海底神殿①
灰で彩られた直方体の石が景色を生成していた。全くの隙間なく並べられた石は、壁から床、天井に至るまであらゆる場所に配置されている。
そして一定の間隔で柱となる円柱が置いてあった。また空気循環のためであろう窓となる穴もある。
薄汚れた石は凹みの傷や苔が生えていた。触るとざらざらな凸凹が入り交じる感触が手に残る。
古代の神殿か城にでも迷い込んだ気分である。もし現実にあったなら文化遺産として観光資源になっていたであろう。
川蝉はしばらくダンジョンの質を測っていた。
前の洞窟とはまた違う。陰気な印象のあったところから、逆の場所にいるようだ。
とにかく明るかった。
その原因はすぐに判明する。
左右にある並んだ窓から差し込む『水色』だった。極端に白を混ぜ合わせたような青の光が灰色の石に反射して、真昼の屋内の陽気を錯覚させてくる。
窓からは海が見えた。浅いように見えるそれは、おかげで太陽の光と思われるものを取り入れてくれている。
だが問題は窓の景色から伺えるこの場所がまるで海中にあるようにしか見えないことである。
外の光景こそ海中そのものだった。魚こそいないが、モズクやワカメのような海草が揺らめいている。
不気味さこそないが、これはこれで異様としか言えない景色だった。
「これどういうことっすかね」
七瀬もまた石造りの壁をぺたぺたと触りながら、眉間にしわを寄せていた。
当たり前の話だが、もし本当に景色通り水中にこのダンジョンがあったのならば、とっくに水没しているはずである。
川蝉はワンドをホルダーから取り出す。それを窓の外に向けて風の魔法を繰り出した。
真空のニードル弾が射出される。
撃たれたそれは、しかし窓から出ると消えた。外に出たはずのニードル弾は、何か見えない壁にぶつかった。そして衝突した瞬間、波紋が不可視の壁に広がり消滅したのだ。
見た感じでは物理的に壁に阻まれた、と言うよりは魔法そのものが打ち消されたと言った風に見える。
「どのみち外には干渉ができないだろうな」
「そうっすね」
七瀬も水の魔法で試したが結果は同じだった。
「ダンジョンは姿形が変わっても本質的には変わらないとタブレットにあった。今見ているものもダンジョンが作り出したのは前と変わらない」
「あんまり見かけは気にしないほうがいいってことっすか?」
「深く考えてもしょうがないってことだ。やることは前と同じだ」
外の海中風景は幻影か何かなのだと思うしかない。
理解はできないのだから、それよりも今ある状況に適応するのが一番である。
「そろそろ行くか」
川蝉はワンドは持ったまま歩き出そうとする。
だがその足が止まった。
「!?」
前方から三つの何かが横一列に並んで進んでいる。
人型には見えるが、しかし高さは二メートルに近いものがあった。
「来るぞ」
すぐにモンスターだとわかる。三人で行動している魔法師はまずいない。それに両足を引きずるような歩き方は、明らかに人間のそれではなかった。
七瀬もホルダーからワンドを引き抜いた。強ばった面持ちではあったが気力は感じられる。
距離が近付くと、そのモンスターの外観が判明する。
青を基調とした二足歩行の『亀』だった。甲羅から手足、そして頭を出す。それにプロレスラーのように体の線が太く、手そのものが刃のような鋭利さに加え、刃物特有の光沢を発していた。そして筋骨隆々な足で地面を踏みしめている。
まだ距離がある内に川蝉はタブレットを取り出し、それを機動させた。
魔眼と繋がっているタブレットは敵の情報を魔法師の視覚から読み込みデータにして保存する。
タブレットには敵モンスターのデータが更新された。
名称は『トータス』となっている。
だがそれ以上の情報はない。場合によっては過去のデータから類似の弱点などを洗い出してくれることもあるようだが、今回はそれに当てはまらなかったらしい。
仕方なく川蝉はタブレットをポケットに入れる。
そしてワンドを向けてトリガーを引いた。
空気が震える。鎌鼬のごとき風の刃を次々と精製していった。そして川蝉の意志に従い、それらは眷属として望むがままに千差万別に変化する。
その風刃を敵に向かって放った。
