海底神殿⑤
「行き止まりか」
道の閉じた通路を確認して川蝉は呟いた。
「外れの方だったみたいっすね」
七瀬が残念なようなほっとしたようにため息をつく。深層に行けば行くほど危険度も増すので、それを先送りにできたとは言える。先送りにしたに過ぎないが。
川蝉がその行き止まりの一番奥まで歩いた。
身を屈めてその場に落ちている濁った碧い石を拾い出す。
「それ何すか?」
「魔石だ。ダンジョンでしか取れない貴重なものらしい」
川蝉の手元をのぞき込んでくる七瀬に説明する。
「この魔石を使ってワンドやグローブ、それに魔眼を作るのだと。だから持って帰ればポイントに変換してくれるそうだ」
「ほぇ~、透さん詳しいっすね」
「タブレットに記録されていたデータの受け売りだ」
とは言え大した稼ぎにはならないので余裕のある時にやればいいと言ったものである。
それらをウェストポーチの魔石収納スペースに入れて川蝉は立ち上がった。
「戻ってもう一つのルートを行こう」
「そっちが正解っすからね」
二つの分岐したルート、外れの一つを引いたのだから、もう一つは当たりと見て間違いないだろう。
歩いてきた通路を遡り出す。
その途中、思い出したように川蝉は握っている手を七瀬に差し出す。
「そうだ、いくつか」
「?」
七瀬は両手をすくい上げる形にする。そこに川蝉が手から回収した魔石を落とした。
鈍く輝く石が七瀬の元にいく。
「あ、いいんすか?」
「ここまで一緒に来たからな。独り占めと言うのも気が引ける。受け取ってくれ」
「で、でも――」
「そっちにカネがないと俺も困る」
「あはは、そうっすよね……」
微妙な笑みを浮かべて七瀬は受け取った魔石をウェストポーチにしまった。
川蝉としても七瀬の一文無しの現状を変えてやりたいと言う気持ちはあった。自身に余裕がないので、これくらいしか手伝えないのだ。
「ありがとうございます、透さん」
「いや別に――っ!?」
気にしなくていい――そう言い掛けた時だった。
何の前触れもなく空気が痺れた。
確変たる異変。
岩が崩れる轟音、猛獣の吠え叫びたる咆哮、巨大質量が叩きつけられる地鳴り、闘争を構成する重音が奏で合い大気を震わせる。
確実に近くではない。
にも関わらず体を揺らす音圧が伝染してきた。
「これって……」
規格外の事態に七瀬は顔色を真っ青にする。
青結晶のダンジョンですらここまで強大なエネルギーを発散したモンスターはいなかった。
ここでは誰がどう足掻いてもダンジョンでモンスターが暴れ回っていると確信できてしまう。
「もう一つのルートか」
川蝉は音の伝わってきた方向から、それを察した。そしてワンドを取り出して、臨戦態勢に入る。
「俺は行く。七瀬はここで待っていてくれ」
「そんな、危ないっすよ!」
「どのみち残ったルートは一つ、あのモンスターをどうにかしなければここに閉じこめられるだけだ」
ターミナルが壊されている以上、進むしかない。その先にモンスターがいるのならば、突破するしかないのだ。
「大丈夫、絶対ここに戻ってくる」
「透さん……」
「俺は前のダンジョンでボスを倒したんだ。信じてくれ」
七瀬は不安そうな顔で頷いてくれた。
それを確認して川蝉は走り出す。
石畳の上を進み、来た道を戻っていった。そして二つ分かれた道の左を選択する。
――あれは大物だな。
ヤドク以上の可能性は十二分にある。だとすればそこから得られるポイントも期待できると言うもの。
それにもう一つ気掛かりなことがあった。
あの神殿内を駆け巡った大音量の破壊音。
――誰かと戦っているのか?
一匹で暴れているとは考え難かった。もしそうであれば何かの予兆は聞こえてくるはず。
身内同士の争いか、あるいは魔法師か。
仲間が戦っているならば、なおさら加勢しなければならないだろう。
そう思って足を速める。
「……むっ」
だが奏でられた音が変化する。それに釣られて川蝉はスピードを落とした。聴力に集中してわずかな情報も掴もうとする。
変化、と言うよりは消えた。
緊張を煽っていた轟音がなくなったのだ。
戦闘が終わったのか、あるいはまた別の何かなのか。
行った道を曲がり、その新たなルートの先に大部屋が見えた。
外圧によって劣化した石の壁が見える。
「…………ふう」
小さく息を吐いた。
川蝉はスピードを落とし、そして止まる。
怒気に溢れた殺気がこちらをのぞき込んでいた。すでに川蝉の居所は察知されているらしい。
モンスターの怨念で血走った双眸が、川蝉を見つめる。眼が合えば眼球が破裂しそうなほど、強烈な殺気である。
もうこれでまともに逃げることは無理だろう。
それでも構わなかった。最初から迎え撃つつもりだったのだ。
怒り狂った獣の領域へ、川蝉は足を踏み入れる。
殺戮本能に支配された空気の大部屋で、それと対峙するのだった。
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