海底神殿㉒
大剣を中心に紙吹雪が張り付くように、unknownの肉体が再構成されていった。砕かれたコアもビデオを逆再生するように元に戻っていく。
「全く、迷惑なことだ」
川蝉は目の前にある状況にうんざりしていた。
「ど、どうするんすか!?」
パニック状態の七瀬はあたふたと首を意味なくキョロキョロ左右に動かす。
川蝉は苦汁切った眼をしているアマノに視線をやった。
「こいつはどうやって倒せばいい? コアの再生なんて聞いていない」
「僕だって聞いていませんよ」
「……ならあのモンスターは死なないのか?」
「理論上はそうなりますね」
アマノは濁すようにそう答えた。
不死のモンスター、ただでさえ強いと言うのにいったいどうすればいいのか。
unknownはどんどん再生されていく。いつ動き出してもおかしくはなさそうであった。
川蝉は刀を敵に差し向ける。
「透さん、それでいったい何を?」
「三十六計逃げるに如かずと言う。こういう場合は――」
川蝉は柄に備え付けられたトリガーを引いた。
太い針状の空気弾を十数個射出させる。それらが再生途中のunknownの肉体やコアを貫いていった。
そして川蝉はすぐに体を反転させる。
「七瀬、逃げるぞ」
「ええ、逃げるんすか!?」
「今はそれしかない」
倒せる手段がないならば、戦っても負けるしか道はない。仮に持久戦を挑んでも、魔力の総量は圧倒的にモンスターの方が上であり勝ち目はなかった。
ならばわざわざunknownに付き合う必要はないだろう。
そもそもポイントも明確にされていないのだ。仮に倒せたとして苦労に見合ったポイントになるかもわからない。
「それがいいでしょうね」
アマノも川蝉達と同じ方向に足を踏み出す。
「あの透さん、unknownがもう……」
七瀬の言葉を受けて背後のunknownをちらりと見る。
さっきよりも再生のスピードが明らかに早くなっていた。
「急ぐぞ」
川蝉は七瀬の手を取って走り始める。
それに続いてくるアマノ。川蝉は彼に問いを投げかける。
「一つ聞いていいか?」
「何ですか」
「モンスターから完全に逃げるにはどうすればいい?」
「そうですね……」
アマノは考えるように自分の顎をなぞった。
「一番ベタなのは上位の階層に行くことでしょう。モンスターは階層ごとに縄張りがあるみたいで、それを冒してまで追ってくることは
彼らにとって人間は食料も同じ。ならば
あとはターミナルがあれば問答無用で脱出できるが、川蝉はそれを行うわけにはいかなかった。
ここのボスを倒さなければ、妹の治療費を肩代わりする黒業の契約に背くことになる。川蝉自身が助かっても、妹が助からなければ意味はない。
あれば七瀬だけでも入れてやろうと思うくらいである。アマノに壊されていなければの話だが。
そして今の状況を全て解決する最高の手段を川蝉は知っていた。
――ボスを倒すか。
それさえ成し遂げればこのダンジョンは消滅する。川蝉の目的にも合致する最も良い方法だろう。
目的地は決まった。ボスの間である。
つまりとにかく最奥の階層に進めばいいだけである。
「七瀬、階段を探そう」
「わかったっす」
七瀬が希望が見えたのかさっきよりは明るい声で返事をしてくれた。
その時、背中にまとわりつくような寒気を感じた。規格外の魔力が肺に染み込んで、息苦しくなる。
「もう、か」
振り返らなくてもよくわかった。
ドスドスドス――と、大股で走る足音が後ろから響いてくる。大剣のせいで重量が極端に上がってしまっているのだろう、一歩一歩が床を砕くような音だった。
決して速いスピードではないが、どこまでも追いかけてくるような嫌な気配があった。
振り切ることは難しそうである。
さらに前には分かれ道が見えてしまった。真っ直ぐか、右に曲がる道か。
――ここで分岐か……。
間違えれば面倒は避けられない。外してはならないニ択が迫ってくる。
「どうするっすか?」
「……真っ直ぐだ」
どちらかわからないのであれば、カーブして速度を落とす選択をわざわざ選ぶ必要はない。
「なら僕は右を行きますね」
ルートの分岐に差し掛かると。アマノは軽い足取りで川蝉達とは別方向へ行ってしまった。
何というか晴れ晴れとした口調だった。まるで型の荷が降りたような。
――嫌な予感がする。
ここで運がよければunknownがアマノを追って曲がってくれるところであるが。
「…………」
全くそんなことはなかった。
足音は止まらない。
unknownは迷いなく川蝉達の軌道を辿ってきた。
――やられたか……。
アマノに体よく利用された。二人と一人のルート、モンスターが食料の多い方を追ってくるのは当然と言える。
わかっていてアマノは川蝉達と別のルートを行ったのだ。
だが泣き言も言っていられない。
とにかくこの追走を逃れなければならないのだ。
川蝉はトリガーを引き、風の魔法を引き出す。
「少し急ごう」
「え? って、うわぁ!!」
風で己と七瀬の体を浮かす。
そして摩擦の極めて少ない空中を風力で滑り移動するのだった。
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