青結晶の洞窟⑩

 三体のヤドクは洞窟の中央に揃って何やら互いにジェスチャーをしていた。あれが彼らなりのコミュニケーションの取り方なのだろうか。


 川蝉はその間にどうにか状況を打開する方法を探そうとする。通路を使って逃走するのは不可能、それをするなら普通に戦闘するのと変わらない。


 あのターミナルは使えるのか。使えれば七瀬だけでも帰せるが、しかしリスクが大きすぎる。もし駄目だった時は袋小路だ。


 けれどそれも虚しく、打開案を見つける間もないまま一体のヤドクが動き出した。最初に現れた個体である。その個体はしきりに己が一番だとでも言いたげなジェスチャーをしていた気がした。


 他の個体はこちらを観察するだけであった。


 舐めている。


 いやそもそも強個体のモンスターにとって魔法師メイジなど、敵として認識されていないのだ。


 動物を猟銃で狩るスポーツがある。彼らにすればまさにそういったハンティングゲームをしている気分なのだろう。


 モンスターが狩られる側なんてとんでもない。

 


 入ってしまった川蝉達こそ、いい獲物である。


 日吉の頭を持ったヤドクがその脳味噌を映画館のポップコーンのように摘んで食べていた。


 ――いいご身分だな。


 川蝉はワンドをぐっと握る。


 ――狩られる側だと言うのなら全力で抗うまでだ。


 油断してくれているのならそれでいい。こちらはそれを活用するまで。


 七瀬がそっと川蝉の背中に寄ってくる。


「川蝉さん、私どうすれば?」

「下手に動くと危険だ。後ろにいてくれ」


 川蝉がワンドのトリガーを引く。


 天が砕けた。風の魔法が天井を波紋のように広がっていく。氷柱のように尖った岩の群がヤドクに向かってスコールのごとく落下し始めた。


 無作為に落ちる岩の棘、それは落下による運動エネルギーだけで地面に突き刺さるほどだった。


 だがそれも無駄。


 その一つ一つをヤドクは見分け、踊るように避けていく。落ち行く岩の氷柱の間を縫うようにして迫ってくる。


 川蝉がその軌道を予測して風の刃を放った。

 回避不可能な一撃がヤドクの胸に直撃する。


「くっ……」


 まるで効かない。あの紅い皮が弛むだけで血の一滴もないのだ。

 

 だがやはり前回と同様、全く掠り傷にもならなかった。皮が堅すぎるのだ。まともにこちらの攻撃は効かない。正攻法を許してくれる相手ではなかった。


 そして土煙が舞う中、ヤドクの姿が


 川蝉は同時にワンドのトリガーを引く。己の周囲に風のバリアーを張った。


「!?」


 神速による風圧、現れたのは川蝉の右方。


 ヤドクはすでにその口を大きく開いていた。

 そこからあの溶岩のごとき赤紫の毒液を吹き出してくる。


 その範囲は七瀬をも巻き込んでいた。


 けれど、それを予め設置しておいた風が吸引する。


 その毒液は魔法師メイジの体をいとも簡単に滅却するものであるが、同時に奴らにも致命的な傷を負わせる諸刃の剣なのだ。


 カウンター。


 毒液を風で操り、それをヤドクに返す。赤紫の殺戮液が反逆の牙で以ってヤドク自身を襲った。


「ヴァアアアアアアアア!」


 ヤドクはとっさに超人的な反射神経を発揮し、でそれを避けてくる。


 ――しまった!


 予め体の自由を風の魔法で奪うべきだった。前回はほぼゼロ距離だったからよかったが、今回は少し距離があったのだ。


 それでも接近戦であることに変わりはなく、ヤドクは完全回避とはいかなかった。左の腕を肩ごと失い、顔面の半分も溶けていた。


 しかしモンスターの驚異的な再生能力が起動する。失われたヤドクの傷から白い肉泡が溢れ、傷ついたパーツを修復していった。


 今のチャンスを逃せば、次はない。


 川蝉はそれを本能的に察知していた。


 トリガーを連打する。

 放たれた風刃で再生中の肉を切り裂いた。


 ――いけるか!?


 さらにその傷口から内部にかけて、刃の乱気流を叩き込む。風刃は肉を削ぎ、骨を砕いてなおヤドクの体内を掻き乱していく。


 普段なら鉄壁の皮によって防がれる魔法も、皮の防御がなければ通ってくれた。


 思い起こせば、最初のヤドクのコアを破壊するときも皮のない部分を風の刃で切り裂いた。皮さえなければ魔法は通用することはすでに証明されていたのだ。


 傷口から内部の肉に進入した風の魔法は、その体を一切の情けなく細切れにしていった。


「ギャアアアアア!」


 当然、心臓の位置にあるコアも巻き込み破壊する。

 穴と言う穴から血を垂れ流してヤドクは前のめりに倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 まずは一匹、倒せた。

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