海底神殿⑳
unknownの左手が突き出される。赤い光源と化した魔力が球体状に収束されていく。
島田は地面を強く踏み込み、駆けだした。強化された肉体でunknownに向かって加速する。
鉄の魔法の防御力は高い。だがそれでもあのレーザー攻撃の前では無力だった。
絶対に受けてはならない狙撃である。
そして赤が放たれた。白濁色な掌から赤い熱線が放射される。その標準は迫る島田に向けられていた。
島田は進行方向を左にズラし、さらに加速。研ぎ澄まされた感覚で、熱線をスライディングで掻い潜る。だが外れたレーザーはそれでも諦めず島田を追尾してきた。
島田の駆け抜けた軌道を熱線がなぞる。それから逃げるのに精一杯で、気が付けば島田はunknownを通り過ぎていた。
だがそれでよかった。
「伊佐木ぃ!」
「わかってるわよ!」
これで通路の前後から挟み撃ちの形になる。島田に集中しているunknownは伊佐木から見れば恰好の獲物であるのだ。
命がけの囮は功をそうした。
バチバチと宝石のような光が煌めく。稲妻が獅子のごとく肉を喰らいに疾った。
大地全体を覆う雷撃に逃げ場などなかった。
「…………」
だがunknownはそれを難なく避ける。尾を石の壁に突き刺し、それを支点に尾の力でその体を宙に浮かせたのだ。
「くっ!」
島田はその場で加速をストップさせた。足を地面に擦り付け、無理矢理ブレーキにした。さすがにレーザーは打ち止めとなっており、五メートルほど地面を滑りようやく止まる。
――顔がないからどこ見てんのかわからねぇ……。
島田に集中していたと思っていたが、それは思い違いだったのかもしれない。頭部がないので、誰にどこを標準に合わせているのか予測がつかなかった。
あるいは全方位見えるのか?
ともかくすぐに追撃をしなければならない。島田は反転してすぐに仲間の元に再度駆けだした。
unknownは壁に刺さった尾でその体を揺らし、さらに己の肉体を飛ばした。
狙いは伊佐木の方面である。ここに来て挟み撃ちが裏目に出た。離れた今の状況では短時間とは言え一対一で伊佐木を戦わせることになってしまう。
unknownの影が伊佐木を覆う。
「喰らいなさい!」
ワンドから新たな雷撃を繰り出した。閃光が天井めがけて昇る。空中で無防備なunknownに雷が襲いかかった。
だがそれを読んでいたように、unknownは尾で壁を押し叩く。その運動エネルギーで自身を反対側の壁へ飛ばす。
またしても雷は空を切るだけだった。
そのunknownはさらに壁を足場に、三角跳びを見せる。今度こそ伊佐木に真っ直ぐ向かっていった。
雷撃が――しかし間に合わない。
ドスリ――と、伊佐木の体が前後に揺れる。
「伊佐木ぃぃぃ!」
島田はその光景に喉が潰れるほどの雄叫びをあげた。
unknownが悠々と地に降り立つ。
一方、伊佐木の足が地から離れた。白濁色の尾が彼女の心臓を貫通し、それを持ち上げていたのだ。
伊佐木の顔から生気が失われていく。その手から対抗手段であるワンドまでもが落ちた。虚無と化した瞳はもう何も見えていないのだろう。
unknownは伊佐木の胸から流れる血を左手で取り、皮膚に塗りたくる。口がないせいで、飲むことができないためか。
その血が皮膚に吸収されていく。あれが奴にとっての食事方法なのだ。
島田は駆けたところからさらに踏み込み跳躍する。勢い余って天井に頭を擦るが、それも構わず伊佐木のところへ直進。
unknownの掌がこちらを捉える。
赤い閃光が撃ち放たれた。
「ドラァ!」
島田はその拳で天井を力一杯殴り付けた。その反動がのし掛かり、島田を垂直に落下させ光線を空かせた。
さらに着地と同時に地面を足がめり込む程の力で踏み、前方へ飛ぶ。
「喰らえ!」
その勢いを利用し、unknownに拳を突き出す。その胸の中心に正拳が激突した。拳は深くまで入り込み、unknownを突き飛ばす。
