海底神殿⑰

 これで敵の特性は判明した。


 アマノは相も変わらず飄々とした様子で口を開く。


「僕がこの仕事を任されるのも、この能力のせいでね。一人でダンジョン内にあるターミナルを全部破壊するのは物理的に不可能」

「だから分身を使って手分けして破壊すると言うわけか」

「そう言うことです」


 アマノはそこから言葉を続ける。


「どうでしょう。お互いここで消耗しても仕方ありませんし見逃してもらえませんかね?」

「断る。ターミナルをこれ以上壊されては困るからな」

「それは――」


 アマノの右手を納めているポケットが動いた。


「残念です」


 種が再び投げられる。


 そこから野太い根が飛び出した。根は炎のごとくに広がり、弾丸のように螺旋を描いて突き進んでくる。


 一閃、川蝉は刀を斜めに振り下ろしそれらを断ち切った。刀に纏った魔の風が、刀身を疑似的に伸ばして斬撃範囲を大きくした。


 だが一つ目の根を破っても、さらに次なる根が襲いかかってくる。あの種を次々に出されては、こうなってしまうのも仕方がない。


 ――これではこちらが押し負けるな。


 だが川蝉に焦りはなかった。


 これくらい今まで死に物狂いで戦ってきたモンスター達に比べれば軽いものである。


 刀のトリガーを引き、風を創出する。


 特大の嵐を撃ち放った。渦巻く刃の乱気流が、その軌道上にある物質全てを切り裂き巻き込んでいく。


 久々に放つ鬼神の風撃。過剰な威力と激しい魔力消費のため控えていたが、こう言った持久戦では役に立つものだ。


 複数の種と根をまとめて薙ぎ払ってアマノの本体まで到達する。


「うぉっと!!」


 アマノが左方にステップして、直撃を避けようとする。


 根によって視界が悪かったことに加え、アマノがその異常に寸前で気付いたおかげか致命傷は与えられなかった。


 だがそれでも左腕をまるまる一本、嵐が飲み込む。ミキサーにかけられたようにそれは液状になって、血肉が辺りに飛び散った。


「この距離では僕の方が不利ですか……」


 アマノは苦笑いをして、こめかみから汗を垂らす。初めてこの男が感情のようなものを見せた。その中でアマノの左腕が再生していく。


 この空気で押し切ろうと川蝉はトリガーに指をかける。


「っ……!?」


 まるで時が止まったかのように、戦っていた二人の男は同時に動きを止める。


 脳内にノイズが叩き込まれるかのごとくを感じた。


 アマノも同じものを察したのか、その注意が川蝉から完全に外れる。


 敵意と悪意と殺意が混ぜられ生み出されるプレッシャー。


 地獄の底から沸いてきたような、どす黒い魔力が嫌でも内部に染み込んできた。

 その不快を体言した強大な魔力が歩いてくる。


 気が付けば、川蝉もアマノもすっかり互いに戦意を向けるのを止めていた。

 そのおそれの発生源に川蝉は視線を向ける。


 


 霞んだ白濁色の肌で人型。中肉中背といった成人男性程度の体。しかし頭部が丸ごとなく、さらに左腕もなかった。


 妖怪か、幽霊かと見間違える奇妙さ。


 存在するのは異様に太い右腕のみである。丸太のように太いそれは、しかも足の甲に触れそうなほど長かった。


 その背中にはその背丈を超す野太い大剣が背負われている。


 モンスターは背中に手を回し、大剣の持ち手を握ってそれを抜く。


 砂煙が舞い上がる。たったそれだけの動作で、距離があるにも関わらず、髪を乱すほどの風圧を巻き起こしていた。


 いったいどれほどの重量なのか。想像するのも嫌になる。

 新たな強個体モンスターの乱入。場の空気はすでにそれによって支配されていた。


 直感的に危険だと川蝉はこれまでの経験から察していた。


 アマノがゴクリと唾を飲んで口を開く。


「一時休戦、と言うことでよろしいですかね?」

「……そうだな」


 身内で争っていたのがバカバカしく感じられる。互いのワンドを壊し合うなど子供の遊びだ。


 命も尊厳も信念もなく、そして躊躇もなければ愉悦と本能だけで殺戮を行う異形の生物。


 死へ直結する脅威の前に生きると言う目的以外は全て後回しされるのだった。

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