海底神殿㉚
「川蝉ぃ!」
島田は血に染まっていく仲間に本能的に叫んでしまう。
不死のモンスターを狩ったことによる安堵からのこの有様。
まさかのボス登場。
かつてない程の重圧が肺に水を送り込まれたように呼吸を苦しくする。
――クソッ、何でだよ……。
鰐の頭部とニ体のunknownが重なり合ったダンジョンの主にして完全体――神官セベク。
あの蝦蟇仙人すら葬った川蝉、それをたった一撃の元で粉砕したモンスターに恐る恐る視線をやった。
地面に垂れる尾を持った三メートルはあろう筋骨隆々の巨体がそこにはあった。
深緑で艶やかな鱗が全身を覆う。
皮膚の露出した部分は白濁色となっており、瞳は黄色くビー玉のような美しさがあった。
さらに腰には布が巻かれ、首もとには宝石と黄金が組み合わさった首飾りが備わっていた。
そこだけではなく、手首や足首にもまた金の装飾品が付けられている。その神聖な雰囲気は確かに神官と呼べるものかもしれない。
右手の大剣を軽々しく肩に乗せ、眼を細め鰐の頭で笑みを作る。
放つ魔力も蝦蟇仙人を遙かに超えるものであった。どれほどの力を秘めているのか想像もつかない。
――だけど、大丈夫。前よりマシなんだ!
今の完全体となったセベクにはしっかりとコアが心臓にある。死なない敵ではないのだ。
終わりはしっかりとある。こいつさえ倒せば今度こそダンジョンの攻略となるのだ。
問題はどう倒すかである。まだ何の能力があるのかまるでわからない。
セベクが不意に左手を上げた。
赤い魔力の球体がそこに集まっていく。あれはunknownの片割れが使用していた熱線の前兆だった。
「来るぞ!」
やはり素体であるunknownの流れはある程度残っている。ならば対処もできるというもの。
だが想定とはまるで違った。
セベクの左掌に収束されていく魔力の量が尋常ではないのだ。創られていく赤い球体の大きさは過去最大を更新し続けている。
そしてそれが放たれた。
真紅のレーザーが球体から拡散する。
今まで一つだった熱線、しかし今度は一つの球から十数が同時に射出された。
全方位を熱線は蹂躙していく。この大部屋の領域全てがその射程範囲に入っていた。
床を、壁を、天井をいくつもの熱線が舐めるように滑っていく。
それが通った跡に残るのは破壊だけ、神殿が崩壊していった。
「クソがぁ!」
こんなもの簡単に避けられるわけがない。迫り来るそれらを島田は飛び越え、かい潜り、一つ一つ個別に対処しなければならなかった。
一つではシンプルだったそれも何十ともなると複雑さが累乗する。
「くっ!」
左手が焼き切られる。もはやそれくらいは許容しなければやっていられなかった。
だがさらに最悪の光景が目に入ってくる。
「伊佐木ぃ!」
熱線に引かれて、伊佐木の胴体が腰から真っ二つに両断される。光彩を失った瞳で彼女の体が宙に飛び、離れた下半身は後ろに倒れ込む。
身体能力の強化された島田、ワイヤー仕込みの剣のある八雲と違い、伊佐木には機動力を上げる術が何もなかった。それで熱線の大群から逃れられるわけがないのだ。
二人目の犠牲者に、悔しくて涙すら滲んでくる。
「あぁぁぁぁぁ!」
助けに行こうにも、それすら安易にできない。
全てを終わらせるには、もはやセベク本体を倒すしかなかった。
島田は足をボスに向ける。そして駆けだした。
放射され続ける熱線の中を
そしてセベクの側面に回り込む。足を地面に擦り付け急ブレーキをかけた。
そこから間髪入れず、右の拳を下から振り切る。渾身の一打、情けも容赦も一切なく全力を込めた。
それがセベクの体に届く。
「なっ!?」
だが軽くいなされた。
鰐の進化した尾によって、鋼鉄のボディブローは相殺されてしまう。
セベクはこちらを見てすらいなかった。にも関わらず完璧なタイミングで防がれたのだ。
けれどそれで諦める島田ではなかった。
腰を回転させ、左の拳を突き出す。
それすらも尾によって簡単に弾かれてしまった。
正拳突き、回し蹴り、肘鉄、踵落とし、アッパーカット――怒濤の連続打撃を津波のように繰り出していく。
しかしその悉くがあっさりと、あまりにもあっさりと防がれてしまう。
「!?」
その連撃のわずかな隙、影が目に入る。
絶対に避けられないタイミングで、尾の一撃が上から振り下ろされてきた。
それが背中に直撃し、地面に叩き付けられる。
「がはっ!!」
地面に衝突し、その衝撃でそこから真上にボールのようにバウンドしてしまう。
宙に浮いたところで、セベクが左足を軽く上げる。
そこから大地を割るような突き蹴りが島田の腹部にもろに入った。
眼に入る風景が早送りされているようだった。
島田の体は木の葉のように吹き飛ばされ、壁に激突する。部屋に地鳴りのような轟きを出して、壁にクレーターを作る。
「あぁぁっ……」
頭から出る血が視界を赤く染める。
破裂した内臓からせり上がってくる血を「がはっ」と吐いた。鉄の防御力を以てしても、ただの打撃で致命傷を追ってしまう。
しかも最後まで島田のことを全く見てすらいなかった。片手間の作業とでも言いたいのだろうか。
熱線の無差別殺戮攻撃が終わる。
それと同時だった。
蒼い炎が迸る。
八雲の狂気的なまでに強い眼光はすでにセベクを捉えていた。
蛇腹剣が溜める蒼炎は天上に達する勢いすらある。
「消えなさい」
鞭のように蛇腹剣が円状に振り回される。
そして穿たれる蒼炎の乱流。一切を焼き尽くす業火の熱が二重螺旋の軌道をしてセベクに向かっていった。
神殿そのものを貫通させるほどの破格な灼熱が全てを飲み込む。
「…………は?」
八雲の瞳がキョトンと見開かれる。現実に起こったことを受け入れられない表情だった。
全てを喰らい尽くす蒼炎を、セベクの右手が掲げる大剣が逆に喰らい尽くす。
蒼い灼熱が大剣に易々と吸収されていく。
そして呆然とする八雲に、セベクが左の掌を向けた。
そこから放たれるは――蒼炎だった。
右の大剣で吸収しきった蒼い炎を、今度は左の掌から放出したのだ。
しかもただ返すだけではない。灼熱の規模は二倍以上の量をして、送り返された。
四重螺旋の蒼炎が疾け抜ける。
「くっ!」
それでも八雲の回避に移るタイミングは早かった。セベクの掌が向くやいなや剣のワイヤーを使って、少しでもその場から遠ざかろうとする。
それも全て遅かった。八雲の速さ以上に蒼炎は速かった。
蒼炎は八雲の右半身を丸ごと巻き込んでいく。
その余波によってその体は宙に浮かされ、地面に顔面から落ちた。
「――――ぁっ……」
右半身を失い、地面にひれ伏す八雲が体を痙攣させ、涙を流し吐瀉物を吐き散らす。
もはやいつものクールな彼女はそこにはいなかった。
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