海底神殿⑲

 アンペラーを倒した島田は伊佐木と共に奥の階層へと進んでいた。


 階段を上がった第二層、だが今のところは大きな変化はない。

 ただ気になることもあった。


「モンスターの数が減っているな」

「そうね、まともに遭ったのはトータス五匹くらいかしら」


 伊佐木も同調してくれる。一階では定期的にトータスがいたものだが、ここでは滅多に見かけることはなかった。


 長い通路を歩き続ける。延々に石畳と石柱が並ぶ風景が流れていく。


 やはり先にモンスターのいる様子はなかった。

 伊佐木が間を埋めるために口火を切る。


「前のダンジョンの時はどうだったの?」

「そうだな……」


 青結晶の洞窟、その第二階層を思い出す。


「そういえば後半は雑魚モンスターの数は少なかったかもしれない。確か八雲さんがその階にいたモンスターを根刮ぎ狩っていたせいだけど」

「なら今回もそうなんじゃない?」

「かもな。ただ前回は『ボスの間』ってのに肝心のボスがいなかったって原因もあったみたいだったから」


 そこまで話すと伊佐木が頭に「?」を浮かべた。


「『ボスの間』って何?」

「正式名称じゃないらしいけど、ボスがいる最下層のこと。その階は大部屋が一つあるだけで他のルートはなくボスだけがいるんだと」

「何か言い方が曖昧だけど、アンタも前回はボスを倒すのに協力したんでしょ?」

「ああ。でもあの時はボスが最下層から抜け出していたから『ボスの間』ってのは見てないんだ」


 蝦蟇仙人とは運悪く心構えがまるでない状態で出逢ってしまった。

 おかげで島田のチームは壊滅したのだ。嫌な思い出である。


 今回も同じようになるわけにはいかない。そのためにはまず、他の仲間と合流する必要がある。


 ――だけどこれだけモンスターが少ないってことは、誰かが暴れ回っているおかげかもしれない。


 川蝉も八雲も、その強さは島田が誰よりも知っていた。彼らが死んでいるわけがない。ならば可能性としては十分にあるだろう。


 相変わらずターミナルは荒らされて使えないままだった。他のチームならルートも違っているはずなのでまだ残っているターミナルを知っているかもしれない。


 俄然希望が沸いてきた。


「ん……」


 通路の途中、ターミナルを象徴する蛍光レッドの光を発見した。

 どのみち通る道にあるので、確認に行く。万が一、使える可能性もあるのだ。


「あれが使えたらいいな」

「どっちが使うの?」

「まずはお前が使え。俺は川蝉達と合流して別のターミナルを探すから。伊佐木じゃ、まだ他のメンバーと仲良くないだろ」

「……まあ、そうね。ならお言葉に甘えさせてもらうわ」


 トランスポーターではまだ尖っていた伊佐木を思うと、他の仲間との行動で浮いてしまうのは明白。何より七瀬以外の魔法師でコミュニケーション能力に長けた人物が思いつかなかった。


 やはり島田が残るのが一番だろう。

 伊佐木が不意に島田の腕をグイッと引っ張ってくる。


「その代わり、絶対にアンタも帰ってきなさいよね。でなけりゃ地獄まで呪うから」

「地獄までって……執念深すぎだろ」

「わかった?」

「はいはい」


 島田は思わず苦笑いしてしまう。お節介と言うか何というか。


 ――お人好しはどっちだっての。


 伊佐木も大概他人のことは言えていない気がした。


 だが良好な雰囲気もそこで終わる。

 ターミナルの床に、例の傷跡がちらりと見えたからだ。


 ――今回もやっぱ駄目か?


 そう思ってターミナルに近寄った。


 瞬間、

 すると横っ腹が急に熱くなる。


「……えっ?」


 その部分にワインの口ほどの穴が出来ていた。そこからドバドバと血が漏れ出す。

 自覚すると痛みが遅れてやってきた。


「ちょっと、どうしたって言うの!?」


 伊佐木が島田のそれを見て動揺の悲鳴をあげる。


 薄汚れた白の手がターミナルから見えた。それは明らかにこちらを狙っている。


「伊佐木、壁際だ!」


 島田は貫かれた腹を抑えながら、伊佐木の方にある壁に飛び込む。


 キュイン――と、瞬間、赤い熱線が走った。


 そのレーザーのような攻撃は、石の壁を溶解させ石柱を真っ二つにする。その熱線は障害物を排除してもなお、どこまでも直進していった。


 ターミナルの入り口から死角になる場所に逃げたおかげで何とかそれをやり過ごせる。


 そして


 白い足がターミナルから踏み出される。平均的な成人男性の体格をした人型が、白濁色の肌をして現れた。臀部からは爬虫類の尻尾のようなものが生えており、地面に引きずられている。


 何より目を奪われるのはその頭だった。


 。首から上にあるべきものが何もなかった。


 欠けている要素がもう一つある。


 右腕がないのだ。肩の付け根から先が空白で終わってしまっている。

 代わりにある左腕は丸太のように太く、足の指に届きそうなほど長かった。


 出現すると、途端に胃に冷たい物を落とされたような不快なプレッシャーを与えられる。


 発する魔力の量が尋常ではなかった。アンペラーより遙かに上位の質である。


「クソッ、新手か!」


 緊張感が足りていなかった。


 再生した腹部の穴から手を退かせ、島田は両手を胸の前に出し構える。鉄の魔法によって生まれている黒い体に、アルター機能によって強化された白い籠手が島田の心臓を守った。


 伊佐木もワンドをモンスターに向ける。


「……タブレットであいつの情報見たら、unknown正体不明としか表示されないんだけど」

「どういうことだ、そういう名前なのか?」

「違うと思う」


 つまり情報はゼロと言うことである。いつも通りと言えばそうなのだが、名前すらないのは初めてだ。


 ――クソッ、どういうことだ!?


 だがそれについてこれ以上追求している時間はなさそうである。


「やるのよね?」

「ああ、あのレーザーの射程からはどうやっても逃げらんねえ。倒して進むしかない」


 長い一本道が災いした。


 すでに島田達は敵の手の中にあるのだ。ならばそれを突き破るしか脱出方法はない。


 海底神殿の

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