青結晶の洞窟②
川蝉達は通路を真っ直ぐに行った。分かれ道もなかったので、洞窟内の一本道を行くしかないのだ。
ぴちゃりぴちゃりと時折水滴が落ちる音がする。水たまりを踏む者もあった。
相変わらず不気味な空間ではあったが、メンバーの雰囲気は最初よりはよくなっていた。まず自分達がそれなりに強いこと、そして京葉がモンスターを圧倒してくれたことで安心感が出てきているのだ。
無茶をしなければ大丈夫。
そう言う想いは川蝉の中にも芽生えていた。
道を進むと吹き抜けのような開けた空間が出てくる。
地に生える結晶は壁まで達し、池のようなものまである。
そこから通路が新たに三つ分かれていた。
「ダンジョンは大方、通路、大部屋、階段の三つで構成されている。ダンジョンごとに外観は違ってもその基本はあまり変わらない。例外はあるが覚えていて損はないぞ」
京葉が歩きながらガイドのように説明してくれた。
ならばここは大部屋ということなのだろう。
「ふむ、ルートが少し多いな」
京葉はそう呟くとタブレットを出して操作する。
すとっ――何かが不意に落下してくる音が聞こえた。
「チッ……」
少し離れた距離に三体ほどのカエルが現れた。先程とほぼ同じ種族であり、鉄の槍を携えている。
京葉はワンドを構えつつ後ろに下がる。
「私が倒してもいいが、どうせ雑魚だ。キミ達の実戦経験を積むにはいい相手だ。三人で倒してみたまえ」
川蝉と日吉はワンドのトリガーに指をかける。
「ん、どうした七瀬君?」
たった一人、臨戦態勢を取らなかった七瀬に京葉は不思議そうに問いかける。
七瀬は怯えたように首を上げていた。
「あの、上……」
七瀬の指が示した方に三人は自然と視線が引き寄せられた。
「っ!?」
絶句、それほどこの状況を表すのにぴったりな言葉はないだろう。
天は穢れた青の点で満たされる。
悪意が
天井には数え切れないほどの緑で埋め尽くされていた。無数の黒い眼球が氷柱のような岩に掴まって、地上をじっと眺めている。
何十体ものモンスター。誰がどうみても危険な領域にいると言うことだ。
「これは……」
京葉も言葉が出て来なかったようだ。
そうしている間に最初の三体がこちらに向かってくる。
京葉と日吉はワンドを構えて応戦しようとした。
だが川蝉はそれを言葉で止めさせる。
「魔法は使わないほうがいいんじゃないですか? 今の彼らを下手に刺激すれば一気に降りてくる」
最初に倒したカエル達は川蝉達が魔法の練習をしていたのに引き寄せられてきたのだ。様子を伺っている彼らは正直そのままでいて欲しい。
「しかしそれでは――」
「多少傷ついても左目さえ無事なら問題なし、だったら走って適当な通路に逃げ込むのが一番でしょ」
この広い場所で囲まれれば最悪だが、通路に逃げ込めば仮に大量のカエルが来ても今より対処はし易い。
「うわっ!?」
日吉が後ろを見て素っ頓狂な声を発した。
川蝉もそちらに注意を向ける。
新たなカエルが天井から一体降りてきたのだ。しかも日吉との距離はかなり近く、槍を持って飛んでくる。
「クソくらえってんだ!」
日吉がワンドを構え、トリガーを引く。川蝉が止める間もなく、魔法の風刃が放たれた。
それを受けたカエルは、胸が一気にズタズタに裂かれる。赤い肉が飛散し、小さい呻き声を出すと、仰向けに倒れ枯れるように萎んでいった。
コアが破壊され死が訪れたのだ。
だがそれが破滅への呼び水となる。
ぼとっ、ぼとっ、ぼとっ――スコールのように一斉に黒い物体が降ってくる。着地する音が連鎖して、奇妙な輪唱のようだった。
一気に囲まれた。
仲間を殺されたカエル達は眼を黒く光らせ、静かな殺気をこちらに放つ。
「ひぃ!」
七瀬がパニックになったように後ずさる。彼女だけではない、グループ全体に余裕がなくなっていた。