虚空の軌道を風刃が滑り、三体いたトータスの首や腕を跳ねていく。青い肉と鮮血が飛び散り、石壁にこびり付いた。
「…………」
だがそれでも完璧には遠かった。モンスターの中にある命の源『コア』を破壊できた気配がないのだ。
だいたい体の中心にあるものだが、その体の中心に全くダメージを与えられていない。
あの甲羅が衝撃をシャットダウンしているのだ。甲羅にも風刃はもちろん直撃したが、わずかに傷が付くだけでそれ以上は決してない。川蝉の魔法よりも防御性能は格段に高かった。
――どう対処するか。
同じ雑魚でもカワズとは格が違う。
切断した手足を再生される前に、次の一手を考えなければならない。
「!?」
けれどそう悠長に待ってくれるダンジョンではなかった。
突如、甲羅だけが残った亀、その手足の穴から水が噴射する。
それにより推力を得たトータスはジェット加速で疾風のごとき突進をしてきた。
不意を突かれた上に彼らは凄まじく速かった。
「任せてっす!」
七瀬がワンドを突き出した。
水の魔法が発動される。
その水が厚い壁となって川蝉達の前に立ち塞がってくれた。
それに阻まれて、トータスの突進は中断される。
けれど距離は一気に詰められた。
さらに甲羅から、再生された手足に頭が再び吐き出される。
その一体がすぐさま腕を振るった。その刃と化している腕はゴムのように伸縮自在に伸びる。
川蝉にそれが差し迫ってきた。寸でのところ、バックステップで即座に回避。
速い手刀ではあったが、ヤドクのものと比べると大幅な劣化でしかない。あの恐怖の紅とは役者が違うのだ。
――そうか。
手刀でヤドクのことを思い出す。それにより防御能力の高い敵への対処方がわかった。
「七瀬、あの手足の穴から内部にかけて魔法を叩き込め。それでコアは壊れる」
川蝉は言うや否や、それを実行に移す。
ワンドのトリガーに握力を込め、魔法を発動。
小型の乱気流を瞬時に発生させる。魔力が圧縮されたその竜巻を龍のごとく飛ばした。
逆巻く風刃が一体のトータスの腕を粉々に切り裂く。さらにその勢いのまま腕を貫通させ甲羅の内部に侵入する。
「アぁぁぁぁ!」
甲羅が血流を噴出させながら宙をボコボコと右往左往する。内蔵から神経までミリ単位で裁断してしまうと、ただの肉塊として床に落ちるのだった。
生命力をまるで感じない。コアの破壊に完全に成功していた。
だがもう一方の七瀬は苦戦していた。
水の魔法では切れ味が足りないのか、いやそれ以前の問題である。
二体のトータスから受ける猛攻を七瀬は水のシールドで弾き飛ばすので精一杯だった。
川蝉はすぐに助けにかかる。だが二体を同時に倒すのは厳しい。それに七瀬がいつまで持つかもわからないので悠長なことはやってられない。
――使ってみるか。
川蝉は風の気流を足元に流し、浮いて二体のトータスに翔けた。
その間にワンドのトリガーを長押しする。
ワンドが液体のように流動し、その形状が変化した。
アルター機能――ワンドを進化させる新たな能力。
川蝉のそれは『刀』だった。
ワンドが突然変異を起こし、刃渡り七十センチ程の刀が創造される。刀身は光沢のある深緑に煌めき、その切っ先から柄尻まで風の魔法が自動でかかる。
刀を両手で構え、着地と同時に下から切り上げた。
一撃――トータスの絶対的に堅牢なはずの甲羅を一刀両断する。上半身と下半身が分離され、コアも同時に破壊されていた。
さらに返す刀でもう一体の方も頭から下ろした。刀を振り下ろされたトータスは何事かと後ろを振り向く。
だが首を動かした瞬間、ズレた。
写真を切り取ったかのように縦半分になったトータスはようやく己が斬られたことに気付いた。
そして自覚した時にはすでに絶命している。
二体の垂れ流される血で池が出来始めた。
その池の中に足を突っ込む。
「大丈夫か?」
川蝉は刀をワンドの形に戻し、七瀬に手を差し伸べた。
「大丈夫っす。また助けられちゃいましたね」
「そう言う約束だったからな」
七瀬の手を握りを起き上がらせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます