海底神殿㉓

 真紅の光が飛び交う。


 壁が焼けただれ、石柱が落ちる。破滅の光が迷宮内を無差別に蹂躙していた。

 天災の轟音が神殿内に木霊する。


「ああ、クソッ!」


 背後で繰り広げられているそれを、島田は焦燥の思いで聞いていた。


 unknownの復活は予想外に早く、遠距離から無作為に熱線を乱射してくる。


 今はまだ距離もあり、丁字路などをうまく使えば問題はないが、それもいつまで続くかわからない状況である。


 逃げたはいいが、いったいどこまで逃避すればいいのやら。


 通路を走っていく内に吹き抜けに出た。そこから三つのルートが左右に分かれて並ぶ。


 どこを行くか、先頭を走っていた八雲も足を止めてしまった。


 ここでの選択は重要になる。間違えて行き止まりの道を選んでしまえば最悪の事態になることは間違いないだろう。


「ねえ、あそこの先に階段がある!」


 伊佐木が左側のルートを指さしてそう言った。

 わかりにくいが、確かにわずかに階段の影が見える。


「よくやったわ伊佐木さん、そっちに行きましょう」


 すぐに八雲がそのルートに走り出した。それに島田と伊佐木も続いていく。


 吹き抜けを出ると、すぐにまた破壊の進撃が轟いてきた。もうかなり近い位置にいるということだ。願わくばこちらとは違うルートを行ってくれると嬉しいのだが。


 上へ続く階段にはすぐにたどり着いた。


 それを全速力で駆け上がり、奥の階層へ足を踏み入れる。

 昇りきった先は、今までとは様子の違う景色がそこにはあった。


「ここは……」


 島田はその光景に唖然とした。


 だだっ広い空間、大部屋のただ一つで構成され、それ以上先に進むルートは一切ない。


 それ以上に雰囲気がまるで別物だった。


 炎を灯した燭台が等間隔で並べられ、柱も左右に整えられた置き方をされている。


 さらには壁には象形文字のようなものと、簡易的な絵が掘られており、オカルティックな空間を醸していた。昔歴史の資料集で見たエジプトの壁画に近いものを感じる。


 そして部屋の一番奥には祭壇のようなものがあり、そこには金色のグラスに宝石などの装飾品が添えられている。


 何より眼を惹くのが祭壇に置かれたグラスなどの中心にある

 眼を見開いた鰐の頭を神聖なものとして飾るように祭壇はあるように思える。


「いったい何なんだ、この部屋……」


 あまりに異質な空間に島田は戸惑いを隠せなかった。少なくとも青結晶のダンジョンでは決して見なかった光景である。


「ここは最奥の階層。私達が勝手に『ボスの間』って呼んでいる場所よ」

「ああ、噂に聞いてたやつですか……」


 前のボスである蝦蟇仙人は『ボスの間』から出てしまっていたので、島田は見ていないのだ。あのダンジョンにも、こう言った神聖な雰囲気の大部屋があったのかもしれない。


 八雲は言葉を続ける。


「ここが終着点であり、これより先に続く道はないの。それで――」


 八雲は鋭い眼つきで周囲を見渡す。


「ボスがいるはずなんだけど……」


 だが何もないのは明らかだった。そもそも蝦蟇仙人級のモンスターがいれば、その魔力の圧だけで絶対にわかる。


 そこらのモンスターとは格が違うのだ。


 だが大部屋にはボスどころかネズミの一匹だっていない。ただ祭壇に変な鰐の頭が飾られているにすぎないのだ。


「でもここってヤバくないですか? 袋小路ってんならunknownが来ると逃げ場ないですし」

「安心なさい。モンスターは階層ごとに縄張りを作っているから、階段を昇ってまで追いかけてくることはないわ。あいつら領分を守ることに関しては律儀なのよ」


 他の領分に入った獲物はきちんと譲る社会性。その辺は動物的な習性と言うわけだ。


 それがなければ共食いなどの仲間割れになる可能性もあるのだから当然と言えるかもしれない。


「それなら安心ですね」

「そうよ。それにね、ボスの間に通常のモンスターが入ってくるなんてあり得ない。過去に一度もそんな事例を聞いたことはな――」


 キュオン――と、熱線が放たれる音で八雲の言葉が遮られる。天井を溶解させ、超高熱で赤くなった線が出来上がった。


 ドス、ドス、ドス――魔物の階段を昇る足音がやってくる。


 心臓がバクバクと破裂しそうなほど高鳴った。考え得る限りの最悪。


 不死の化け物と袋小路での遭遇。


 首と右腕をなくした白濁色の肉体が、階段を上がり闊歩してきた。尾を臀部から垂らし、躊躇なくダンジョンの支配者の領域へ踏み込む。


 縄張りもボスの間も関係ないとばかりに、神聖なる場に踏み込むunknownだった。


「あの、これって話が違うんですけど……」


 安心したのが馬鹿みたいである。真の恐怖はここから始まるのだ。


「れ、例外もあると言うことよ」


 八雲ですら露骨に狼狽えている。


 unknownの掌がこちらに向いてきた。そこに赤い魔力が収束していく。それが何を意味するのか、ここにいる全員が知っていた。


「やるしかねえのか……」


 即座に臨戦体制に入る。島田は腰を落とし拳を上げ、八雲は蛇腹剣を構え、そして伊佐木はワンドをunknownに突きだした。


 熱線が放たれる。地すら貫くそれが真っ直ぐに伸びた。


 瞬時に三人がその場から散った。

 


「あっ!」


 伊佐木の右足が光に貫通される。脹ら脛が熱で溶かされ真っ赤に消失、片足を焼失した彼女はその場で転倒してしまう。


「伊佐木!」


 機動力を失った伊佐木に、有無を言わさぬ第二の熱線が襲いかかろうとした。


 ――どうする、向かうか戻って助けるか!?


 急な選択に迫られた。どちらもタイミング的には微妙なところである。


 


「ぐぁぁぁっっっ!」


 熱い。灼熱によって島田の胸の左方側が焼失していた。赤い線によってそこに風穴が空けられる。肺にまで穴は達してしまい、急激に呼吸が苦しくなった。


 さらに熱線は放射されたまま、動きだそうとする。軌道を鑑みるとこのまま島田の体を二つに裂くつもりだ。


 ぼやける視界の中、八雲の蒼い炎が飛翔するのが見えた。


 蛇腹剣の刀身が分離され、ワイヤーが射出される。蒼い炎を纏った刃付きのワイヤーはunknownを穿つ軌道を突き進む。


 だが迫る蒼き刃が受け止められた。

 白濁色の尾が器用に動き、蒼刃を阻止したのだ。


「なら全部燃やし尽くしてあげる」


 蒼い炎が尾から全身に燃え移ろうと、その勢いを苛烈させた。


 けれど思わぬアクシデントが起こる。それに八雲が眼を丸くさせてしまうほどだった。


 不意打ちのように、唐突にunknownの尾が本体から切り離された。切られた尻尾は炎の身代わりとなり焼き消されていく。


 しかしそれ以上の衝撃的なことが、その刹那に起こった。


「っ!?」


 unknownの体が大きく振動する。その胸からは一本の刃が露出していた。


 そして次の瞬間、unknownの肉体は内部から嵐の刃でミキサー状に切り刻まれた。


 磨り潰された血肉が飛散する。


 それをした魔法師が刀に付いた血を振り払った。隣にも、もう一人魔法師が付いている。


「か、川蝉じゃねえか!」


 乱入してきたのは川蝉透と七瀬渚のコンビであった。

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