青結晶の洞窟①

 ここは異世界か。

 そう言いたくなるような光景が目の前には広がっていた。


 ごつごつと角張った岩が環境を支配する。壁もざらざらした岩ならば、天井からは氷柱つららのように尖った岩が垂れ下がっていた。


 そんな中でも視界を保てているのはただひとえに、発光する結晶のおかげだろう。青くそして鈍く輝く結晶がそこかしこに散らばっており、洞窟全体を照らしてくれていた。


 そして洞窟内はじっとりと湿気が多く、また水たまりのようなものが道の端に点在している。


「ここが今回のダンジョンか」


 京葉が呟くように言った。静けさのせいか、それが壁に反響して妙に響く。


 川蝉が属してるグループは問題なく揃っていた。七瀬も日吉も、落ち着きがなく、しきりに首を動かして辺りを観察していた。


 京葉はさすがに経験者なのか、特に驚いた様子もなく足場を確認している。


「よし皆、ワンドを出してくれ」


 京葉に言われて川蝉達は太股のホルダーからワンドを取り出した。


「まずはそれを右手で持つ。グローブのない方の手では力が弱くなるから気を付けるよう」


 京葉は自身の言葉どおりグローブのある手でワンドを握っていた。


「そして使い方に関してだが、杖の持ち手にあるトリガーを引くんだ」


 前に突き出された京葉のワンドが反応する。

 虚空から石の礫が三つ出現し、宙で制止した。


「トリガーを引けば魔法は発動する。後はそれを自分の感覚でコントロールするだけだ。感覚的なもので、技術のいるわけではないから簡単にできる」


 そして京葉がワンドを軽く振ると、石の礫は前方に弾丸のように飛んでいった。


 そして壁に抉るよう当たり、動きを止める。

 岩の壁には螺旋状に狭く深い穴がこじ開けられていた。


 当然威力は高かった。人に当たれば間違いなくただでは済まない破壊力である。


「人に向けないように各自、その辺の壁相手にちょっとやってみてくれ」


 川蝉もそれに習って誰もいない壁にワンドを向けてみる。持ち手には人差し指が収まるようなトリガーがあった。そこに指を置いて引いてみる。


「…………」


 ワンドからわずかに緑を帯びた空気の固まりが出た。それは左右に広がったり、小さくなったり膨張したりもする。確かに川蝉の意志に反応して動いてくれていた。


 だがこのままでは何の役にも立たないので、それを風の刃をイメージして放ってみる。


 シュン――と言う空気を裂く音がする。そして目の前にあった岩の壁が斬られた。壁には爪で抉られたような太い十字の傷が刻まれる。


 何となく感覚は掴めた。

 トリガーから指を外して、他の二人を見てみる。


「おお、すっげすっげ」


 日吉は川蝉とほぼ同じような能力だった。風の弾丸を放って壁に穴を開けている。

 一方の七瀬の方は水を操っていた。水の鞭を壁に叩きつけ、岩を砕く。


「そんなものでいいだろう」


 京葉が皆の注意を引きつける。


「慣れればもっと多彩に魔法を使いこなせるようになる。さて後は実際の戦闘だな」


 腰に手を当てた京葉はじっと前の方を見る。

 視界の悪い暗闇の中、


「今ので呼んでしまったようだな。ちょうどいいタイミングではあったが」


 影が歩いて近付いてくる。


「うぉ!?」


 日吉がぎょっと声をあげた。


 二本足で立つ緑色をしたカエルがとことこと小走りでやってくる。手には槍を持っており、長い足を伸ばしきっているおかげで身長は成人男性より少し高いくらいになっていた。左右にあるギョロリとした目が川蝉達を見据える。


 あまりに大きすぎるせいで、気持ち悪いと言う感情しか浮かばなかった。モンスター、異形の生物と呼ぶに相応しいだろう。


 京葉は怯むどころか前に出てワンドを構える。


 トリガーを引くと、今度はカエルの足下から岩が一気にせり上がった。隆起した岩は刃物のように鋭利で、カエルの片方を串刺しにする。


 生き残ったもう一方のカエルが飛んだ。その跳躍力で天井に足を付けると、さらに勢いを付けて飛びかかってくる。


 京葉は岩の礫で顔面の左半分を守っていた。


 それを見越して、カエルは落ちる勢いで槍の先を彼女の腹部に食い込ませる。

 血飛沫が上がる。槍は確実に京葉の横っ腹を切断していた。


「おいおいやべーんじゃねえの!?」


 狼狽えた日吉が悲鳴にも近い声でそう言った。これには川蝉も同意であり、無言でワンドをカエルの化け物に向ける。


「いや問題はない」


 京葉は口から血を垂れ流しながら説得力のない言葉を吐いた。


 


