プロローグ チーム分け
「私が最後みたいね」
八雲は開口一番、部屋を見回してそう言った。
それを聞いた島田が「えっ」と動揺した声を出す。
「ちょっと少なくないっすか?」
「召集の時に『SIX』の文字があったはずよ」
左半分の視界が塞がれた時だ。あの時はまるで意味不明な文字だったがそんな意味があったとは。
「それにそこまで少なくもないわ。平均はせいぜい七人か八人、前回が多すぎただけよ」
八雲はきっぱりと言い切ると川蝉の方に顔を向ける。
「あら川蝉君、こないだはどうも。楽しかったわね」
「そうか、それならよかった」
あまり女性と遊ぶ経験もなかったので、そう言ってもらえると川蝉も安堵する。
すると七瀬が「あの~」と川蝉の前に一歩進んできた。
「透さん、その方は?」
「ああ、八雲美雪さん。前のダンジョンで七瀬と分かれた後で一緒にボスを倒した仲間だ」
「それで仲良かったんすね」
「そうだ」
それを聞いた八雲が唇に指を当ててツッコミをしてくる。
「あらそれだけじゃないわ、三日前に映画デートしたばかりでしょ?」
「え、え、ええええ――」
七瀬はわなわなと震え、口を金魚のようにパクパクさせる。
「映画デートってどういうことっすか、透さん」
「えっと偶然会って『君の名は』を見に行ったんだ」
「そ、それってカップルが見に行くやーつじゃないっすか……あばばばばば」
口から泡を吹き出しそうな様子で七瀬はショックを受けていた。
「と、透さん、ヒドいっすよ」
「えっと、何が?」
「何でもっす……」
七瀬は頬を膨らませ恨めしそうな瞳で川蝉を見てくる。
何故たかが映画を見たくらいでそこまで恨まれるのか。
「…………あっ」
川蝉は閃いた。
――そうか七瀬も『君の名は』を見たかったのか。あれ人気だからな。
飛ぶ鳥落とす勢いのある人気作だ。歴代映画興行収入のトップテンにすでに食い込むほどの人気。それほどの作品なのだ、口から泡を出すほど見たくなるものなのかもしれない。
「それなら今度一緒に見に行こうか。おもしろいぞ『君の名は』」
「え、本当っすか!?」
沈んでいた七瀬はすぐに顔をキラキラと輝かせて食いついてくる。やはり見たかったのだろう『君の名は』。
「あら貴方、可愛いわね」
そんな表情をころころ変える七瀬に、八雲は興味を持ったようだ。その手で七瀬の顎に軽く触れる。
一方の七瀬は不慣れなことをされ挙動不審に後ずさる。
「な、何すか?」
「ふふっ」
八雲は不敵に微笑む。七瀬は小動物のように小さな敵意を見せていた。
だが八雲はちらりと部屋の奥の方に視線を向ける。すると一気に雰囲気があの凍てつくものへと戻った。
「それと皆に言っておくことがあるわ」
ゴミを見るような瞳で八雲は口を開いた。
「あの男には気を付けなさい。ろくなものじゃないわ」
その鋭い眼光の先には床に座り込んだ天然パーマの男がいた。
それまで無関心を装っていた男は「よっこいしょ」と立ち上がる。
そしてこちらに向かって歩き出した。
「それはあんまりな言い草じゃないですかね。我々そこそこ付き合いが長いと言うのに」
隈で真っ黒などんよりとした目でぼそぼそと喋る。
「だからこその言葉よ、アマノ」
「おや手厳しい」
アマノと呼ばれた男は辛辣な態度もまるで気にせず受け流していた。言葉に全く感情が籠もっていない。
――何となく黒業に似ている。
そんな印象を川蝉は受けてしまうのだった。
「どうしてここに貴方がいるわけなのかしら?」
「そりゃ黒業さんに言われたからですよ。それ以外ありませんでしょう」
「組織の犬が……」
飄々と接するアマノに、八雲はもはや殺意にすら匹敵するオーラを放っていた。
険悪な雰囲気になりつつある中、島田が手を挙げた。
「なあ、ちょうど集まったわけだしダンジョンで行動するチームを決めないか?」
さらに島田は残った一人の女子に向かって手招きをする。
「アンタもこっちに来てくれ。話し合うから」
ショートカットの少女は固い表情で、腕を組みながら川蝉達の方にやってきた。
「アンタ、名前は?」
「伊佐木夏実」
「俺は島田和雄だ。他のメンバーは――」
「いい。会話聞いてたからだいたいわかる」
伊佐木は素っ気なく島田の台詞を止めさせた。
川蝉、七瀬、島田、八雲、アマノ、伊佐木。
迷宮に挑むキャスティングが完了する。
*
「六人か……」
誰も仕切る人間がいなかったので島田がその役割となっていた。
六人のチーム分けとなる。
「取り敢えず三人グループを二つ作ればいいか?」
島田の言い分は最もだった。人数的にもそうだが経験者も八雲とアマノのぴったり二人。それぞれがリーダーをしてくれれば一番バランスがいいだろう。
だが島田のそんな思惑は外れていく。
「悪いけど、私はソロでやらせてもらうわ」
八雲はばっさりと島田の提案を断った。
さらに続けてアマノもそれに乗ってくる。
「僕もそうさせてもらいますね。どうにもチームプレイと言うのは肌に合わなくて」
協調性に欠ける二人であることは予想できたが、ここまでいくといっそ清々しいとさえ思えてくる。
「おいおいマジかよ……」
島田はうまく事が運ばず、ストレスで頭を掻く。
それでも話を進めようと前を向いた。
