食客商売2話-6「外道を始末するのは悪党」

「どういう腹積もりだい、レミル?」

 シャスタは娘の柔らかい頬を指で撫でながら訊く。

「子が親に孝行する時はネ、ねだりたいものがあるって相場が決まっておるからなア。さ、白状しい?」

「そんなんじゃないよ」

 娘は母親の手を払い、不機嫌に言い返した。

 マギル母娘は石階段に腰掛け、目の前の賑わいを見物していた。


 今日は祭りの日。毎年、季節の節目毎に開かれるもので、その日だけは、静かな寺院の周りも大賑わいとなる。

 街の商人達も稼ぎ時と言わんばかりに店を出し、各地からは行商人がこぞってやって来る。あちこちで大道芸が催され、見物客たちが両手を叩いて喜んでいた。


「店のみんなもどうしたのかね? 祭りに行って来いなんて追い出して。こいつは、まさかのお家騒動ってヤツか?」

 シャスタはうそぶき、軽薄な笑みを浮かべた。

「お母さんったら……はい」

 レミルは首飾りを母の前に差しだす。

「なんじゃい、これ?」

「私からのプレゼント」

 娘はにっこり笑う。母はきょとんとする。

「お母さん、ここずっと暗い顔ばかりで、何も手につかないって感じで、えーとね。その……だから……」

 レミルはぽっと赤くなった顔を逸らしてしまう。

「この首飾り、とっても縁起が良いものだって。屋台のおばあさんが薦めてくれたの」


 すると、シャスタは――。

「紛い物じゃない?」

 と、心にもない一言を口走る。レミルは固まった。


「ようけあるでしょ。開運だなんだ言って、役に立たン壺だの石ころだの売りつける。祭りの日なら尚更さネ」

 母の言葉にレミルはがくりと肩を落とす。その反応を見て、シャスタは腹を抱えて笑い出した。

 突然の事にレミルは何事かと面食らう。

「良いね、正直な反応」


「ありがとうレミル。首飾りよりアンタのその気持ちが、ようけ嬉しいわ」

 母は久方ぶりに心から笑い、娘をぎゅっと抱きしめる。娘は急に恥ずかしくなり、離れようと体を揺らした。

「お母さん。恥ずかしいから、離れて」

「いやだ。良い子ちゃん過ぎる娘を、トコトン辱めてやる!」

「変な言葉は使わないで。お願いだから。人が見てるから。お寺のお坊さんが、階段の上で変な顔してみてるから!」

 シャスタは娘に見られたくなかった。

 自分の泣き顔を。


-ーー―------------―――


 人ごみほど身を隠しやすい場所はない。

 いつものように、ニトは母娘に気付かれないよう後をつけていた。

 祭りの雑踏は彼女の存在を消し去っていた。すれ違う者ですら、ニトを影か微風のようにしか感じない。目を向けるどころか注意すら向けて来ない。


 たとえニトが女にしては大柄であっても、道行く人間たちの中では中背で目立たない。さらに服装や外見的特徴も、自然と人々の記憶から抜け落ちるように「工夫」を凝らしていた。

 こうして食客は己の全てを消し、マギル母娘の護衛をする。レミルが生後間もないころから今日までずっと、食客は続けてきた。


 そして、務めを果たす時がやって来た。

 ニトは人ごみの中に気を張り巡らせた。

 

