海底神殿編

プロローグ 集合

  二日と言う時間はあっと言う間に過ぎた。


 その期間、川蝉はタブレットの情報と新型ワンドのマニュアルをひたすら読み込んだ。


          *


 召集日の真夜中、川蝉は立川地下鉄の更衣室に入った。当たり前だが前と全く同じロッカー室の造りになっている。


 まずは部屋の角に置いてあったボックスに向かった。そこで前回使った制服などを入れる。


 前回の探索では支給されたもののほとんどを破損してしまっていた。何も言わなくとも組織からは改めて新品の物が届けられていた。


 七瀬もそうだったことを考えると、毎回新品を渡されるのかもしれない。


 故に回収ボックスには前回の使用品を返す必要があった。それを怠ると軽微な罰金があるらしい。


 それを終えると部屋の中央へ行き、着替えを始める。


 まずは上着を脱いで、右手に機械のグローブを填める。グローブのボタンを押すと、プシュッとした音がして神経に針を差し込む痛みがきた。


 それも数秒で終わり、グローブはすっかり手に馴染む。


 そして黒のジャケットに長いズボン、ミリタリーブーツに加え肘と膝にはプロテクターを次々に装着していった。


 予備のワンドとグローブの入ったウェストポーチを腰に回す。

 そして右の太股にワンドを収納するホルダーを付けた。


 そしてそこに先日、黒業から渡された新型のワンドを入れる。ワンドの形状事態は今までのものと大差なかった。


 だがこれがあれば、あの『アルター機能』と言うものを使えるのだろう。


 果たしてどのようなものになるのか、期待もあり不安もあった。


 準備が終わりロッカーの電子パネルにタブレットを寄せる。すると鉄製のロッカーは開き、川蝉はその中に残った荷物を入れるのだった。


         *


 更衣室から出ると、その入り口で七瀬を待った。


 現在時刻は十一時、前回より余裕を以て来ることができた。あの時は当日に魔眼の手術などがあったせいで川蝉としては日中ドタバタとしていたのだ。おかげで遅刻寸前で間に合う始末だった。


 瞑想のように気を静める。これから来る精神的な疲労に耐える準備のためだ。

 そうやってしばらく経つとその七瀬が女子更衣室の入り口から出てくる。


 私服ではなく、魔法師の制服を着用していた。相変わらずグラビアアイドル並のプロポーションのおかげで、本来的に目立つ設計でない胸が際だっている。


「お待たせしましたっす」

「タブレットとか忘れてないね?」

「えっと……あ、あったっす」


 七瀬がポケットをまさぐると、黒い情報端末を取り出した。ウェストポーチもあり、ワンドもホルダーに収まっている。


 一つでも忘れると命取りになってしまう。一応川蝉も改めて自身の持ち物をチェックした。


 二人で問題ないことを確認すると、長いエスカレーターを下って地下鉄に乗る。停車中のブルートレインに乗り込むと、ちょうど時間だったらしく扉が閉まった。


 電車の座席に隣同士で座る。小さな揺れに身を任した。


「……いよいよっすね」


 七瀬は静かにそう言った。川蝉が予想していたよりも大分落ち着いている。

 強がっているのか、それとも乗り越えたのか。


「恐くはないのか?」

「恐いっすよ」


 七瀬はぽつりとそう言って俯き気味に下を見る。

 けれど瞬きしながら顔を上げた。


「でもそんな気持ちでいても変わらないし、それに川蝉さんがいてくれますから」

「そうだな。お互い生きて帰ろう」


 思いの外、七瀬が前向きなのは助かった。召集がかかってからのこの二日間、食事も喉を通らぬ雰囲気だった。


 だがギリギリのところで、心を決めたようである。


 ――七瀬……。


 出来る限り守ると言った。川蝉はその発言をした責任は果たすつもりである。


 電車がゆっくりと停車していく。

 完全に止まると目的の駅に到着した。扉が自動で開き、川蝉と七瀬は下車をする。


 そこからまた長いエスカレーターで地下に潜っていった。


         *


 そして奈落のように続いた道も終着点になった。

 ガラス張りの自動ドアが開く。


 仄かに発光するグリーンの床、壁、天井が目に入った。十字のラインで四つの区画に分かれた大部屋に足を踏み入れる。


 部屋の奥の壁には一面に現在時刻がデジタルで表示されていた。


 トランスポーター部屋。再びここに来ることができた。


 だが大きな違いもある。十数人いた前と比べ、今回は明らかに人が少ない。

 川蝉が来たときは三人しかまだいなかった。


 一人は知っている。島田和雄、青結晶のボス戦では共に修羅場をくぐり抜けた。


 あとの二人は知らなかった。ショートカットの小柄な女子が緊張した様子で腕を組んでいる。たぶん立ち振る舞いから初心者だと思われた。


 もう一人は男。中肉中背で大学生くらいの歳か、もじゃもじゃの天然パーマで床に座りぼーっと天井を眺めていた。特に目の下の隈が異様に濃く、それだけで不健康の象徴のようにさえ見えてくる。


 緊張する様子もなく、不敵な様を見ればさすがに一目で経験者だとわかる。雰囲気が初心者のそれではない。


 何となく近寄り難いオーラが男にはあった。


 川蝉達が足を踏み入れると、島田がすぐに寄ってきた。


「おっす、やっぱ来るよな」

「もちろんだ」


 島田は挨拶も早々に七瀬の方に視線を向けた。


「お隣さんは誰? 初めての人?」

「いや前のダンジョンで先に帰還していた仲間だ」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな」


 島田は手をぽんっと叩いて納得してくれた。


「で、仲良さそうだけど、お前等付き合ってんの?」

「えぇぇぇっ!」


 七瀬が急に素っ頓狂な声をあげた。


 それには川蝉も驚いて体をビクッと反応させてしまう。島田も「うわぁっ」と同じような挙動を見せた。


 頬を紅潮させた七瀬が胸の前で手をぶんぶんと振るう。


「あ、いやそれはっすね――」

「全然そう言うのじゃないから」


 川蝉が事実をしっかりと言い放った。

 にも関わらず七瀬は不思議と若干、不満そうな表情になる。


「そうだよな?」

「そっすねー」


 素っ気ない返事に、何か不味いことでも言ったのかと川蝉は思う。だが何も問題のあることを言ったとは考えられなかった。


 島田はそのやりとりを見て、微笑む。


「まあ、お前等のことはよくわかんねえけどいいや。こっちは見知った顔の奴が来てくれただけでありがたい。どうも新しく来ているのはどいつも取っ付き難くて」


 話しかけやすい雰囲気でないのは確かだ。日吉みたいに人懐っこい人格ならいけるだろうが、島田も川蝉同様そう言うタイプではない。


 前回と違って経験者がリーダーとなって仕切ってくれるわけでもないので、初めての相手にどうしていいかわからなかった。


「八雲さんは来るのか?」

「ああ、召集はかけられているはずだ」

「何でそんなこと知ってんだ?」

「実はこの間――」


 川蝉が話し始めたところで、背後の自動ドアが開いた。


 ひらりと靡く黒い髪、凛とした姿勢の女性が入ってくる。女優かモデルでトップクラスにいそうな顔立ちで、立っているだけで華があった。


 それは八雲美雪、その人である。

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