食客商売6話-4「殺し請け負います」


 稽古も終わり、道場がすっかり静まり返った頃。

「なるほど。これが、というものですか」

 高弟の一人、ルゼットが飄々と言った。目の前にはムウス・パタ。

 なだらかな肩を揺らして彼は笑う。

「そのようなつもりは毛頭ございませんよ」 

「では、どのような心づもりで?」

「……ルゼット君は誤解しておられる。私は、この道場がより良い空間になるよう手を尽くしているだけなんです」

 ムウスは目を細めた。


「ふむん」

 ルゼットは目の前に置かれた革袋とムウスを交互に見た。

 ムウスが袋をテーブルに置いた時、銭のこすれ合う音が微かに聞こえた。

「全く、下心がないと?」

「はあ……まあ、無いと言えば、やや嘘くさく聞こえてしまうでしょうな」

「下心のこもらぬ鼻薬に効果があると思えません」

「見かけによらず、厳しいお方ですね、ルゼット君は」

 ムウスが余裕の笑みを深める度に、ルゼットは平常心でいるよう努めた。

 込み上げる不快を抑えるだけなのに。疲れてしまう。


「あなたは私の事を良く思って下さっているようですが、私の心は変わりません」

 ルゼットは革袋をムウスに返した。

「次期師範の選出について、私は先生のお考えを支持します。たとえ、それが私にとって不本意であっても」

 ムウスは袋を懐に戻して一言。

「もし、御心が変わられたら、その際は私に一言を。気長に待っていますよ」


 そして、ムウスが去り、ルゼット一人が道場に残った。 

「困った人だ。自分を知恵者だと信じて疑わない」

 独り言にしては大きな声で青年は言った。

「彼の取り巻きたちはよく調子を合わせられますねぇ」

 道場の東端、武具の保管庫へ顔を向ける。

 入口の前にクーゼが佇んでいた。


「貴様に隠れているよう言われ、何かと訝しんでみれば……」

「これがですよ」

「下らん児戯にアタシを巻き込むな」

 不機嫌に女剣士は口を尖らせた。

「その下らん児戯で足元をすくわれた人が沢山いますよ。クーゼさんには、その一人になって欲しくないんです」

「親切だけ受け取っておこう」

 クーゼはにこやかに微笑むルゼットを、まじまじ見つめる。


「なぜ、アタシに味方する?」

「さて? 深く考えた事がないですね。幼いころから、僕らは先生のもとで修行していましたし、先生とあなたに仇なす理由もありません」

「何だかんだと言っている割に、貴様も野心を持たぬではないか」

 クーゼはやっと薄く笑った。


「いやはや。僕はあなたや、アディカさんの事をとやかく言えませんね」

 そういえば、とルゼットが話題を変える。

「あの人は、僕らよりずっと先生と付き合いの長いお方でしたね。でも、未だに人となりがよく分からない」

「決して誰にも、自分を語らぬ男だ。不器用の極みさ」

 クーゼは道場の片隅を見る。そこはアディカがいつも腰を据えている場所だった。


「剣の道をひたすら走り続けて来た。全てを捨て、前へ進むことだけを考えて……」

 ルゼットは彼女の目が複雑な色を帯びている事に気付く。

 そういえば、と青年は思い出す。

 道場には決して心を開かない無骨な男を慕う弟子が少なからずいる。あの男には風変りな魅力があった。

 どうやら、クーゼにも思う所があるようだ。


「ムウスはアディカさんを敵視しています。一方的に。それも、激しく。先生が床に伏した今、あの人に何か良からぬ事が起きなければいいのですが」

「その件についてだが、本当に、発作によるものなのか?」

「止めてくださいよ。余計な詮索なんて、クーゼ様らしくない」

 ルゼットは顔を伏せる。

「ある者はムウスを、ある者はアディカさんを。そして、ある者は僕を疑っている。確かに先生は昔に比べて体が弱っている。でもそれは、老いによるものです。いつもと同じ町医者に診てもらい、いつものお薬を飲ませました。僕は神に……御主様に誓って、先生を陥れるような事はしていません」

 そして、顔を上げる。

「それに僕が、先生を殺すなんて。恩人を殺すなんて。それは僕自身の全てを否定するようなものだ」

 

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 その日の夕暮れ。マギル商会の蔵。

「それはまた、変わった客人ですね」

 ロラミアは口許を綻ばせた。

「でしょう?」

 と、レミル。

 彼女はロラミアの隣に腰掛けた。


「しかし、どこでニトの話しを聞いたんでしょう?」

 使用人の少女が不思議がる。

「どこだっていいよ。果し合いに来なければ。お茶、ありがと」

 レミルは使用人から茶を受け取りながら言った。

「どう思う、ロラミア君としては。負けん気の強い、男勝りの女剣士様って?」

 と、雑貨屋の娘は尋ねる。


 ロラミアはある貴族の屋敷で給仕として働いている。マギル商会に顔を出す事が多く、歳の近いレミルとも仲が良い。

 長い黒髪も、細面も、柔らかい曲線を描くしなやかな身体。どれも歳不相応に艶やかである。


 