「!?」


 普段、驚くことなどあまりない川蝉が今日は内心で驚いてばかりいた。

 だがそれを全て上回る光景が眼前にはあった。


 京葉の傷から白い泡が吹き出る。それが深く入り込んだ刃の傷を塞いだのだ。一秒もしない内に、京葉の傷は完全に癒えていた。


「そもそも攻撃を受けたのはこれを見せるためだ」


 そして京葉は天井から着地したカエルの腕と足を、石の礫で貫通させる。


 哀れなカエルのモンスターは両手足を千切られ地面に落とした。芋虫のように這うだけのカエルはまた、余計に気味の悪い生物になっている。


 だがそのカエルもまたすぐに手足が再生し始める。


「マジっすか……」


 七瀬がカエルの治癒能力の高さに顔をしかめる。


 そんな再生中のカエルの側に京葉は立つと、石の礫を合成して刃物に変形させた。それを使って、カエルの胸の部分を切り裂いていく。


 岩の刃はオペでもするかのように、カエルの胸の皮を剥いで、肉もそぎ落とした。


「こんなものか」


 内蔵が丸見えのカエルの胸に京葉は手を突っ込んだ。そこをぐちゃぐちゃとかき回し、黒い直方体の物体を取り出した。


 それを取り出されたカエルは命を吸い取られたように再生を止め、その体は干からび始めた。


「これは『コア』と言うものだ」


 京葉は、川蝉達に見せるようにコアと呼ばれるものを手のひらに置く。


「魔力を持つ者にとって魔力の根元であり、文字通りの命であり、失えば死ぬ。逆にこれさえあれば、魔力の残り続ける限り肉体は再生し生き続けることが可能だ。これを破壊しないとモンスターを倒したことにはならない」


 コアを京葉は手から離すと、岩の魔法でそれを打ち砕いた。割れたコアは砂のようにさらさらとその場から完全に消滅してしまった。


「そして魔力の根元たるコアは我々にも当然にある。それが左目の。ここにいると言うことは君たちも例外なく手術を受けたはずだ」


 川蝉にも覚えは無論あった。魔眼と言う単語も聞いていたが、そんな意味があるとは知らなかった。


我々魔法師メイジもまたコアを持つ生物。左目の魔眼が壊れれば死ぬ。逆にそれさえ残っていれば脳が喰われようが心臓が丸太で潰されようが再生して死ぬことはない。魔力が尽きれば再生能力は一時的になくなるが、それでも死なない。魔力が回復したら即座に体は再生させられる」


「まるで魔法師メイジもモンスターみたいですね」


 川蝉はつい思ったことが口に出てしまった。今の説明だと、モンスターはともかく魔法師メイジはあまりにも人間離れしてしまっていた。


「魔力を持った生命体と言う点においては同じだ。だが我々はあくまでも人間だよ」


 京葉はきっぱりと言い切った。


「話の続きだが、さっきのようにモンスターを倒すとポイントが入る」


 京葉は己のタブレットを出して、操作し始める。そしてある画面を見せてきた。

 そこには『6P』とシンプルな数字が表示されている。


「この仕事、安全とは程遠い。命を失うなんてことも珍しくはない。それでもなおキミらがどうして魔法師メイジになったのか、それはほぼ全員理由は一緒だ」


 魔法師メイジになった目的。勧誘の口説き文句は同じなのだろう。


「報酬だ。それに釣られてやってきたはずだ。黒業さんから話はあったと思うが1Pで十万円の報酬が手に入れられる。私だったら今の二匹を倒したところで60万を貰えるわけだ」


 川蝉の年齢を考えれば破格の報酬と言わざるを得ない。60万などそう簡単に手に入る金額ではなかった。


 驚愕と恐怖ばかりだったメンバーの顔色が変わる。七瀬と日吉も当然このために来たのだ。


 金銭の話の前に川蝉も己の肉体の変化など些細な問題だと、どうでもよくなっていた。


「さっきの雑魚で、おそらく今回はそう難しくはないダンジョンだとわかった。命の危険はあるが、油断しなければまず死ぬことはない」


 経験者である京葉の言葉には説得力があった。

 魔法師の生命力を鑑みれば、確かに簡単には死なないだろう。


「欲をかきすぎず、適度に稼いでさっさと帰るのが一番。それが生き残るコツだ。我々も頃合いを見て離脱しよう」


 初心者に安心感を与えてくれて、京葉は前を向く。


「よし、では奥に進むぞ」

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