色の長髪を腰のあたりにまで垂らした女商人。
彼女の名前は、シャスタ・マギル。
「この街に店を構えて何十年……しょうもないことは覚えとらンけど……とにかく、ここまで来た」
「商品目録を作り終えるのに、あと何年かかるかな」
と、ザムロはぼやく。
「その間にまた増えちょるかもしれンのォ」
間髪入れずにシャスタが茶々を入れた。
「勘弁してください」
げんなりするザムロを反応を見て、呵々とシャスタは笑った。
「それに、マギル商会はこれからも精力的に商いして行くんじゃ。この程度で満足したらアカンよ?」
シャスタの言葉はいつも、各地の訛りがごた混ぜになっている。
「でも、今は無茶せんでくださいよ?」
番頭は女将の大きな腹へ視線を落とした。
彼女は、子を身ごもっているのだ。
「大事な跡取りの為にもね?」
「分かっとる。しっかし、お前の父様は薄情よのお」
母親は大きくなった腹を優しく擦る。
「なぜ?」
低い声が不思議そうに尋ねた。
「何故って? そりゃあいつも仕事、仕事と日が暮れても帰ってこんしぃ。妻には愛想笑い一つもないしぃ。あとは……」
シャスタはようやく気付いた。
すぐ隣にドモンが立っていることに。
「あとは?」
シャスタの夫、ドモン・マギルは鉄のように硬い目で妻を見ていた。表情も真顔で、そこには喜怒哀楽一つ存在しない。
「あー。そうじゃ!何かやり残した仕事はあったかのぉ、番頭はん?」
ザムロに助けて貰おうとしたが、彼はとっくに逃げていた。
「どうした?」
ドモンはまた真顔で尋ねた。
彼は店を仕切るマギル家の婿養子だった。
マギル家に嫁ぎ、周りから「婿旦那」と呼ばれること3年と4ヶ月。
ドモンは父親になろうとしていた。
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その夜。日付が変わろうとする頃。
家を抜け出したドモンは、藪とほぼ一体化した廃寺へやって来た。
入口には人相の悪い無頼共。彼らはドモンを一べつするだけで、すんなり中へ入れた。
この無頼どもは請負人の協力者だ。
そしてこの廃寺は、数ある隠れ家の一つだった。
こじんまりしたお堂に入ったドモン。
お堂の中に、人々が崇め奉る「御主」の像や、目に付く調度品の類はなかった。
代わりに、数本ばかりのろうそくには火が灯されている。
目を凝らさなければ、薄ぼんやりした影すら捉える事が出来ないほどだ。
そろそろ揺れる灯の中、丸い影が動く。
「女将は眠っちまったかい?」
影は尋ねた。
「寝た」
ドモンは短く答え、影の前に腰をおろす。
「共に一つ屋根の下にいるというに、難儀だな、ザムロ」
影……ザムロをまっすぐ見た。
マギル商会の番頭、ザムロ。彼にもまた、裏の顔があった。
この丸い男は仲介屋。仕事の斡旋、情報の売買など、手広くやっていた。
「難儀だよ、まったく」
と、ザムロは答えた。
「ちょいと、ご隠居から頼まれてね。俺一人で済ませる筈だったが、折角だし、婿旦那にも来てもらおうかなって」
「まったく。もうじき引退すると言っている割に、口をよく挟んで来る」
ドモンの顔に不機嫌な色が浮かぶ。
「仕方ない。いつでも口出しできるからな、あの人は」
呆れ半分にザムロは答えた。
話題になった老人は、請負人の元締めだ。
名前はヒョウ・マギル。
そう、シャスタの父親である。
つまりドモンは、嫁の父親から殺しを請負い、暗殺稼業に身を投じている事になる。
それはさておき……。
「どうやら隠居は、御宅がとっ捕まえたあの女を仲間に入れたいらしい」
「あいつを?」
ドモンは目の色を変えて驚いた。
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