 何でも、雇い主の娘……ロラミアの慕う「妹様」が、彼に女の格好をさせたがるらしい。

 女ものの着物をきこなし、しっかり化粧までしているが、ロラミアはれっきとした男。彼自身も自らの性を自覚している。

 そう、彼はれっきとした男なのだ。


「そうですね。頼りがいはありそうだな、と思います」

 と、彼は答えた。

「彼氏……じゃなかった、彼女にするなら?」

 尋ねるレミル。

「うーん」

 悩む仕草はまさに少女のものだった。

 しかも、可愛い。

 レミルと使用人は揃って身悶えする。

「強気な女性ですか。こう言ってはなんですが。い、妹様がいますから……」

 苦労しているんだなあ。レミルは労わるようにロラミアの肩に手を置いた。


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 同時刻。

 料亭『トーフ=カスガイ』


「そうか。お前ンとこの店でそんなことを」

 不良坊主のディー・ランはくぐもった笑いを漏らす。

 家具や調度品のない小さな部屋でディー・ランは酒をあおっていた。

 高い蜂蜜酒。しかも、レモンの果汁と香草を加えた、この料亭でしか味わえない代物だった。

 それを酔いどれ坊主は汚れた茶碗にたっぷり注ぎ、作法や味など気にせず、無造作に飲んでいた。

「面白い女だなあ、ええ?」

 窓側へ体を向ける。窓の傍、月明かりもランプの灯りも届かない暗がりに人影があった。

「お前より強いんだろうな、ニト?」


 マギル商会の食客、ニト。

 先日、小屋の中で見せた異様な雰囲気をまといながら、彼女は不良坊主を見据えていた。

「どうだろう。正々堂々は性に合わないんだ」

 ニトは肩を揺らす。声を殺して笑ったのかもしれないと坊主は思った。

 それとも酔いが回って世界が揺れているだけなのか。

「与太話はこれ位にしてだな。本題に移ろう。俺ちゃんにどうして会いに来た?」

 尋ねた後、茶碗の酒を一口に飲み干した。


「さっきから話している、クーゼ・フォシャールの事だよ」

「ほう」

 適当な相槌を打ちながらディー・ランは蜂蜜酒を茶碗に注ぐ。

「どうしてあの女は、あたしに会いに来たんだろう」

「決まってる。てめえが腕っこきだと根も葉もない話を聞いたからだ。偶々、興味を持ったからってェ理由で俺を尾け回す女だぜ。深い考えはなかっただろうよ」

「本当にそうなのかしら? だとしたら……」

「誰がそんな事を言ったのか、だろう?」

「うん」

 ニトは頷く。

「あともう一つ。あの日、道場の師範が倒れた事も気になっている」

「お前さん、世の全てが怪しく見えるンだろう。余計な思い込みは止めろ。何にも見えなくなるぜ」

 とはいえ、とディー・ランが続ける。

「勘ぐりたくもなるのも分かる。出来過ぎているよな、何もかも」

「派閥間の内紛、病を患う師範。看板背負って大会に出場するのは孤高の女剣士。良からぬことが起きるには、充分すぎる位に材料が揃っていやがる」


 そう言うと、ニトは腕を組んで唸った。

「一番割を食うのはクーゼだ。誰かが陥れようとしてるのかも」

「こういうのは、一番得をする奴が仕組んでいるもんさね」

 と、坊主が言う。

「ムウス・パタか。」

 本当にそうなのか? ニトは訝しんだ。


「……ニト。お前にも変な病気がうつったかもしれん。気をつけろ」

 不意にディー・ランが口走る。

「ビョーキだって?」

「面倒な病だぞぉ。煮ても焼いても病巣は取り除けぬ。食っても不味いし、手前がひり出す糞のせいで、他人様が腹を下すのだ」

「あのさ、お節介焼きといいたいんだろう。下手に飾り過ぎて、何を言っているのかさっぱりだよ」

「坊主だからな、これでも。何事もむつかしく言えば、素晴らしい説法に聞こえる」

 カカカと笑い、ディー・ランは大声で女中を呼んだ。

「酒!」


「はいはい。それとね、坊様。いつまで娘達を待たせるつもり? ずっと下で待っているんだよ。あの二人、すっかり坊様に惚れちまってら」

「すぐに行く」

 女中に〈こころづけ〉を渡した坊主は、再び食客に向き直ろうとした。


 しかし、既に食客は窓から出て行った後だった。

「まともに部屋の出入りもできンのか、あいつはァ?」

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