海底神殿⑧

 七瀬のまぶたが開く。数度の瞬きを繰り返し、少しずつ目に光が戻っていった。


「大丈夫か?」


 側で待機していた川蝉が声をかける。


「あ、はいっす」


 まだ万全でないのか、弱々しく七瀬は体を起こした。そしてキョロキョロと辺りを見回す。


「あの、でっかいトドみたいなモンスターは?」

「おかげでどうにか倒せた」


 川蝉が視線を右に向ける。そこには死骸となって横たわるギングの存在があった。動かなくとも、小さな山にすら見えてしまう。


 それを見て七瀬もほっと息を吐いた。


「すみません、また助けれちゃって」

「いや今回はこっちも助けられた。七瀬が来てくれなかったら死んでいた」

「お役に立てたってことっすか?」

「それはもちろん」

「ならよかったっす」


 七瀬は嬉しそうに小さくガッツポーズを取っていた。彼女なりに戦闘にあまり貢献できていないのを気にしていたのかもしれない。


「それと一つ気になることがある」


 川蝉は立ち上がり、近くにあった壁に手を置く。

 そこには太い何かで抉られたような痕が残っていた。


 七瀬もそれを見て気付く。


「それって破壊されたターミナルにあったやつと――」

「同じものと考えていいだろう」


 川蝉はその壁に刻まれた傷を撫でる。感触もターミナルで出会ったものと変わらない。


「どういうことっすか?」

「最初にあのトドの叫びを二人で聞いたとき、他にも戦闘の音が聞こえた。あれはやっぱり何かと戦っていたんだ」


 川蝉がこの大部屋にたどり着いた時には、ギングの怒りはすでに頂点に達していた。あの激昂は戦っていた者によって誘発されたのだ。


 最初からフルスロットルの相手をさせられたのは迷惑以外の何でもない。


「その何かって何ですかね?」

「わからん。だがそいつはすでにここにはいない。おそらくうまくモンスターを出し抜いて奥のルートに逃げたんだ」


 ギングを倒して、大部屋から新たなルートを一つ手に入れられた。分かれた道はない以上、何者かもそれを使った他ないのだ。


「この先にいるんすよね」

「ああ、気を引き締めて行こう」


 ターミナルを破壊されているのを鑑みれば、黙って見過ごすわけにはいかない。

 遭遇すれば衝突は必至だろう。


 それでも前に進まなくてはならない。


 川蝉と七瀬は大部屋の奥に足を踏み出すのだった。

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