海底神殿㉙

 ならば残りの一つはいったいどこなのか。


「アァァァァァァ――」


 奇声が背後から轟いてくる。オペラのような力強い歌声。中性的で淫靡な発声に、川蝉は思わず後ろを振り向いてしまう。


「!?」


 鰐の瞳が発光していた。


 祭壇に供えられていたその鰐の頭部は、眼から光を放ち奇声をあげながら宙に浮く。


 燭台の火がガスでも与えられたように勢いよく天井に向かって上昇し始めた。

 そして浮いた鰐の頭部が動き出す。


「このままだとマズいぞ!」


 川蝉は腕を下げ、刀のトリガーに指をかける。


「わかっているわよ!」


 八雲も、川蝉から離れて蛇腹剣を構えた。


 何がマズいのかわからない。


 


 川蝉は風刃を鰐の頭部に向かって発射する。

 幾重にも連なった魔力の刃が危険を切り裂いた。


 だがそれも無駄に過ぎなかった。

 切れ刻まれてもなお、鰐の頭部は空中を進行し続けた。


 一方、蒼い業火が風圧の発生源たる白い球体に包まれたコアに向かって放たれる。蒼い巨大な火の玉が風に吸い寄せられ目標まで射出された。


 コアは蒼い炎の内部に取り込まれ焼失していく。


「くっ!!」


 が、それも一瞬。ほぼノータイムでコアは再生。

 蒼い炎の攻勢は何の意味もなかった。


 そしてついに加速していった鰐の頭部が、コアの詰まった球体の中に入り込む。

 球体は白濁色に代わり、卵のような形に変わった。


 そこで風圧も止む。


 突然、訪れる静寂。


「何が始まるんだ……」


 川蝉は何気なく手元にあったタブレットに眼を向けた。

 ノイズはすでに収まっている。


 そしてそこに映し出された文字。

 川蝉は眼を見開かせる。


「…………」


 そこには『BOSS』と言うダンジョン最強の称号を与えられたモンスターの情報が更新されていた。


 名をセベク、と呼称される。


「あいつはボスだ、やるなら今しかない!」


 川蝉は叫ぶと同時にトリガーを絞り、最大級の嵐を噴出させる。風刃の竜巻は卵に向かって一直線に向かっていった。


 それに反応した八雲も蒼い炎球を発射させる。さらに伊佐木も野太い万雷を撃ち放った。


 三方向から異なる属性の魔法が卵に襲いかかる。全力で放たれた三つのそれは、最大級の威力を以て繭を飲み込んだ。


 嵐が吹き荒れ、蒼炎が燃え盛り、雷が煌めく。


 そして全てに決着がつく――そう思っていた。


 卵は迫る全ての魔力をその身で吸収し喰らい尽くした。攻撃どころか栄養とでもなってしまっているかのようである。


 そして卵がその沈黙を破った。急激に凄まじい風圧と、眼を焼き尽くすような光を発する。


 


 その衝撃により石畳の床が削れ、瓦礫の塵が砂煙のように舞い上がり部屋全体を支配した。


 視界が塞がれ、ほとんど何も見えない。


 ――どうなった!?


 まるで状況の把握ができていなかった。ただわかるのはまだ何もわからないと言うことだけである。


 ボスであるセベクは何者なのか、倒せたのか、それとも……。


 確かめるべく、川蝉は風を圧縮させた無数のニードル弾を前方に撃った。

 放たれたそれらは砂煙のごとき塵を取り除く。


「……馬鹿な」


 そこにあったのは

 晴れた先には何もなく、床がただあるのみである。


「どういうことなの……」


 八雲も卵があった場所を見つめて呟く。


「クッソ、いったい何がどうなっていやがる……」


 島田は見開いた瞳で虚空を見るだけであった。


「何なのよ……」


 伊佐木も困惑した様子で立ち尽くすしかできない。


 狐につままれたような気分だった。

 何だったのか、幻影か。


「セベク、奴は――」


 川蝉が刀を下げた瞬間だった。


 背後からの気配を感じた――時にはすでに遅かった。


 左から不意打ちの斬撃が轟いてきた。

 豪腕たる改心の一撃は川蝉を紙のように吹き飛ばす。


 あまりにも強烈過ぎる鈍器のような薙ぎ払いの斬り込み。川蝉の全身を構成するあらゆる組織が瞬時に破裂させられ、体のあらゆる部分が決壊し骨肉が体外にまき散らせる。


 そして壁にめり込みクレーターを作っている頃には、とうに心臓は破裂し――死んでいた。


 醒めない悪夢が終わり、

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