青結晶の洞窟④
想像を絶する光景だった。
まだ中途半端に生きているのか、京葉は脳味噌をほじられる度に「あっ、あっ、あっ――」と痙攣と共に無意識的な反応をする。
それには川蝉も背筋が凍る思いだった。
けれど恐怖の間もなく不意に左肩に衝撃が走った。
呆気に取られた隙を突かれ、緑ガエルの槍が刺さったのだ。
その痛みで川蝉は我に帰る。
「川蝉さん!」
七瀬の喉を絞ったような声が聞こえてくる。
警戒して足踏みしていた緑ガエルが再び戦意を取り戻し、一斉に襲いかかってきたのだ。
川蝉はワンドのトリガーを引いて、魔力を発現させる。己を中心に円上の
孤と化した風刃は飛びかかるモンスターを一刀両断で斬り殺す。モンスターの赤い血が、花弁のように散っていった。
さらに間髪入れず残りの緑ガエルにも、刃の嵐を吹き込む。避ける間も与えずモンスター達は全身を赤く染め上げられるのだった。
これで川蝉の周囲にいた大方の雑魚は片づけた。
問題はその後である。
川蝉は紅ガエルの方に注意を向ける。未だに食事に夢中なようで京葉の脳を食していた。
その視線が急に川蝉を捉える。睨んでいるのに気付かれたか、あるいは同胞を倒しきられたことに興味を持ったか。
理由は不明だが、紅ガエルは川蝉を眺めながら京葉の頭を口に入れようとする。
「待てや!」
日吉が緑ガエルの群を振り切って紅ガエルに走っていく。
――ここは……。
川蝉も行くしかなかった。新たな犠牲者を出すわけには行かない。
距離を詰めると日吉がワンドから風の魔法を放った。空気を引き裂き、魔の刃は紅ガエルへ滑っていく。
風の魔法は速かった。さらに注意を川蝉に向けていた紅ガエルには不意打ちに近い攻撃だったのだろう。
風刃は紅ガエルの胴体に直撃した。疾走する鋭利で透明なエネルギーが紅を赤に染めようと津波のように殺到していく。
幾重にも重なった斬撃。それが仇を撃つはずだった。
しかし――
「嘘だろ!」
風刃は確かに直撃していた。
それでも紅ガエルにはまるで何でもないような様子で立っていた。
日吉の魔法は確実に当たっていた。
だが紅ガエルの皮膚に備わった絶対防壁とでも形容すべき弾力性によって、その全てが受け流され弾かれていたのだ。
堅さと軟らかさ、その双方を備えた紅ガエルの圧倒的な防御力の前に、魔法は何の意味もなかった。
それを見るに、本来は京葉の魔法も避ける必要などなかったのだろう。あれは遊び、パフォーマンスに過ぎなかったのだ。
紅ガエルは平然と食事を続け、ついには京葉の首を全て口に入れる。
それは喉をゴクリと通り過ぎ、腹に収まるのだった。
だがそれで終わりではない。
次の標的はすでに決まっていた。紅ガエルが膝を折って少し姿勢を低くすると、またしてもその姿が失せる。
今度は日吉の眼前だった。
あれは異常な跳躍力を使い、地を舐めるように移動して起きる現象なのだ。日吉の前に立った紅ガエルを見て、川蝉はその瞬間移動の種に気づけた。もう何もかもが遅かったが。
「うわぁぁぁ!」
日吉がほぼゼロ距離から魔法を放つ。冷静さをなくした上に、近すぎて自分の腕すらも風の刃で傷つけていた。
その決死の一撃すら紅ガエルにはまるで通用しない。深紅の皮を弛ませたくらいで、全く何の影響はなかった。
そして紅ガエルは日吉のワンドを持った右手を掴む。
川蝉がワンドのトリガーを引いた。
魔力を圧縮させた風の刃を紅ガエルにねじ込む。螺旋状の風は、嵐となって弾丸のごとく紅ガエルの頭部を突いた。
最大出力で放ったおかげか、紅ガエルの眼球にわずかな掠り傷が生まれた。
「………………」
一粒の血が滴り落ちる。
紅ガエルはゆっくりと首を横に回した。
そして川蝉と目があった。
与えた傷はすぐに再生して消えてしまう。それでもなお、傷を受けた紅ガエルは急激に殺意を醸し出した。
まるで感情のある生物である。そもそもモンスターを無機質な生物と考えていたのが間違いだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます