海底神殿㉗

 unknownによって大剣が振り上げられる。


 それを見計らって川蝉は前方に加速。防戦一方からの反撃は予測不能であり、川蝉は刹那の対処に遅れたunknownの足を刀で切り裂き、そのまま直進した。


 一度大剣の間合いから外れるまで移動する。


 unknownの足はすぐに再生されるが、それでも攻撃のチャンスにはなった。


 川蝉は即座に刀のトリガーを引く。unknownの足下から風が沸き上がり出す。それが一気に成長して螺旋を描いたハリケーンが巻き起こった。


 天に昇るほど肥大化する嵐。

 刃の竜巻がunknownを閉じ込め、切り刻もうとする。


 だが――


「…………」


 それは大剣によっていともたやすく吸収されていった。嵐の爆音を奏でながら、ハリケーンは大剣の刀身に飲み込まれていく。


 その間に川蝉は立て続けにトリガーを絞った。

 十を越える風の刃を生み出し、それらを時間差で無差別に射出していった。


 大気を切り裂き、風刃は虚空を滑っていく。無数の刃は広がっていき、unknownの予想しうる回避地点もまとめて潰す。


 だがunknownはそれでもまるで動くこともなく、ただ大剣を構えて待つ。余裕か油断か、圧倒的優位に立つ者の醸すオーラだった。


 それも当然であろう。


 強襲する風刃の群も、危険なものは次々に大剣によって吸収され飲まれる。

 さらにunknownの体にダメージを与えない軌道の風刃は通り過ぎるだけであった。


 ――やはりか。


 あの大剣は全てを吸収するわけではない。ある程度、何かしらの基準があるのだ。

 そして川蝉は外れた風の魔法に予めしていた仕掛けを発動させる。


 通過していった風刃のコントロールを再び取り戻し、それらを一気に


 風刃は直進を停止させ、ブーメランのように弧を描いて曲がり、川蝉の元へ滑空を始めた。


 当然、その軌道上にはunknownがいる。


「ッ!?」


 白濁色の体が振動した。


 その背中に風刃が直撃されたのだ。前方に倒れ込まないようにunknownが右足を踏み込んで衝撃に耐える。


 まず


 ――そしておそらくもう一つ。


 川蝉は刀のトリガーを引いた。


 百を超える視界を覆い尽くすほどのシャボン玉のような球体、空気爆弾エア・ボムが周囲に拡散する。


 それがゆっくりと風に乗ってunknownへ進行していった。


 かつて戦った蝦蟇仙人の油によるオートガード、あれは一定の威力がある魔法にしか反応せず空気爆弾エア・ボムをスルーしてくれた。そのおかげで一撃加えられたのだ。


 たぶん今回も全く同じではないながらも、似た条件で大剣の吸収は発動するのではないだろうか。


 unknownが大剣を振り回す。重い一閃が空気爆弾エア・ボムを破裂させていった。破裂したそれは、内部に圧縮された風刃を爆発させる。


 そこで初めて大剣の効力が作動する。爆ぜた空気爆弾エア・ボムの威力はしっかりと吸い取っていた。


 しかし逆に言えば爆発前の空気爆弾エア・ボムには反応を示さない。

 故に空気爆弾達エア・ボムはどんどんunknownに迫っていった。


 だがそれを安易に許すunknownではなかった。大剣を振り上げ、そこから縦横無尽に乱舞させる。


 その大連撃が空気爆弾エア・ボムを次々に割っていった。天下無双の圧を以て、もはや触れずとも斬撃の余波による風圧だけで空気爆弾エア・ボムを破裂させる。


 そして一本の道がunknownの前に開かれた。


 川蝉はそれに気付いて、即座にトリガーを引く。


 空気爆弾エア・ボムの泡の隙間をunknownが低い姿勢で一っ飛びに駆け抜ける。


 重厚な大剣が川蝉を叩き割ろうと降りかかってきた。それを右に風でスライドさせ避ける。


「!?」


 だがあまりに繰り返した動作、unknownの学習能力はそれをすでに見切っていた。


 大剣が振り下ろしの途中で、突如軌道を上方に無理矢理変更させられる。


 壮大な鈍器の斬撃が右腕に食い込んだ。肘から下が打撃の威力だけで切断される。切断するには『斬る』よりもはるかにパワーのいる『打つ』でそれをなされた。


「――ぁっ!」


 その衝撃は凄まじく川蝉の体ごと突き飛ばされる。抉り取られた右腕は無様に床へべちゃりと落ちた。刀は無事だったがグローブは無論壊れている。


 これではもう魔法は使えない。一方的な虐殺が繰り広げられるだけだ。

 しかもグローブを付け替える隙をくれる相手でもない。


 unknownが大剣を肩に担いでこちらを向いてくる。川蝉をじっくりと品定めしているようだった。


 だがこれでいい。


「こっちはいつでもいいぞ!」


 もう一方で戦う島田達に聞こえるように叫んだ。

 大剣を持ったunknownが一歩、川蝉に向かって踏み込んできた。


 その時、作動する。


「!!」


 足下に仕掛けておいた地雷、空気爆弾エア・ボムが爆裂した。


 この空気爆弾エア・ボムの最大の長所は時間差での発動。今、グローブのない状況であっても、川蝉の意志一つで自由に動かし起爆も可能なのだ。


 再生されていく右腕、川蝉は悠々と予備のグローブをウェストポーチから取り出す。そしてそれを腕に再び装着させた。


 unknownは足に風刃が爆裂され、よろめく。しかしそのよろめいた先すら新たな空気爆弾エア・ボムがあるだけだった。


 威力に欠ける空気爆弾エア・ボム、しかしunknownの方も大剣さえなければ防御能力は高くない。


 生身であればトータスの甲羅以下なのだ。

 ヤドクやギングには遠く及ばない。


 空気爆弾が続々とunknownの体を蝕んでいく。


「川蝉、こっちにタイミングを合わせてくれ!」


 島田の声が木霊する。

 その鉄の拳が尾を持つunknownに向かっていた。


「オラァァァ!」


 心臓を一突き――超弩級の腕力でunknownの心臓を貫いた。


「よし」


 同時に川蝉も全ての仕掛けを爆裂させる。


 攻撃されている時、unknownの背中に移動させておいた空気爆弾エア・ボム、それが一斉に弾けた。


 不可視の不意打ちにunknownは為す術もなかった。背中が抉り取られ、その骨肉が粉砕されていく。


 さらに開かれた傷に新たな空気爆弾エア・ボムが入り込む。その無限連鎖をunknownに止めることはできない。


 骨が弾け、血が飛び、内蔵が散り、肉が宙を踊る。


 最後に露出するは黒い直方体のコア。

 仕上げにありったけの空気爆弾エア・ボムを送り込む。


「爆ぜろ」


 数多の圧縮された風刃が一斉に爆破される。解放された魔力が不死の魂を喰らい尽くす。


 派手に肉塊がunknownの背中から噴射し、前のめりに堕ちていった。

 肉のクレーターから露わにされるコアに亀裂が刻まれる。


 そして刻まれたダメージに耐えきれず、


 unknownの白濁色の肉体が腐ったように崩れ始める。

 命の根元たるコアは黒い粒子となって天に昇っていった。


 今度こそ再生はない。


 長い悪夢に終わりが告げられるのだった。

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