海底神殿⑩
島田が大部屋の出口に差し掛かった時、伊佐木が動いた。
思わず島田は振り返る。
伊佐木のワンドから強烈な閃光と共に雷撃を放出。光速の魔法は天井にいたモンスターに直撃した。
顔面を電撃が蜘蛛の巣状に拡散する。超高電圧の一撃がモンスターの顔面を焼き焦がそうとする。
「ヴォォォォォォォォォ!」
超弩級の怒号。
瞬間、モンスターは天井から落下した。クチバシで地面を抉り、強引に着地する。続いて胴体も降りてきた。それだけで地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
モンスターの瞳が伊佐木を睨む。血走った瞳は先ほどまでの穏やかなものとは打って変わって殺意に満ちていた。
島田は何故かその場から動けなかった。あのモンスターの圧倒的な存在感に意識を奪われていた。通路と大部屋の狭間の位置で、それを見てしまっている。
正直足が竦んでうまく動けないこともあった。
あんなの勝てるわけがない。恐怖の感情が頭を支配してくる。
だがそんな島田とは違い、伊佐木はあくまで蛇に挑む格好を見せる。
そのあまりに小さなワンドから黄色い閃光が放たれる。軽雷は宙を疾け上がった。
光速のそれがしかし外れる。
蛇の動きはそれを完全に見越していた。機動を呼んでいたのか、首を軽く横に捻り
「くっ!」
それでも伊佐木は負けじとワンドのトリガーを引いた。
焦ったのか、雷撃はうまく狙いが定まっておらず、意味もなく胴体に当たる。さらに言えば敵のあまりにも堅い皮の前に、雷は黒い焦げ程度しか与えられていなかった。
その時、捕食者が動く。体全体を鞭のように振るわせる。そして顔面から地面にその巨体を叩きつけた。
重力が逆転する。
そう錯覚させるほどの地震が起こされた。岩も床も柱も、全てが上方へ向かっていく。
「きゃあっ!!」
伊佐木もまた下からせり上がってくるエネルギーによって浮き上がった。
その伊佐木を鳥類の鋭いクチバシが狙い込む。
地に足着かない状況でも、伊佐木は唇を噛みしめ雷撃をけしかけた。
「ッァァ!」
奇跡的か、それは蛇の眼球にヒットする。呻きと血流がそこから飛び出す。
だがそれが返って怪物の逆鱗に触れた。
傷を負いながらも、クチバシを無理矢理にでも突き出す。
目に写る景色が残映になるほどの素早い刺突。
空中でそれを避けられるわけもなく、伊佐木の体をクチバシは捉えた。
それが残酷にも少女の右半身を引き裂く。
「――――っぁ!!!!」
圧倒的な質量に触れたことで、伊佐木の小柄な肉体は風に吹かれる紙袋のごとく投げ出される。
地面を何度もバウンドし、転がっていく。
「伊佐木ぃ!」
気が付けば島田は安全圏から飛び出していた。
だが声を張り上げたせいで、蛇の注意が島田に向いてしまう。
「あっ……」
無我夢中で意識の外になっていた恐怖が蘇っていく。
蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。
威嚇。
手を出すな、とでも言いたげな睨みだった。
――ヤバい、何で俺こんなこと……。
ここで引き返せばまだ助かる可能性はあった。飛び出したばかり、通路に戻るまでの距離は近い。
このまま戻ってしまえばいい。
「和雄」
脳裏に真下の顔が浮かぶ。残虐に蝦蟇仙人に殺された友人だった。さらに小山と仲間だった者の顔が浮かんでくる。
付き合いも深い友人だった。共に馬鹿をしたり青春を過ごしたはずだった。
それらを見捨ててしまった。ただ恐かった。それから逃げたかった。あの時は力がなかった。
後悔している。
あそこで自分も死ねばよかったのではないかと、ダンジョンから戻った日々、毎晩のように思っていた。
たぶんここで逃げたら、また後悔する。
「クッソォォォォォ!」
ヤケクソだった。
島田は鋼鉄の体を引っ提げ、駆けだした。
蛇がターゲットをこちらに変えてくる。巨体から放出されるプレッシャー、それだけで汗が吹き出てきそうだった。
生きた心地がまるでしなかった。
――もう止まれねえんだよ!
だが島田はすでに吹っ切れていた。
命を
蛇の姿勢が急激に変わっていく。ゆっくりと動いたかと思うと、ある一点から瞬速に変わる。
激しい速度差から撃たれたのは、蛇の尾による打ち下ろしだった。
天井を抉りながら、尾が島田に向かって落下してくる。
それを左方に跳躍して避けようとする。
刹那、回避のタイミングが間に合う。
それでも尾が地面に激突した際に発生する大地の震撼によって無理矢理浮かされる。
「このぉぉぉぉ!」
空から落ちながら、死に物狂いで両腕を振り上げた。
両手をハンマーのように握り合わせ、そのまま振り下ろす。
蛇の尾に死に物狂いの鉄槌をぶち込んだ。
鉄の魔法、それがさらにアルター機能によって強化された破壊力が叩き込まれる。
蛇の尾先に許容限界を超えた圧力が加わる。尾は血で一瞬だけ膨張して爆ぜた。
蛇のモンスターが仰け反り、激痛でうねり出す。
その隙を見て島田は全力で走り出した。
「伊佐木!」
右腕が再生していく少女の元へ行き、それを持ち上げる。
伊佐木は苦痛で潤んだ目をしながら呟く。
「何で、アンタ……」
「逃げるぞ」
伊佐木を抱え込んで、来た道を戻り出す。
背後に強烈な殺意を感じた。
首だけ振り返って見れば、闘争本能に囚われた蛇の姿があった。
その首が天井まで上がっていく。
「やべぇ!」
島田は前方に全力で飛んだ。
疾走の勢いを伴ったジャンプはさらに加速していく。
蛇の首が再び地面に向かって叩き下ろされた。
大地が砕け、海底神殿が揺れ動く。
本当にギリギリだった。島田は何とか先に大部屋から通路の内部に先に入り込むことに成功する。
敵の弱点があるとすればあのあまりにもすごすぎる巨体であろう。それが故、安易に通路にまで入って来られないのだ。
島田はそのまま通路を駆け抜けた。
蛇の睨みが届かない場所にまで逃げていく。
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