海底神殿⑯

「どういうことか、説明してもらおう」


 川蝉が刀をアマノに向ける。この密室空間、そうそう逃げることはできない。ならば武器を出している川蝉の方が圧倒的に有利だった。


 そんな風に追いつめられているにも関わらず、アマノにはどこか余裕があった。相手が人間だから殺されないとでも思っているのか。


「説明したら逃がしてもらえますかね?」

「その内容しだいだ」

「なるほど。それもそうだ」


 飄々とした態度でアマノは納得する。とても糾弾されている者の態度ではない。


「しかし川蝉君、あんまり驚いてないみたいですね」

「……最初から人間の仕業ではないのかと疑っていた。それが的中したからな」


 本来人間の脳と魔眼を求めるモンスターがターミナルを襲う不可解、それに加えてギングと戦闘までしてダンジョンの深部へと向かった。


 これらを鑑みればモンスターより魔法師の方が犯人だと予測する方が合理的なのだ。


「新人相手とは言え、やはり難しいんですよねこの作業」

「作業……誰に頼まれた?」

「本部の人ですよ。黒業さんとか、あのクラスの人がいる場所です」


 本部、つまり魔法師を雇った側と言うことだ。


「何故アンタがそんなことを?」

「お金です。ダンジョンに来る人は大抵そうでしょ? 一部例外もいますが」


 どうやらこちらを破滅させるのが趣味とかそう言うタイプではなさそうである。あくまで仕事だからと言うことだ。


 最悪の状況より幾分かはマシである。少なくとも話は通じそうだ。


「僕は本部の人からの指示で普通の魔法師がやらない仕事を任されているんです。正式名称はないですが、とか知っている人は呼んでいますね」

「普通の魔法師がやらない仕事?」

「まあ汚れ仕事とかそう言う感じです。例えばワンドを持ち出し街で魔法を使う馬鹿を処分したり、あるいは――」


 そこでアマノは手をすっと下げる。


 川蝉は警戒するが、アマノの両手はジャケットのポケットに突っ込まれるだけでそれ以上はなかった。


「――ターミナルを破壊して、チキンな魔法師がダンジョンから逃亡するのを阻止したり。その他いろいろですわ」


 これでアマノの目的が判明した。

 ようはダンジョンを攻略するまでここに来た魔法師を閉じこめるつもりである。


「なるほど、それで今回はその後者の仕事をしているわけか」

「そう言うことです。上の方の人達、新宿封鎖がかなりトラウマになっているようで、その再来を何としても防ぎたいみたいですよ」


 他人事のような態度でアマノは淡々と語る。自分以外の不幸など心底どうでもいいのだ。その良心に欠けた部分が、あるいは暗部として適正があったのかもしれない。


「……一つ聞きたい、組織がダンジョンから予めターミナルを除去すればいい話なのではないか?」

「面白いこといいますね。言っておきますが、ダンジョンについてこちらからコントロールするのは不可能ですよ。この空間そのものが謎に満ちたブラックボックス。ほとんど何もわかっていないのが実状ですから」

「よくそれでここまでやってこられたな」

「だからこそ上の人達は恐がっているんですよ、


 未知なる危険、そのリスクも踏まえて魔法師の報酬は高額なのだろう。


 これでアマノの目的はわかった。

 川蝉は刀の先端をアマノの首に向ける。


「そっちの話はだいたい理解した。俺からの要求は一つ、ターミナルを壊すのを止めて欲しい」

「断れば?」

「殺すとまで言わないが、予備も含めてグローブとワンドは破壊させてもらう」

「まあ、そうなりますよね」


 どうでもよさそうに首を下に向けるアマノ。

 床を虚ろに眺める。


「でもこっちも仕事なんで」

「!?」


 唐突に動いた。


 アマノのジャケットのポケットから種のようなものが投げられる。


 種が驚異的なスピードで。根はいくつも枝分かれして拡大する。


 視界が塞がれるほど広がった根は、躊躇なく機械的に川蝉を襲ってきた。


 ――こいつがターミナルに付けられた傷の正体か。


 だが構えていた分、川蝉も対応は早かった。瞬時に刀のトリガーを引いて、魔法を発動させる。


 前方に不可視の鎌鼬を生み出した。餓狼のごとく風刃は膨張する根を縦横無尽に斬り刻んでいく。


 だがその攻撃の合間を縫って、アマノは低い姿勢で駆け、ターミナルから抜けていった。


 慣れた動作だ。こう言った状況も珍しくないのかもしれない。


 外に出れば、当然に七瀬がいる。


 出会い頭の一撃は確実に戦闘中であるアマノの方が早い。


 七瀬がそれを即座に対応できるとは思えなかった。ましてや人間相手、彼女なら魔法を躊躇うだろう。


「くっ!」


 川蝉もすぐさまアマノの後を追い、ターミナルを出た。


 悪い想定通り、アマノは七瀬に魔力の詰まった種を投げようとポケットを漁る。


 だがその動作を終える前に川蝉はトリガーを引いて、小型のトルネードを放った。


 刀から撃たれたトルネードは、圧縮された風刃によってアマノの右肩を貫通させた。それにより肩には貫通された穴が開き、腕が落ちる。


 どのような魔法であれ、基本はグローブとワンドによるもの。故に右腕さえ破壊してしまえば戦闘不能も同然なのだ。


 トルネードを直撃されたアマノはバランスを崩し、地面に顔面から飛び込む。

 そして次の瞬間、


「!?」


 アマノだった物体は完全に人の形を模しただけの樹木の根になってしまう。


 ――どういうことだ!?


 人間を攻撃したはずが、根を破壊している。幻影か何かを攻撃してしまったのかもしれない。


 まだ本体がどこかにいると言うことか。


 川蝉はすぐさまターミナルの方を振り返った。


「おや、気付くのは早いですね」


 そこにはまたアマノがいた。


 ――そうか。


 こういう体験は以前にもしていた。蝦蟇仙人の時である。


「俺が攻撃していたのはか」

「ご名答。一度でそこまで見抜くとはさすがです。黒業さんのお気に入りと言うのも納得しますよ」


 蝦蟇仙人も油を使い、老人の分身を創っていた。それを攻撃したが故に、川蝉は蝦蟇仙人に殺されかけたのだ。簡単に忘れるわけがない。


 あの分身、おそらく最初に根を仕掛けられ、視界が奪われた時に創ったのだろう。本体の方は変化の魔法でまた柱にでもなっていたのだ。

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