「仕方ねえここは残った四人で組むってことでいいよな。前は最初に四人チームだったわけだし」
「いや俺は二人ずつのチームがいいと思う」と川蝉。
「お前までそんな、四人の方が生存確率高いって」
島田がますます困惑した表情になっていく。
川蝉にも言い分があった。
「四人だと場合によっては仲間割れになる。特に脱出時に使うターミナルの取り合いが俺は気になる」
「そんなのあるか?」
七瀬が川蝉の代わりに答えてくれる。
「実際に前の時、私達のグループであったんすよ。しかも敵に囲まれている最低のタイミングで。その無理矢理ターミナルを一人で使おうとした人は死んじゃったし……」
日吉のことが頭に浮かぶ。
ああ言った仲間割れは強力なモンスター以上に危険なことだと言うことは身を以てわからされた。
「だから二人か?」
「脱出するとき、四人分のターミナルを見つけるのは大変だ。しかし二人分ならそう難しくはないから仲間割れはおきにくいと思う。それに一度信用関係が壊れると、それはグループ全体にも広がって危険だ」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
島田が言いくるめられる形になった。
川蝉はそんな彼の姿に多少の罪悪感を覚える。
――悪いな島田。そっちの言っていることの方が正しいが、ここは許してくれ。
今回のダンジョン攻略、川蝉には前回と同じと言うわけにはいかなかった。
妹の命がこの結果にかかっている。
黒業から提示された条件は決して緩くない。前の時と同程度の成績では達成できないものだった。
故にできるだけ好成績を整える最善を尽くす必要がある。
そこで四人ではポイントがあまりにも分散してしまう。
ソロでもいいが七瀬のことは気掛かりである。二人がベストなのだ。
「私もそれがいいと思う」
伊佐木が初めて意見を言った。それまで頑なに会話に入ろうとしなかっただけにその発言は嫌でも注目が集まる。
意外な伏兵の援護に川蝉も眉を潜める。
「私もそれがいいと思うっす」
七瀬までそれに続いた。
それぞれの思惑が合理性から離れた最終的な決定を生み出てしまう。
「……そうかよ。そこまで言うならしょうがねえ」
ここまでの数に押し切られると島田も引き下がらないわけにはいかなかった。心からの納得と言うわけではないが、しかし仲間割れは危険だと認識しているのだろう。対立してまで自分の意見を押し通す気はないようだ。
「じゃあどう分かれるかだが、伊佐木だっけ、アンタ初めてだよな?」
「そうだけど、それで?」
「だったら川蝉と組んでくれ。あいつがこの四人では一番強い」
新人と言うのを踏まえ生存率を上げるための策だ。戦力が偏っては不公平が生じるし、死者が増えればそれだけ攻略できる確率も減る。
「嫌」
だが伊佐木の答えはそれを拒否するものだった。しかも極めてストレートな言い回しである。
「ちょっとどうして!?」
「何となく。私はむしろ貴方と組みたいわ」
「え、俺?」
わけがわからない様子の島田は口を半開きにする。
ツンとする伊佐木を横に七瀬が言葉を挟む。
「それなら私と透さんで組みますよ。無理に嫌な人とチームになったって危ないだけっすし」
七瀬はさり気なく体を川蝉に寄せてくる。
川蝉もこのチーム分けは理想に近いものだった。
「俺と島田はアルター機能がある。最低限、俺達が離れられるわけだしこれでいいんじゃないか?」
「まあ、そうか……」
最適と行かずとも妥協案としてはそこまで悪くない。島田の言葉にはそう言ったニュアンスが読めた。
それに伊佐木がどうして川蝉と組みたがらないのか、何となくわかる。彼女からは今の川蝉と同じ匂いを感じた。
金銭的な事情でかなり追い詰められている。己の命を
たぶんあっちも川蝉から同じものを感じて、組むのを嫌がったのだ。
組めばおそらくチームワークどころか獲物の奪い合いが始まる。そうなればどこかで衝突は免れない。
川蝉と七瀬、島田と伊佐木。
相性的にこうなるのが必然なのだ。
「決まったようね。ちょうどそろそろ、動いた方がいいわ」
話の終着を見極めて八雲がそう言った。
部屋にあるモニターはすでにカウントダウンを始めている。あと二分も猶予はない。
八雲とアマノが六人の輪から外れる。双方、左右の奥にそれぞれ立ち位置を決めた。
「これで本当にいいんだな?」
島田が改めて残った面子に問いかける。だが解答は決まっていた。三人は迷いなく首を縦に振る。
それで島田も諦めたようでそれ以上は何も言わず、余った部屋の四隅に向かった。伊佐木もそれに続く。
そして川蝉と七瀬が他のメンバーから離れた隅に移動すると始まった。
グリーンのライトがレッドに変色する。
やがてカウントダウンは終わりに近付く。
5、4、3、……
デジタルの表示が全て0になった。
風景そのものが歪んだ。目の前がモノクロとなり色をなくす。
その刹那、浮遊感が内蔵を浮かせた。慣れない感覚に不快さを覚える。
そして六人の人間はトランスポーターから消えるのだった。
眼を開いた先には海の底が広がっていた。
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