青結晶の洞窟⑫
日吉の頭を持ったヤドクは不思議そうに首を傾げる。そしてまた不気味な笑みを浮かべた。極上の獲物だとでも思ったのだろうか。
わかってはいたが仲間意識は極端に低いようだ。同胞が死んでも奴らからは全く怒りを感じない。
――そもそも『死』に対する価値観が違う気がする。
言葉は通じないが、川蝉は彼らと戦ってそんな感想を抱いていた。言語化はし難いが、まるでゲームのステージで死んでいる感覚と大して変わらないのではないか。
まあ彼らの気持ちになってもしょうがない。
川蝉はワンドを構え、迎え撃つ姿勢を取った。もう抉られた肩の傷は癒えている。痛みもすっかり消えていた。
ヤドクは長い舌を出して、日吉の頭を飲み込んだ。
――日吉……。
最後は嫌な別れ方だったが、最初の出会いでは間違いなく人のいい男だった。
自分でも川蝉は間違いなく無愛想の部類に入ると知っている。初対面で好印象を持たれたことはほぼないと言ってもいい。日吉はそんな川蝉に気軽に声をかけてきた数少ない人間だった。
状況が悪すぎただけで違う場所で出会っていればまた変わっていたかもしれない。
助けられなかったことを悔いるつもりはない。
一度敵の手に首が行けば助けるのはほぼ不可能。このダンジョンでは自分の身は自分で守らなければならないのだ。
だが仇討ちくらいはしても問題はないだろう。
――せめてこいつはキッチリと倒さないと。
川蝉はヤドクを視界に入れる。ワンドのトリガーを押して魔力を
ヤドクが陸上のクラウチングスタートのような前傾姿勢を取る。
川蝉は空気の防壁を展開させ、それに備えた。
――次はどう来る?
ヤドクの耐性について川蝉はかなり理解していた。そう言う意味では前ほどの恐怖はない。
だが奴らの真の恐ろしさはそこではない。
学習をするのだ。
ただの獣と違って一定のパターンで行動をしてこない。もし動きに一定の法則があるのなら、正直三体同時でも怖くはない。全員、最初に葬った個体と同じく毒液を跳ね返すだけで勝てているからだ。
しかしヤドクは違う。考えて戦ってきている。知恵があるが故に楽しみ、その油断はあった。けれどそのマイナスを鑑みても、彼らの知恵は面倒なものであった。
大気が一瞬、歪む。
視界が影で暗くなる。眼前にはヤドクが立っていた。
川蝉の髪が乱れ、頬から血が垂れる。ヤドクは突進と同時に突きを放っていたのだ。それを空気の壁が防いでくれていた。頬を切ったのは突きの余波だった。
さらにヤドクは右腕を手刀にして、横に一閃する。その振った圧で背筋が凍るような音がする。寸前で身を屈めた川蝉の頭上を手刀は過ぎていった。
さっきとはまた違う。今度は接近の格闘戦を挑んできた。これはまた勝手が変わってきてしまう。
ヤドクはさらに外した手刀を鞭のようにしならせる。異常に長い腕だからこその芸当だった。そしてしならせた腕で、今度は縦に手刀を振り下ろしてくる。
「がぁっ!?」
それは空気の防壁すら裂いて、川蝉の左腕を根元から文字通り叩き落とした。その衝撃でその場に膝から崩れ落ちてしまう。
落とされた血に染まる左腕が地面をバウンドしていった。全身を、体の芯に響いてくる痛みが駆け巡る。
そうされても意地でワンドのトリガーを絞りきった。
するとシャボン玉のようなギリギリ目視できる空気の球体が、ぶわっと無数に放出される。
「!?」
それにヤドクは驚いて身をビクッと反応させる。そしてその一つを手で握りつぶしてきた。
握りつぶされた球体は、内部に貯めていた風刃を一気に吐き出す。ヤドクの手の皮膚が、波打つように歪んでいった。
威力が低くて
それが一つヤドクの口の中に侵入していった。
それが爆裂する。口内で爆ぜたそれは、唇から顎にかけてズタズタに切り裂く。
ヤドクが大きく仰け反った。
逆襲が始まる。
あとはもはやできた傷口に
肉片が四方八方に飛び散っていく。頭、首、胸、肩と風の爆弾に削り取られていった。
そして案山子のように棒立ちになっているヤドクの削られた体から黒い直方体が露出する。
そこに残った
赤が一気に爆裂四散した。噴水のように肉片と血が天に昇って落ちていく。
血雨の中、川蝉はようやくほっと一息つくのだった。
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