unknownは床に何度もバウンドして転がっていった。解放された伊佐木は宙に投げ出される。島田はそれを大事に受け止めた。
「大丈夫か!?」
呼びかけても返事はない。だが心臓の傷は確実に再生されていくのが見える。
どうにか一安心だった。
伊佐木をゆっくり下ろして、unknownの方へ向き直る。
渾身の一撃を心臓近くに叩き込んだ。コアごと壊れているに決まっている。
はずだった。
「……嘘だろ」
unknownは地面からすっと立ち上がる。白濁色の肉体を完治させ、何事もなかったかのようだった。
――クソッ、コアを破壊したと思ったが、甘かった。
今の気絶してる伊佐木に奴を近づけるわけにはいかない。
「何度でもやってやらぁ!」
島田は腰を落とし、地面を蹴った。unknownの元へ駆けていく。unknownは左腕をだらりと垂らして、それを待ちかまえていた。
その隙だらけである敵の胸に島田は拳で抉り込みをしかける。今度こそコアを破壊してやるつもりだった。
「!?」
unknownの体がゆらりと左に揺れる。島田の拳が胸の中心を外れた位置を叩いてしまった。
さらに臀部から生える尻尾が、死角からやってくる。それは島田の右腕に巻き付いた。
凄まじい圧力が加えられる。鉄の魔法でなければ骨ごと握り潰されてもおかしくはない。
「このっ……」
島田は無理矢理右腕を尾から離そうと引っ張る。
キュイン――透き通った音が木霊する。
熱線が島田の右肩を貫いていた。
筋肉を貫かれ、右腕の力が一気にゼロになってしまう。
さらに真紅のレーザーは移動して島田の首を狙おうと軌道を通る。
「さ……せる……かよ!」
島田も残った左手で、相手の左手首を掴んだ。その力でレーザーの侵攻を阻止する。
――クソッ、力が……。
だが島田の必死の抵抗も虚しく、体から血が流れる量に比例して出力するパワーも減っていく。
再生する速度より、傷つけられるダメージの方が大きいのだ。このままでは間違いなく押し切られる。
――どうにか、どうにかしねえと……。
そう思っても、気持ちとは裏腹に体からはどんどん力が抜けていく。
unknownの左掌が再び動きだした。だんだんとそれを抑える島田の抵抗を退けていく。
「うぁ……」
右肩に血で染め上げられたラインが出来上がっていく。
痛みと失血で、意識が朦朧としてきた。
――こ……んな……ところ……で……。
そしてついには抵抗していた左腕を下げてしまう。
島田の体は完全にunknownに支配された。その赤い魔力の放射が、脳髄に迫ってくる。
これで全てが終わった。もはや為す術はない。
後悔する気力も沸かず、ただありのままを受け入れた。
「!?」
unknownが前触れなく痙攣を始めた。ビクビクっと体が振動する。
次の瞬間、蒼が息吹を上げた。
それは瞬時に燃え盛り、unknownを覆っていく。蒼炎に焼かれるunknownは、苦しそうに背中を反らせ身悶える。
そのせいか、島田の体は突き放され後頭部から地面にぶつかった。
傷が再生していき、意識も回復していく。
混乱の状況で、島田は蒼炎をハッキリと視認した。
「何なんだよって、あれは……」
それには確かに見覚えがあった。
忘れもしない。あの地獄の業火のような蒼い熱は――
「間に合ったみたいね」
刃を施されたワイヤーが剣の柄に戻っていく。
「貴方も運がいいわ」
流水のような透明感のある声。ふわりと長い髪がなびく。すれ違えば必ず見返してしまうほどの美貌の持ち主。
そして現時点で最強の魔法師。
蒼い炎がunknownを包み込み、処刑する。
焼けて消失するunknownの背後から、八雲美雪が見えてくるのだった。
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