海底神殿㉑
「八雲さん! 助かったぜ」
島田は壁に手を付いて立ち上がった。
八雲は冷めた瞳で腕を組む。
「それだけの傷を負って、タフなものね」
「いやまあ死にかけてましたけど。でも来てくれなかったら本当に伊佐木と一緒に死んでましたよ」
「戦闘する音が響いてきたから急いで来たのよ。それにしても……」
八雲は蒼い炎で灰にまでなったモンスターの残骸に視線を向ける。
「妙なモンスターよね。海洋生物をベースにしたこのダンジョンでは何て言うか、異質」
言われてみればそうだった。
前のダンジョンでは何かしら蛙に関連するものだった。今回も亀や蛇などモチーフになる生物はいる。
しかしこの尾が付いた白濁色の人型モンスターはいったい何なのか。
それどそれよりも島田には気にすべきことがあった。
「そうだ、伊佐木」
島田は座らせた伊佐木の方に寄っていく。
傷はすでに完治していた。これならば問題はないはずである。
「おい大丈夫かよ」
「ん……」
少し肩を揺すると、伊佐木が瞼を開いていく。
ぼーっとした眼で辺りをキョロキョロと見回す。
「あいつは?」
「八雲さんが倒してくれた」
「八雲さん? ああ」
第三者の顔を見て伊佐木にもわかったようだ。
その八雲は壁に寄りかかって腕を組んでいるだけだった。
「ごめんなさい助けられなくて」
「いいって。俺でも勝てないくらい強かったんだから。それより立てるか?」
「ええ、大丈夫よ」
伊佐木はワンドを拾って、壁を支えに立ち上がった。少しふらついていたが、大きな問題はなさそうである。
島田は焼死したモンスターを通り過ぎて八雲の方に歩く。
それに気づいた八雲が島田に対して口を開いた。
「でも貴方がやられたなんて意外ね」
「いや一回コアを壊して倒したと思ったんですけど」
「実はコアの破壊に失敗してた、なんて新人ならよくあることよ。気を付けなさい」
「肝に銘じておきますよ。それと気になることがもう一つあって」
「何よ?」
「こいつ調べてもunknownとしか表示されないみたいで具体的なデータが出ないんですよ」
「unknown?」
八雲はあからさまに訝しげな表情になる。そしてタブレットを取り出して、操作し始めた。
島田はそれを横からのぞき込む。
八雲が調べると、やはりunknownの文字が出るだけだった。存在はするが、それ以外は一切不明。姿形も名前すら登録されないのだ。
「ほら、そうでしょう。よくあることなんですか?」
「…………何よ、これ」
軽い感じで聞いた島田とは裏腹に、八雲の顔は深刻さを増していた。
「よくあるわけないでしょ、こんなの初めてよ」
ベテランであろう八雲が言うのだからそうなのだろう。
これにいったい何の意味があるのか。ただのエラーか。
だがその問題もそこまで深く考える必要はないだろう。
「まあでも倒したわけですし、問題はないでしょ」
「……それは早計ね」
八雲がひきつった笑みを浮かべてそう言った。
その目線の先に、その答えの断片が蠢く。
「ちょっと、どういうこと!?」
伊佐木が狼狽えた声を出してワンドをそれに向ける。
「はぁ?」
島田もわけがわからず、開いた口が塞がらなかった。
黒い灰の中から白濁色の皮膚が再構成されていく。足が整えられ、腰が彩られ、胴体が盛り上がる。左腕が生えると、尾も同じく臀部に生み出されていく。
蘇ったのは先程まで戦っていたunknownの姿そのものであった。膝を付いて、完全な再生を待っている様子だ。
確かにコアは壊したはずだ。直接見たわけではないが、肉体が朽ち果てる程の業火を浴びたのだ。コアだけ都合良く残るわけがない。
ならば何故再生をする?
「ふん、だから何だって言うの」
八雲が蛇腹剣をその場で空振らせた。剣の柄からワイヤーが刃と共に射出され、unknownに向かう。
それが未だに再生中のunknownの背中から胸にかけてを削ぎ取った。心臓の位置からコアである黒い直方体を器用に奪い取る。
すると命を失った白濁色の肉体が崩れて落ちる。
八雲はコアを空に放り投げた。そして剣でそれを一刀両断する。
今度こそ撃ち漏らしはない。ここで三人がコアの破壊を見たのだ。これほど決定的な証拠はないだろう。
コアが死に、地面に割れて落ちる。unknownの真の終わりが決まるのだった。
これでようやくこの件はひとまず片付く――そう思いたかった。
「おいおい、どうなってんだ……」
砕けたコアが一つの箇所に集まっていき、それが再び直方体の形となっていく。
――いや何か違う……。
よく見るとそこに違和感があった。けれどそれを確認する余裕もなく、そこからさらにunknownの肉体が再生されていった。
しかも一度目とは違い、その早さが尋常ではない。
八雲が球の形をした蒼炎を剣から吐き出す。
unknownは再生途中であるにも関わらず、動いた。地面に手を引っかけ、腕の力で肉体を前方に飛ばす。
蒼い炎球は目標を失い、壁を溶かすだけだった。
だが当たったとしてどうなる? あのコアが復活する限り死なないのだ。
「あいつ、どうやって倒すんですか!?」
「知らないわよ。コアの再生なんて私だって初めて見たんだから」
あくまで冷静を装う八雲だったが、その首筋に浮かぶ冷や汗までは隠せていなかった。
コアを破壊すればモンスターは死ぬ。ならばその命の根元たるコアが再生するとしたら?
その答えは一つ――不死の肉体を持つと言うことである。
どんな攻撃を繰り返しても永遠に再生し続けるモンスター。決して悪夢は終わらないのだ。
「取り敢えず……」
八雲がunknownの位置にある天井を見上げる。
「逃げるが一番ね」
言うが早く、八雲は蛇腹剣を解放する。
剣の柄から射出されたワイヤーが螺旋を描いていく。その中心に蒼炎が灯る。初めは小さな火だったが、数秒で通路を塞ぐほどのダイナミックな炎へと膨張していった。
そして蒼い業火の球が放たれる。通路全体を覆っていくそれはunknownに逃げ場を与えずに飲み込んでいった。さらに天井や壁、石柱までも巻き込み大崩壊を引き起こす。
炎に焼かれ瓦礫に埋もれたunknown。
だがそれでも勝利の優越感はまるでなかった。むしろあそこからですら復活する化け物への恐怖の方が強かった。
「今のうちよ」
ワイヤーを柄に収納して八雲はすぐに振り返って走り出した。この判断の早さはさすがであり、島田も伊佐木もただただ付いていくのだった。
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