すると派手な音をたてて、尖った二つの岩が地面から突き出してくる。それは囲んでいた二体のカエルを串刺しにした。
「落ち着け」
京葉が宥めるように言葉を続ける。
「こいつら一体一体は弱い。四人でやればどうにかできない数じゃないんだ。切り抜けられる」
さらに岩の魔法が地面からモンスターを強襲する。敵を続々とあっさり倒していく様が、京葉の言葉に説得力を持たせてくれた。
「やるしかねぇ!」
日吉もそれに触発されて魔法を放つ。
こうなれば二人の言うことは正しいだろう。逃げ道なんて完全に塞がれている。
川蝉はワンドを前に突き出しトリガーを引く。今度はいきなり風の刃を出した。
前方にいたカエルを文字通り八つ裂きにする。
一撃で倒せる程の威力は十分にあった。
「!?」
背後からの音に気付いて左に身を
槍の穂先が脇腹を掠めた。
「くっ……」
再生はしても痛みはしっかりとあるらしい。
だがそれに気を取られている場合ではなかった。
その攻撃と同時に複数のカエルが飛びかかって来ていたのだ。
――こいつらを殺るには、今までと同じではダメだ。
一体は倒せてもその後ろにいる者には当たらない。さらに言えば横にいるモンスターも巻き込めないものもいる。
魔法をコントロールする。さらに別の方法で。
川蝉はワンドを飛翔するカエルに向けた。そして引き金を絞る。
この状況を打破する一騎当千の神風、それをイメージし魔力を具現化。
杖先からは竜巻状の風刃が放たれた。
刃の嵐は螺旋の軌道を廻り、迫り来るカエルを複数巻き込んでいく。飲まれたモンスターは為す術なく、ミキサーに入れられたように原型を失った。
「これで最低でも百万か……」
川蝉の頭にまず浮かんだのは金銭のことだった。
――これなら優季も。
妹の顔が次に浮かぶ。
だが戦況は余韻を感じる間もなく進んでいく。
「七瀬!」
京葉の叫び声が洞窟内に木霊する。
見れば七瀬はカエルの
涙目で震えるその体は戦意など完全に喪失しているようだった。
「助けて……」
そう七瀬が呟いた瞬間、カエルの槍が彼女の右太股を突く。
川蝉はワンドを七瀬の方に向ける。
彼女の周囲にいるカエルだけをピンポイントで全滅させるのは不可能だ。下手をすれば彼女自身も巻き込んでしまう。
「…………」
もう魔法の感覚はほぼ掴んでいた。
ワンドのトリガーを引く。
風がふわりと舞った。七瀬の体が宙に浮く。川蝉がワンドを軽く振るうと、七瀬の体が風によって宙を滑った。
そして引き寄せられるように川蝉の元にやってくる。
「大丈夫か?」
七瀬は首を縦にも横にも振らず、潤んだ瞳で川蝉を見るだけだった。
取り敢えず川蝉は七瀬に刺さった槍を魔法で抜く。太い血管がある箇所なのか、予想以上の出血があった。
「痛っ!」
七瀬は苦悶の表情をする。それでも傷の方はすぐさま再生をしてくれた。
川蝉はワンドを上げて、
「す、すみませんっす」
「悪いがまだ戦えるか?」
「……はい」
「あの二人のようにしたい」
川蝉は後方にいる京葉と日吉の方を指さした。
二人は背中合わせでカエルの群を迎撃していた。計算ではなく自然とあの形になったのだろうが、実に効率的だ。
魔法を使える川蝉達の方が個々の力では強いとは言え、全方位からの攻撃には対処できない。前方の敵に集中すれば、後ろの敵にまで気を回すのは不可能に近いのだ。
数の力で押し切られれば、七瀬のようになってしまってもしょうがない。
だが背中合わせで戦えば、少なくとも背後の敵は任せられる。視界の外にいる敵に気を使わなくて済めば、この上なく戦いやすいだろう。
「わかったっす」
緊張した面持ちながら、七瀬は立ち上がりそう言った。
川蝉は近寄ってくるモンスターに風の刃を叩き込みながら、七瀬に背中を向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます