海底神殿⑱
川蝉は刀のトリガーを引き、風刃を噴出させる。切り裂く風が虚空を疾走した。
するとモンスターは持っていた大剣を前方に掲げる。
「!?」
何をするのかと思ったら、何もしなかった。
しかし風刃はその存在ごと消えた。まるでお湯に溶ける砂糖のように、消失したのだ。
――あれは……。
だが川蝉には確かに見えた。一定の距離まで近づいた風の魔法が大剣によって吸い取られる瞬間を。
今度はアマノが種を前方に投げ出した。根がいくつにも別れ、龍のようにうねり、そしてモンスターを飲み込もうとする。
大剣が軽く横にそよぐ。
根は自らその身を捧げるように、驚異的なスピードで大剣に吸収されていった。
アマノの攻撃中に、川蝉はタブレットを操作する。敵の情報があれば知りたかった。
「…………何?」
けれどそこにあったのはないと言う事実だった。
川蝉は隣にいたアマノにその画面を晒す。
「こんなことってあるのか?」
その画面をアマノは凝視する。
「……僕はそこそこ魔法師長いですが、そんな画面初めて見ました」
アマノは細めた瞼でそう言った。嘘ではないのだろう。そうだとすれば明らかにイレギュラーとしか言いようのないモンスターだ。
根の魔法すら吸収したunknownが不意に右足で強く地面を踏んだ。
そして飛ぶ。
空中を駆けるunknown。
川蝉が風刃を放ち、七瀬が水を飛ばし、アマノが根を噴射させる。回避不能の空中で撃ち落とそうと三種の魔法がなだれ込ませた。
けれどそれすらも
「来るぞ」
七瀬を後ろに下がらせ、川蝉は刀のトリガーを押す。風の魔力を己の脚部に纏わせた。
滑空状態から川蝉に向かって大剣が振り下ろされた。大降りだったこともあり、風の魔力で上昇した機動力によって避けられた。
だがその威力は尋常ではなく、石畳の床が砕けた。殺人的な運動エネルギーを得た破片の岩石が四方に飛び散っていく。
その大剣は斬ると言うよりは打撃に特化した鈍器のような代物であった。
視界が瓦礫で防がれる。
unknownはそれもお構いなく着地した瞬間には、さらにその地面を蹴って加速。
狙いは七瀬だった。
七瀬は怯えた表情をしながらも水のシールドを創出し、防衛行動を素早く取った。
「くっ!」
川蝉は散る瓦礫から己を守る魔法を解除して、新たにトリガーを引く。
七瀬の行動としてはセオリー通りで正しい。しかし今はそれが効く相手ではないのだ。
振りかぶられた大剣が放たれる。水のシールドが一瞬で吸収され消えた。
完全に無防備になった七瀬が大剣の下に晒される。
大剣がその斬線上にあるものを全て叩き潰していった。
「っ!!」
七瀬が両手で顔を守るように抑える。だが大剣が彼女の血に染まることはなかった。
風の魔法が七瀬の体を右にスライドさせる。紙一重のタイミングで間に合ってくれた。
川蝉はそのまま七瀬を自分の方に風で引き寄せた。
「透さん、すみません!」
「いや、いい。こっちもわかったことがある」
七瀬にかけた風の魔法を大剣は吸収しなかった。あの大剣には何かしら吸収の基準があるのだ。
おそらく一定以上の威力がある魔法のみ反応するタイプ。それは蝦蟇仙人のオートガードも似た論理で展開されていた。
――だったら……。
打つ手はある。問題はその隙を作れるか、と言う話だが。
それどその思惑も外れる。
unknownの次なる狙いは川蝉に定められていた。瞳がなくとも、その足の位置と殺気立つオーラで理解できてしまう。
その七瀬をさらに下げ、川蝉は刀のトリガーを引いた。
爆発的な跳躍でunknownは大剣を担ぎつつ、川蝉に迫ってくる。
圧巻の鈍器である大剣を真横に一閃。とかく避けることに集中していた川蝉は姿勢を限界まで低くしてそれをやり過ごした。
身長が高い方でなくてよかったとこれほど思ったことはない。あとわずか違えば脳味噌が砕かれていた。
それで終わりではなかった。unknownは大剣の軌道をその筋力を以て無理矢理反転させる。
ほぼノータイムで今度は斜めから大剣が下ろされた。
反撃に転じようとしていた川蝉は即座に回避行動に入った。
大剣であるにも関わらず、その敏捷性は川蝉の刀を遙かに上回っていた。まるでナイフでも扱うかのような軽やかさだ。
とにかくこの距離から一撃でも喰らえば必ず隙を生み出してしまう。そうなれば二撃目はどうにもできない。
怒濤の連撃を川蝉は風で己の体を宙に押し上げて空振らせる。受け止めるのは大剣の性質上不可能であり、絶対に避けるしかないのだ。
だが宙に逃げたのは致命的なミスだった。
――やってしまった……。
さらに強引に軌道を180度反転させた大剣が川蝉に向かってくる。
避けきった慢心がその対応を遅らせてしまった。
「ちっ!!」
直撃は免れない。
大剣の鈍い煌めきが振り上げられる。
「!?」
突如、大地から樹木の根がせり上がってきた。
土色をしたそれらはunknownの体に巻き付き包み込んでいく。
そして根によって創り出された楕円の繭が出来上がる。
完全に飲まれたモンスターはもはや根と同化し姿がまるで見えなくなってしまった。
「何とか間に合いましたね」
それを成したアマノが繭の影から顔を出す。どうやらこちらが攻防している時に、種を仕掛けていたようだ。
「すいませんね、囮に使わせていただいてしまって」
「別にいい。倒せればそれで構わない」
本音を言えば川蝉としてはポイントのため自らの手で倒したかったが、死ぬよりはマシである。
――ポイントか、結局コイツは何だったんだ?
再びタブレットを取り出して調べるが、やはりunknownのままで情報は一切なかった。倒したにも関わらず得られるポイントもわからずじまいである。
アマノはさりげなく立ち去ろうと一歩踏み出した。
そして川蝉と視線を合わせる。
「さてこれで僕は――ぁっ!!」
根が当然に質量を失い収縮し始めた。
繭の内部に吸収される根の魔法。
そこから現れるは当然にunknownである。
拘束し戦闘力を奪ったと思ってすぐの出来事。油断による気の緩み、それが判断を鈍らせる。
大剣が縦に一閃、地に向かって落ちた。鈍器と化した重撃がアマノの体を削ぎ落とす。
「ぁぐっ!!」
頭部右半分を抉り取られ、さらに大剣はその肩を通過する。頭蓋が割れ、脳が散布された。痛恨の打撃によって肩も潰され、その大剣による勢いに引っ張られ、アマノは地に顔面から突っ込む。
そのunknownは大剣を上げて、こちらに向き直ろうとするところだった。
「悪いな」
だがすでに、川蝉の刀がunknownの腹部を貫いていた。
復活した位置がよかった。アマノに集中しているモンスターは恰好の的である。
正直アマノから狙われて助かった。順番が逆であれば地に伏せていたのは間違いなく川蝉の方だったろう。
そして刀に備わったトリガーを引く。ゼロ距離魔法なら吸収もできまい。
圧縮された嵐がunknownの体内で巻き起こった。皮膚の中に詰め込まれた臓器や筋肉、骨に神経まで無差別に地獄へ送り届ける。
あらゆる穴から血を吹き出し、unknownは倒れた。
念のため、背中からunknownの胸を裂いてコアを確認する。コアはしっかり割れていた。
これで復活はないはずである。
だが何か違和感があった。
大切な何かが心の奥底で引っかかる。
「…………」
「透さん?」
「いや何でもない」
杞憂だろうと思い、不思議そうにする七瀬にはそう応えた。
そして地面でペシャンコにされていたアマノが再生して立ち上がってくる。
後頭部を触りながらため息を吐いた。
「全く、痛い目に遭いましたよ」
「コアをちゃんと壊さなかったせいだろう。おかげでこっちも冷や冷やしたぞ」
「コアを壊さなかった? そんな馬鹿な……」
「違うのか?」
復活したのはコアを壊さなかった以外にありえない。にも関わらずアマノは納得いかない様子で首を傾げ、考えるように自分の顎を撫でた。
だが思考してもわからなかったのだろう。顔を上げて口を開いた。
「いえ、すみません。復活した事実がある以上、僕の不手際だったのでしょう。謝罪しますよ」
「別にそんなものはいらん。それよりも……」
そこで川蝉は言葉を止めた。
信じられない事態が起きていた。
七瀬が「そんな……」と表情から血の気が引いていく。
アマノは頬の筋肉を痙攣させ不可解さを露わにしていた。
それに川蝉も混乱を隠せなかった。額に汗が滲んでくる。
「アマノ、一つ聞いていいか?」
「はい」
「アンタ、結構魔法師をやって長いんだよな」
「三年はやってますからね。魔法師ではかなり長い方だと思いますよ」
「それで、これはよくあることなのか?」
川蝉は目の前で起きている異常に刀を構え応戦しようとする。
「いいえ、僕も初めてみました」
アマノもまた緩んだ気を引き締め、ポケットに手を突っ込む。そこに少し前まであった余裕はすっかり消えていた。
大剣が鈍い光を反射させ、動く。
終わらない悪夢が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます