青結晶の洞窟③
二人一組での戦法は功を奏した。
単純に戦いやすくなったことに加え、一人ではないと言う安心感が川蝉達のグループ全体に活力を与えてくれたのだ。
そしてカエルの群も数えられるほどになったときだった。
「くそっ!」
日吉が新たな局面に舌打ちをする。
黒い固まりがまた降ってきた。カエルの軍勢、第二陣と言ったところだろう。
それでもさっきほどの焦燥感はなかった。戦い方が確立していたことに加え、増えたカエルの数も最初に降りてきた数に比べればかなり少ないと言える。
せいぜい二十体かそこらだろう。
川蝉はワンドからハリケーンの魔法を撃つ。螺旋状となった風刃が、モンスターの肉体を木っ端微塵にした。
このままならいける。
そう思った矢先のことだった。
「!?」
刻が凍て付く。
肺に黒いガスでも詰め込まれたような、不可視の波動。
呼吸が苦しくなるほどのプレッシャーがのし掛かってくる。
――何だ、この嫌な感じは……。
川蝉のこめかみから、一粒の冷たい汗が流れた。
ドス黒い、まるで井戸の奥底のような暗い魔力を感じる。
その圧倒的な重圧の前に、川蝉達どころか、カエルの群すら動きを止めてしまう。
そもそも他人の魔力を感じるなど初めてだった。
京葉ですらここまでの魔力はない。
「……川蝉さん、あれ何すか?」
緊張のせいか肩で呼吸を始めた七瀬が、震える指である一点をさした。
川蝉も前方にいるモンスターのことなど頭から離れ、そちらに視線が吸い寄せられる。
それは紅いカエルだった。
体形的には現在交戦している通常の個体とはそこまで変わらない。ただ全長が高く、そして異様に腕が長かった。
何より目を引いたのはその色だった。メタリックカラーとでも言うべきなのだろうか、煌めく紅をしていた。とにかく派手であり、自然界とは相反する人工的な色味である。警戒色とでも言うべきか。
紅ガエルは手にした何かを口元に寄せる。
それは人間の頭だった。
首の半分で斬られた頭の髪を持って歩いているのだ。
「なっ!?」
その光景にはその場にいた誰もが動揺してしまった。
紅ガエルはその人間の脳をかきむしり、口に入れる。そしてコーラでも飲むかのように、頭蓋骨から溢れる血液を口に落とした。
脳はモンスターの好物だとは言うが、その食事風景は筆舌にし難いものがあった。
喰われた人間の頭は、それで終わりではない。スローながら再生を始め、喰われた部分を修復していた。
――あれは
おそらく他のグループの
「酒井!」
京葉がどうにもならないほど切迫した様子で紅ガエルに向かって叫んだ。
正確に言えばあの頭に向かって叫んだのだろう。悲痛な声の調子から、どうやら知り合いらしいことが推察できる。
しかも京葉の知り合いと言うことは、おそらくはどこかのグループのリーダーだったのだ。あの紅ガエルは今までの者とはわけが違うことを嫌でも理解させられてしまう。
京葉は前に進み出て、ワンドのトリガーを引く。前方にいたカエルに向かって、岩の刃が地面から現れ、敵を突き殺す。
それを合図に動きを止めていたカエル達が、再び襲いかかってきた。
それでも京葉は歩みを止めず、まっすぐ紅ガエルの元へ向かう。
「雑魚は任せた。あいつは私がどうにかする」
京葉の声に熱い闘志が籠もっていた。
言うまでもなく、飛びかかってくるモンスターを川蝉は風の魔法で対処する。ワンドから吹き出る嵐で、二体のカエルを亡き者にした。
――そうか。
まだ緑のカエルが残る中、どうして京葉が焦るのか理解できた。あの紅ガエルの握っている頭の人物はまだ生きているのだ。
左目さえ残っていればどうにかなる。あんな首だけになっても生きているのだから、
京葉は一定の距離に近付くとワンドを紅ガエルに向けた。
そしてそのトリガーを引き、魔法を発動させる。
紅ガエルの踏んでいた地面に枯れた樹木のような亀裂が入る。
瞬間、地の底から太い刃のような岩が次々にせり上がっていった。それが間合いにある全てを突き殺そうと無差別的に天を穿っていく。
「…………」
ひょいと紅ガエルは足下を蹴った。
驚異的な跳躍力を使い、軽やかに空を飛ぶ。
「何!?」
そして、すっ、と隆起していく岩の頂点に左足の指を置いてバランスよく立った。まるで動じず、何事もなかったような振る舞いである。
そして持った人間の首を全て口の中に入れようと、腕を上げた。
「やめろぉ!」
京葉が咄嗟で必死に叫ぶ。
その時、紅ガエルは一瞬笑みにも似た表情になった。そして人の首をガブッと一飲みする。ゴックンと頭蓋骨の形を喉から見せつけ、それを胃に収めるのだった。
「貴様ぁ!」
京葉は涙混じりで怒りのワンドを振るった。
岩石の魔法を発現させ、さらなる攻勢に出ていく。
今度は己の周囲にあった大きな岩を浮かせ始めた。その数が十を越えようとしたとき、浮いた岩達は一斉に矢のように射出される。
当然に狙いは紅ガエル。
そいつは高速で放たれた岩岩を黒い眼球で眺めていた。そして少しその体を横に倒してバランスを変える。
飛ぶ岩達の小さな隙間を紅ガエルは通る。まるで曲芸師のような鮮やかでスレスレの技だった。
だがそれは見事に成功する。
無数の岩の散弾も紅ガエルに掠ることすらなかった。
そしてその紅ガエルが姿勢を低くしたかと思えば、消えた。
戦闘を遠目で見ていた川蝉達すら、その姿を見失う。
ぶわっ――と、京葉の長い髪が風圧によって乱れた。
「あっ……」
敵は消えたのではなかった。飛んだのだ。
次にその姿が見えた時、京葉の目の前に紅ガエルはいた。そして京葉の細いワンドを手を伸ばした。
全てがあまりにも瞬間的な出来事だった。そのせいで京葉もまた判断能力をなくしていたのだろう。あっさりとワンドを取られてしまう。
そしてそれをポキリと細枝のごとくへし折った。折られたワンドはゴミとして地面に捨てられる。
紅ガエルは京葉の頭をそっと掴む。
「やめ……やめろ」
京葉のその言葉にはもはや少し前までの凛々しさは完全に消えていた。無力な少女となっている。
どうにか加勢しようにも、川蝉達は未だに緑ガエルの相手をさせられていた。何より距離が遠すぎる。
紅ガエルが口を開く。そこからどろりと重油のような液体が吐き捨てられた。
それが京葉の胸の辺りにグチャリと降りかかる。
「―――っ!???」
声にならない悲鳴があがった。
京葉の胸から鳩尾にかけて、マグマに類似した液体のように溶けてしまった。
固体だったはずの肉体は液状となって、火で炙られた蝋のごとく落ちる。分離された下半身は意志をなくしてその場に倒れてしまった。
紅ガエルは残った京葉の首を髪を掴んで持ち上げる。その天辺の頭蓋骨を割って中身の脳味噌を掻きだして食べ始めるのだった。
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