 母娘に、明確な敵意を持つ者が、2人。

 一人目に、気取られないように近づく。


 敵の衣服、目に見える範囲での所持品からして、一般人ではない。かといって訓練は受けていない。腕っぷしの良い無頼だ。

 近づきながら、屋台から包丁を拝借。屋台をきり盛りする夫婦は、忙しさの余り、道具が消えた事に最後まで気付かない。


 懐に包丁を偲ばせ、距離をより縮める。


 間合いに入られても無頼の男は振り返らない。周囲の喧騒に紛れ、ニトは一気に背後をとってしまう。

「もし」

 か細い女の声で話しかける。男が振り返る所に、包丁で喉と急所の二カ所を刺す。男に反撃の機会はおろか、声をあげる間も与えず、ニトは男を仕留めた。


 やっと近場の何人かが異変を感じ取る。しかし、ニトは何事もなかったかのように既に息絶えた男を抱き寄せた。

「どうした?」

 老人が怪訝な顔をして、声かける。

「どうもこうもないよ。亭主が酔い潰れちまってさ。ほら、しっかりおし!」

 殺気をすぐに消し飛ばし、困り顔の女房を演じる。

 誰も彼女に疑いを向けない。それどころか、気の毒な視線さえ送る者さえいた。


 死体を抱えて人ごみから脱出。屋台も途切れた一画に身を潜めてから、次の敵を狙おうとした。

 そこでニトは動きを止める。


 妙なのが増えた?


――------------―――――


 逃げる背中を追うのは気が進まない。

 苦い顔で、僧侶のディー・ランは中年男を両手で掴まえた。

「ぐえッ!」

 鮮やかな手つきで男の首を捻じ折った。

 手を離すと、男は両膝から地面にがくりと落ちていく。崩れゆく背中に両手を合わせていると、頭上に殺気を感じた。


 感じ取る事さえ難しい気であった。おかげで僧侶は、次の行動へ移るのに遅れた。

 包丁を持った女が、上から襲い掛かる。

 振り下ろされる刃を躱すと、早くも次の一閃が目を狙って襲い掛かる。その鋭い刺突を、僧侶は二本の指で刃を挟み、止めた。

「我ながらよくやった」

 得体の知れぬ僧侶は、自らの指と指の隙間に挟まった刃を見て、自画自賛する。そして襲撃者の顔を間近で見るや、顔を曇らせた。

「へえ、女」


 ――こいつは何者だ?

 対するニトは、攻撃を防がれたことに衝撃を受けていた。

 ディー・ランは鋭く息を吐いて斬撃を防いだ腕を回す。

 すると、ニトの体は宙へ舞う。


 自分が投げられたと自覚するより、ニトは空中で体勢を整えて着地。その身のこなしにディー・ランは両目に闘志を滾らせた。

 そこへ――


「待て!」

 胴間声が間に割って入ってきた。

 両者は素早く間合いを広くとった。

「その勝負待った。頼む……待ってくれ!」

 二人の間に転がり込んできたのは、ザムロだった。


 ぜーぜー息を切らす丸い男に、ニトは怪訝な目を向ける。

「水を差さんでくれ、ザムロ」

 そう言うと、ディー・ランは身体の力を抜く。またも面食らったニトは、僧侶と番頭を交互に見回した。

「ニト。こいつは、この変ちくりんな坊主は……違うんだ!」

 短い言葉を言おうにも、息が切れて上手く話せないザムロ。そんな彼を見下ろしながら、ニトは首を傾げた。


「坊主じゃないのか?」

「俺は坊主だ。見た目通り」

 ディー・ランは肩を竦めてみせた。



----------―――――――――


 すっかり戦意を失った食客はいつもの、

「ぐーたら者」

 に戻っていた。


 あばら家の片隅に腰を下ろし、食客は無気力な目で、二人の男と相対する。

「世も末だわな。防人ともあろう男が、無実の人間を手にかけるんだから」

 ディー・ランが大仰な物言い、次いでニトが口を挟んだ。

「そして、坊主が殺しで金を得て、その金で酒を飲んでいる」

 ニトの言葉にディー・ランは閉口する。

「色街で四人も殺したそうじゃないか」

「ああ、おかげで美味い酒にありつけた」

 僧は皮肉交じりの笑みを浮かべた。


 あの後。

 ザムロはオミ屋殺しに関わった防人のことを、食客に説明していた。

 ザムロは決して依頼人の名を明かさない。しかし、ニトはすぐに察した。


 殺しの依頼をしたのは、おそらくオミ屋の身内。

 遺された家族は、敵討を望んでいる。


 次にザムロは、生臭坊主の素性をニトに明かした。

「この坊主は……暗殺の請負人、つまり殺し屋という別の顔がある。今は、シュ・アラの殺しを請け負っているんだ」

「こんなのが家族の代わりに敵討かぁ」

「待て待て。こんなのだから、汚れ仕事がやれるのさ!」

カカカ。ディー・ランは笑い飛ばした。


「なあ、食客さんよぉ……あんた、まだ無関係を装うかい?」

 急に笑うのを止め、矛先をニトへ向ける。


「防人のキャラガは人を集めてマギル商会を襲おうって腹積もりだぜ」

「しかし、そんなことをしたら、自分で自分の首を絞めるようなものだ」

 とは言いつつ、ニトは予測がついていた。


 ザムロが説明を続ける。

「襲撃するのは金で集まる無頼ども。防人の立場を利用さえすれば、簡単に尻尾が切れる。実のトコ、ネタを垂れこんだのは、切られる尻尾側の人間だ」

「誰だ?」

「守手のシェロ。あいつもそんなにバカじゃない。なんと俺に取引を持ちかけて来たって寸法よ。賢い蛭だ」

「さすが仲介人。ご同類について、よく分かっていらっしゃる」


「シェロと無頼共の始末は……ニト、お前が請け負ってほしい」

 ザムロの言葉に、ニトは密かに機嫌を損ねる。

「寄ってたかって、そいつらが店に押し寄せてくるんだぞ?そうなる前に、一気にせん滅してやるんだ」


 仕方ない。ニトは諦めた。

「わかった。気が進まないけど、やる」

「最後にキャラガ。こいつはちょっと面倒だ。何しろ今日は、屯所に籠りきり。きっとシュ・アラの店に踏み込むまで、外に出てこないだろう」

 ザムロは丸い肩を竦める。ディー・ランは腕を組んで考えこんだ。


 二人の男達が無言になる中、ニトは溜息をついて言った。

「そっちの事はアイツに任せよう」


 しばし後、ザムロはゆっくり頷く。

「だな。適任といえば、適任だし」

「誰?」

 ディー・ランは不思議そうに首を傾げた。


ー-----------――――――――


 ニトは決して、戦斗服を店の中に置かないと固く誓っていた。だから、店の裏手に広がる雑木林を隠し場所にしているのだ。


 大樹の根元を掘り返す。

棺桶が一つ現れる。


 名前を削られた鋼鉄製の棺桶。


 蓋を開けると、ボロ布のように汚れきった戦斗服が丁寧に畳まれていた。


「彼女達」に与えられた特殊な服。


 瞬時にそれに着替え、傷だらけの防具をテキパキとはめ込んでいく。


 あの赤黒い鎖付の手甲を両手に嵌め、目深にフードを被った時、そこに佇むのは恐ろしい怪物だった。


 夜の黒い雲が月を覆い、林の中は真っ暗闇に包まれる。

 やがて雲が晴れて、僅かに林の中に月明かりが差しこんだ。


 ザムロとディー・ランが来た時には、ニトはいなくなっていた。


 辺りが真っ暗闇になった頃に、立ち去ったのだろうと、ディー・ランは言う。

「よくも、あんな化生と一つ屋根の下で暮らせるな?」

 と、ザムロに卑しい笑みを向ける。ザムロは丸刈りの頭を掻いて言う。

「二人いるんだ。一つの体の中に二人。一人は無害なでくの坊。まるで図太い猫みてえで、店の連中は面白がって世話を焼いちまう。女将と娘がまさにそれだ」

「もう一人は?」

「お前に襲い掛かった時のニト。あれが、あいつの本性だ」

「なるほど。それは難儀だ」

 肩を震わせて、生臭坊主は下品な声で笑った。


「ところでお前さん、行かんでいいのか?」

 面倒事はご免だと、話題をそらす

「シュ・アラの店に? 行くさ、もちろん」

 ディー・ランは酒を飲もうとヒョウタンを傾けたが、既に空になっていた。あと一口への惜しさに顔を歪め、彼は言った。

「余興が終わったらな」

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