海底神殿⑨

「クッソ!」


 通路の途中、島田は腰を落として正面にいるトータスに拳を撃った。拳は甲羅を砕き、心臓部にあったコアを破壊する。


 一方で伊佐木もまた雷撃の一撃によって複数のトータスを同時に滅却していた。火力を間違えなければ甲羅内部のコアも十分に焼き付くせる威力はあるのだ。


 これで周囲の敵は一掃できた。


 トータスも最初は手こずったが、慣れれば何とかなるものだ。カワズとは違い数十体が同時に出現するわけでもないのも大きい。


 だがそれにしてもだ。


「さっさと次、行くわよ」


 伊佐木はワンドを持ったまま肩を興奮させ先に進んでいく。


「ちょっ、待てよ」


 島田は慌ててその後を追っていった。


 ――アイツ……。


 恐れ知らずの伊佐木に、島田は驚かされてばかりである。

 無論ビクビクと戦力にならないよりはマシだが、それにしても好戦的すぎる。


 どうも島田には荷が重い気がしてならない。やはり無理を言ってでも川蝉に任せるべきだったろうか。


 川蝉も顔に似合わずモンスター相手には好戦的だが、伊佐木とは別種の存在だった。あの男には恐怖と言うものが欠落している気がする。だからこその落ち着きがあった。


 しかし伊佐木の方は違う。彼女は常人の部類だ。無理をして好戦的になっている節がある。


 二人の最大の違いは、醸し出す雰囲気にあるだろう。それは川蝉にはあって、伊佐木にはない。


 彼女は見ていて危なっかしいのだ。言動にもいちいち棘がある。


 本音を言えばあんな女置いて、立川に戻りたかった。

 しかし現状、ターミナルはない。


 ――どうなってやがる……。


 正確に言えばターミナルはもう三つは見つけている。しかし発見したものはすべからく何者かに壊されているのだ。これでは帰還なんて不可能である。


 そのせいか、島田もまた現状で打開策を見いだせずにダラダラと進んでいた。

 このまま深層に進めばどうなるか。恐怖と苛立ちが混ざって胃が重くなる。


 一本道を進んでいくと、大部屋が見えてきた。


 そこを通らなければ先には進めない。他のルートはすでに行き止まりなのを確認してしまっているのだ。


 島田は大部屋に足を踏み入れる。入った瞬間


「っ!?」


 そこにはとんでもなく巨大なものが存在していた。


「あれは……」


 伊佐木も気付いて天井を見上げた。


 使がこちらを見下している。


 そこには蛇のようなモンスターが蜷局を巻いていた。薄紫色の皮膚でペンギンの顔を持ち、首から下は蛇そのもの。そして胴体には青い羽が生えていた。


 最大の問題点は、その大きさである。


「何だよ、ありゃ……」


 絶句するような巨体だった。青結晶の洞窟では決してあり得ないレベルのサイズ。


 太さはビルほど、それでいて長さも十数メートルはある。


 文字通り天井をそれが埋め尽くしている。完全に規格外。シャレにならない、あれに挑むのは常人が電車に正面から突っ込むのと同じだ。


 そのモンスターの顔がこちらを見る。観察するように凝視された。

 まだ敵と判断されたわけではない。


 ならばやることは一つだ。


「おい、戻るぞ」


 三十六計逃げるに如かず、ここは退くしかない。


「はぁ、何で?」


 案の定、伊佐木は不満を口にしてくる。


「あれはヤバい。俺の本能が言ってる。前回のダンジョンで何度か死にかけたが、それと同等くらいにヤバい」


 ヤドクは強かった。蝦蟇仙人はさらにその何枚も上手の存在だった。


 それでもその時は頼りになる仲間がいた。しかし今は島田と新人のみ。


 勝てるわけがない。他の連中と合流しなければ話にならない。最悪、ボスを誰かが倒すまでじっと待つのも考慮に入れる必要がある。


 だがそんな島田の考えとは裏腹に伊佐木はワンドを構える。


「嫌よ」


 どうやら戦うつもりらしい。


「策は何かあんのか?」

「ないわ。でも私の電撃をぶち込めば」

「そんな簡単なもんじゃねえぞ、やめとけって!」


 必死に伊佐木の説得を試みる。

 だがそれも虚しく、伊佐木は皮肉の籠もった笑みを浮かべてくる。


「逃げたければ一人でどうぞ。私は貴方みたいな腰抜けとは違うの」

「何だと……」


 その言葉に島田もカチンときた。何故、正しい忠告をしているだけでそこまで言われなければならないのか。


 いや伊佐木と言う女は、そもそも島田の言うことをまともに聞いたことはないのだ。


 もうやってられなかった。


「ああ、だったら好きにしろや。こっちの言うこと悉く無視しやがって、てめぇとはチームでも何でもねえ」


 こうなれば面倒は見切れない。

 馬鹿のためにむざむざ死んではたまらないのだ。


 島田は伊佐木に背中を向けて、来た道を戻ろうとするのだった。

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